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第199話 栞はフォンダンショコラっぽい

「ねぇ、涼? 最初のお目当てはなぁに?」


 栞が上目遣いで俺を見つめていた。歩いているうちにプリプリしていたのはすっかりおさまったようで、今は俺の腕にピトッと抱き着いて隣を歩いている。


 ただ、逸る気持ちは抑えきれないのか歩くペースは依然として速いままだ。おかげで俺の身体は悲鳴をあげっぱなしだけど、一々『いぅっ……!』とか『あぃっ……』とか声をあげるのはみっともないので、ピキッときても頑張って我慢することにした。


 好きな子の前で見栄を張るのも大変なんだ。もう遅いだろというのは、気にしてはいけない。何度情けないところを見せていても、格好はつけたいものだからさ。


「えーっとね、まずは定番からがいいかなって思って──あっ、あのお店だよ」


 タイミングよく視線の先に第一の目的地が見えてきた。下調べの時に見た外観と同じだから間違いない。


「あれは……、和菓子屋さん?」


「うん。栞は和菓子、好き?」


 念の為確認しておく。一口にスイーツと言っても、和菓子から洋菓子まで多岐に渡る。もし栞が和菓子がそれほど好きではないと言うのならこのまま通り過ぎて次の店を目指すつもりだ。


「好きだよっ!」


「なら良かった」


「和菓子はカロリー控えめなのもいいよねっ」


「まぁ、そうだね──」


 やっぱり気にしてるんじゃ、という言葉は飲み込む。ここで同じ間違いを犯してはいけない。反省は活かしてこそ意味があるのだ。もちろん視線も栞の顔に固定したままで続ける。


「──でね、あそこのお店は蒸かしたての温泉まんじゅうを出してるみたいだよ」


「蒸かしたて……」


 栞が息を呑むような音が聞こえた気がする。


 焼きたてのクッキーに魅力を感じる栞なら、蒸かしたての温泉まんじゅうはきっと気に入ってくれるだろうという俺の見立ては間違っていなかったらしい。


「最近だいぶ寒くなってきたしさ、温かいのは嬉しいよね」


「んふふっ。私は涼のおかげでいつもぬくぬくだけどねー?」


「……俺もだよ」


 思わぬ栞の返しにやられながら入店すると、正面に蒸し器にかけられた蒸籠が見える。おそらくそれが俺達の目的。店内にはイートインスペースもあって、買ったものをその場で食べることができるようになっているらしい。


「涼っ! 買ってくるからリョー君お願いしていい?」


「ん、わかった。座って待ってるよ」


「はーいっ」


 当時の資金は栞のポーチの中なので素直にリョー君を預かり、イートインスペースへ移動して空いている席に腰を下ろす。栞は店員さんのもとへ向かっていった。


「いらっしゃいませー」


 気の良さそうなおばちゃん店員さんが対応してくれるようだ。


「えっと、この温泉まんじゅうを一つ──んー……、やっぱり二つくださいっ」


「はーい、お二つね」


 この後何軒も回る予定なので一つを分けるのかと思っていたが、現物を前にして誘惑に抗えなくなったのかもしれない。


「おまちどうさま。熱いから気を付けてお持ちくださいね」


「ありがとうございますっ」


 商品を受け取り、お代を支払った栞がトコトコと戻ってきて俺の隣に座る。両手に一つずつまんじゅうを手にしている姿は欲張りな子供のようで微笑ましい。その一つは俺の分だと思うけれど。


「あちち……。えへへ、ほかほかだよぉ。あーむっ」


 一つ俺にくれるのかと思っていたのに、その前に栞はまんじゅうにかぶりついていた。


「はふっ……。ふぁぁ……、美味しっ……」


 相当に熱かったのだろう、ハフハフしながら口を動かす栞。次第にほっぺがゆるゆるになっていく。


 そうそう、これが見たかったんだよね。幸せそうな栞の顔はやっぱり最高に可愛い。


「気に入った?」


「うんっ、すっごく! 次は涼もっ。はい、あーん」


 栞が俺に差し出したのは、今しがた栞が半分ほど食べた残り。もう片方の手には丸っと一個があるはずなのに。


「えっと……?」


 そっちをくれるんじゃ……?


