「栞? 送る荷物の中にお土産全部入れちゃってもいいんだっけ?」
「だ、ダメだよ! 明日学校に持っていく分だけは別にしとかないと。渡すの一日遅れちゃうから!」
「あー……、そっか。じゃあそれだけは別にして、俺達の家用だけ送る感じで。──よしっ、こっちは完成!」
「あんっ、待って、涼! 化粧品、洗面所に置きっぱなしだった……! これも送るのに入れちゃうから! うぅ……、お化粧する時間なくなっちゃったよぉ……」
俺達はドタバタと忙しなく荷物をまとめているところだ。甘い誘いに乗ってしまった俺も俺だが、栞も栞でその後にもう一回温泉に入りたいと言い出して、のんびりしすぎた俺達はチェックアウトを目前に時間に追われることになっているわけだ。
おかげで栞はノーメイク。俺としてはすっぴんでも全然いいと思うのだが、栞的にはご不満のようだ。だが、これも自業自得。疲れ果てて落ち着いていた俺の中の獣を叩き起こしてエサまでくれたのは紛れもなく栞なのだから。
「大丈夫だって。栞はそのままでも十分可愛いから」
一応こう言っておく。一応なんて言っても、本心だけども。
こっちの方が見慣れているし、落ち着く。もちろん頑張っておめかししてくれるのは嬉しいけれど、ばっちりメイクをした栞はぐっと大人っぽくなってドキドキしてしまうし。
「もう、涼ったらぁ……。──って、そんなことしてる場合じゃないよっ! もう出なくっちゃっ!」
うっとり顔で俺にしなだれかかろうとした栞は、途中でピタリと動きを止めて、バッグを拾い上げて俺の手を引く。そのままの勢いで俺達は一晩世話になった部屋を後にした。
「ところで、リョー君は送らなくてよかったの?」
栞は俺と手を繋いでいるのとは逆の腕でしっかりとリョー君を抱きしめている。荷物が邪魔になるから送ろうとしているのに、これでは本末転倒ではなかろうか。
「リョー君はこのまま連れて行くのーっ。また荷物の中に押し込んだら可哀想でしょ? それに、送っちゃったら明日まで会えないし。ねっ、リョー君もパパとママと一緒の方がいいよねー? ──うんっ! それにね、もう暗くて狭い場所はヤダよぉ。怖いもん……」
「まぁ、栞がそれでいいなら……。でも、えっと……、可愛がってくれるのは嬉しいけどさ、外ではあんまりリョー君に話しかけないようにね?」
「そんなことわかってるもーんっ! ねー、リョー君っ?」
本当にわかっているのかな……?
栞とリョー君、とっても可愛らしい組み合わせなのは間違いないし、俺もそう思って選んだのだけれど、抱き締めて歩く姿を見るとそこはかとなく漂う地雷感。話しかけたりしてたらそれは倍増──いや、言うまい。
可愛い、それだけでいいじゃないか。片時も放したくないと思ってくれてるってことなら、贈った俺も言うことはない。
時間ギリギリでどうにかチェックアウトを済ませた俺達は、配送の手続きをして宿を出た。
送り先は俺の家、宿が用意してくれた段ボール箱に全て突っ込んだ。どうせ栞は学校帰りにうちに寄るのが日課になっているし、その時に持っていってもらえばいい。大変そうなら俺が運ぶしさ、これも費用削減のためだ。
「さーてっ、涼! ここからはデートだよっ!」
「う、うん。でも、張り切ってるとこ悪いんだけどね、ちょっとゆっくり歩いてもらってもいいかな? 俺、脚がガクガクだからさ……」
そりゃあれだけすればこうもなるよ。夜の運動会に、朝の食後の運動、それはどうにか乗り越えたわけだが俺の脚は産まれたての仔鹿みたいだ。腰を痛めなかったのが不幸中の幸いかも。もちろん最中は幸せ一色で不幸などなかったのだけれど。
一方、栞はというと──
「ありゃ、大丈夫? 肩、貸そうか?」
「ううん、そこまでじゃないよ。でも栞は元気すぎじゃない……?」
「そりゃー、ねっ。美味しいもの食べれたしー、涼からいっぱい幸せにしてもらったしっ。これで元気がなかったらおかしいでしょ? ほら、この通りだよっ」
ピョンと飛び跳ねてみせる栞。そこから歩き始めたのだが、いつもの弾むような足取りも健在のようだ。スキップしているようにも見える。
お肌も心なしかツヤツヤしているような。元々キメ細やかな肌だからパッと見はわかりづらいかもしれないが、誰よりも間近で見ている俺にははっきりと違いがわかる。
夜更かしして、あれだけ暴れてこれとは恐れ入るよ。お肌に関しては温泉効果の可能性もあるけれど。
……いや、顔までは温泉に浸かってなかったよね?