「はーやーくっ。冷めちゃうよ? ほら、あーん、して?」


「う、うん。あーん」


 口を開けると半分になったまんじゅうが放り込まれる。


「ふぁっ……。あふいっ……。でも──」


 今まで蒸されていたおかげで熱々ホカホカ、生地はしっとりしていてあんこの甘さが口いっぱいに広がっていく。味は普通のまんじゅうなんだけど、どこかホッとする。


「美味しいね、涼?」


「うん、美味い」


「それじゃ、もう一個は涼からどーぞ? 半分、残してね?」


「う、うん」


 言われるがままに再び差し出されたまんじゅうをかじる。残った分は栞がパクリ。


「はぁ……。温かいおまんじゅう、初めて食べたけど心がホワッとするねぇ。なんか涼に似てるかも」


 口の中身を飲み込んだ栞が、ふにゃっと力の抜けた声で言う。


「えっ、俺?」


「うん。安心するっていうか、癒されるっていうか。うまく言えないけどそんな感じ」


「そうかな?」


「そうだよ」


 それなら栞も同じなんじゃないかと思ったけれど、頭の中で栞とまんじゅうがうまく結びつかない。


 じゃあ、と考えてみる。俺の中の栞のイメージ、フワフワで甘くて優しい、そんなものはなんだろう。あと、可愛らしさも必要だよね。ということは和菓子じゃなくて洋菓子かな。


 うーん……、シフォンケーキ、とか? それもクリームがたっぷり添えられたやつ。


 いや……、なんか違うような。栞はもう少し重たい感じな気がする。軽いだけのシフォンケーキじゃ栞っぽくない。フワフワでありながら、重さもあるもの。


 思いつく限りのスイーツを頭の中に思い浮かべていく。


 そしてついに──


「あっ、フォンダンショコラだ」


 栞にぴったりのものを思いついた。


「フォンダンショコラっ?! もしかして、次に行くところ?」


 思いついたと同時に口にしていたようで、栞の目が期待に輝く。でも、残念ながら今回の予定のラインナップには含まれていない。


「あぁ、ごめん。そうじゃなくてね、栞っぽいイメージのお菓子を考えてたんだ」


「私のイメージ? 私がおまんじゅうが涼みたいって言ったから?」


「うん。それで思いついたのがフォンダンショコラだったんだよ」


「ふーん……、自分じゃいまいちピンとこないけど。ねぇ、どんなところがフォンダンショコラっぽいって思ったの?」


「えっとね……、見た目が可愛くて外側がフワフワしてて、中は熱々の甘いチョコがトロトロになってるところ、かな……?」


 これ、かなり恥ずかしいこと言ってないかな?

 大丈夫……?


 案の定、栞は頬を赤く染める。ただ、そこからの栞の行動は俺の想定を大きく外れたものだった。


「そっかぁ、なるほどねぇ。涼は私のこと、そんなふうに思ってるんだぁ」


 息がかかるほどに栞の顔が近付いてくる。口調も蕩けるほどに甘ったるくなって。


「えっと、栞……?」


「んふふっ。なにかなぁ、涼?」


「急に、どうしたの……?」


「んー? そりゃ、ね? 涼はフォンダンショコラみたいに熱々トロトロで甘々な私を望んでるんでしょー? なら、それに応えてあげないと」


 あ、これはヤバいな。


 と、思った時にはだいたい手遅れなんだよ。


「ねぇ、熱々で甘々って、こんな感じかなぁ?」


 栞の顔がさらに近付いてきて、おでこがコツンとぶつかる。


 そして、


 ──ペロッ


 栞の舌が俺の口の端を舐めていった。


「あの……、栞? なにを……?」


「えへへ。おまんじゅうのかけら、付いてた。これで、キレイになったよ?」


「あ、うん……。ありがと。でも、こんなとこで……」


「だってぇ……、涼が悪いんだからね? せっかくおまんじゅうで間接キスするので我慢しようと思ってたのにさぁ。あんなこと言われたらね、足りないのかなぁって思っちゃうじゃん。もっともっと甘くしたくなっちゃうじゃん」


 さっきの栞の謎行動の意味はわかったが、俺はそれどころじゃなくなってしまった。


 ただ単に、俺は栞の外見と内面を喩えただけなのに。温かくて蕩けてて甘々なチョコが栞が俺に向けてくれる愛情みたいだなって思っただけなのに。


「──ねぇ、涼? もーっと甘いの、いる?」


 いるって言ったら、栞はなにをしてくれるんだろう?

 これ以上甘くなったら、栞はどうなるんだろう?


 すごく気になる。


 でも──


「……そういう栞は、俺だけに見せてほしい、かな」


 ここでは我慢するしかないんだよなぁ。


 ほら、店員のおばちゃんとか他のお客さんとか、かなり視線を集めちゃってるからさ。


「独り占め、したいんだ?」


「うん、したい」


「昨夜も朝も、散々独り占めしてたのに?」


「それでも、だよ」


 一番甘くて美味しいところは、俺だけが知っていればいい。それは俺だけのものだ。他の誰にも、知られたくない。


「ふふっ、わかったよ。なら、これくらいにしといてあげる」


 スッと俺から離れた栞はいつものようにふんわりと柔らかく笑って、俺もホッと息を吐く。


「とりあえず、食べ終わったしさ、次、行こうか?」


 さすがに集めすぎた視線にいたたまれない。


「はーいっ。次はなにかなぁ♪」


 まぁ、結局栞はべったりだから最後まで見られっぱなしだったんだけどさ。

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