ということは、つまり──栞はサキュバスかなにかなのかな? きっと夜中俺からエネルギーを吸い上げていたに違いない。ならこれだけ元気なのも頷ける。その分俺がげっそりしているのが証拠だ。
っと、そんな冗談はともかくとして、
「あのさ、さっき俺達食べすぎたって言ってたじゃん? この後の予定、ウロウロしながら食べ歩きでもしようって思ってるんだけど、大丈夫そう?」
「うーん、どうかなぁ……。ちなみになんだけど、涼はなにか目星つけてるのとかあるの?」
「一応ね。栞は甘いものが好きだと思って、スイーツを中心に──」
そう口にした瞬間、栞が目を輝かせた。
「涼っ! 早く行こうっ!」
さらに俺の腕を引っ張って先を急ぐように歩き始めた。歩くたびに俺の太腿からお尻にかけての筋肉がピキピキピクピクと悲鳴を上げて顔が引き攣りそうになる。
「いぅっ……! えっ、ちょっ、しおっ……。ま、待って、ゆっくりって……!!」
「ダーメっ、待たないーっ!」
「いや、でも栞っ? 場所、わかってるの?!」
「あっ……。えへへ。ごめんね、わかんないや」
急に立ち止まった栞は、恥ずかしそうに笑う。
「まったく栞は……。そんな我を忘れるほどスイーツ好きだったっけ?」
好きなのを知っているからこそこうして予定に組み込んだのだが、目の色を変えるほどとは思わなかった。
「ん? 好きだよ? まぁでも、テンション上がりすぎたのは涼のせいだけどね」
「……俺、なにかしたっけ?」
突然栞が暴走し始めるようなことをした覚えはないのだが。
「私の好きそうなもの、下調べしといてくれたんでしょ? そんなの嬉しいに決まってるじゃん!」
あぁ……。栞はそんな些細なことでこんなにも喜んでくれたのか。栞の誕生日なんだから、当たり前のことをしただけなのに。
「だからね、せっかく涼が見つけてくれたところ、全部行くよ! ちゃんと涼もついてきてね?」
「全部って、まじ……? それだと十軒くらい回ることになるよ? そんなに食べれる?」
「二人で分ければいけるいけるっ! それに甘いものは別腹って言うしねっ?」
「いやぁ……、言うけどさぁ……」
さすがに太るよ?
結構気をつけてるんじゃなかったっけ?
とは、口が裂けても言えないわけで。
まぁ、多少太っても栞の魅力は減ったりしないんだけどさ。そもそも栞は細身で華奢だし、貧弱な俺の腕でもお姫様抱っこができてしまうほどに軽い。むしろ、もう少しお肉をつけてもいいと俺は思う。
ほら、服の上からでもわかるウエストのほっそり感とか。
でも、スタイルに関しては口を出さないのが吉だと言うのはさすがの俺も理解している。スタイルに限らずデリケートな話題には触れない方がいいのだ。
というわけで、触れないつもりだったんだけどねぇ……。
「ねぇ、涼? なんか変なこと考えてない?」
つい、ジィっと栞のお腹周りを眺めてしまったせいかもしれない。栞にジト目で見つめられていた。
冷や汗が噴き出そうになるのを必死で抑えてどうにか口を動かす。
「考えて、ないけど?」
「うーそっ! だって私のお腹見てたもんっ。どうせ太るぞ、とか思ってたんでしょー?」
やっぱり栞も女の子なだけあって、こういうところは鋭いらしい。漫画や小説でよく見た展開ではあるが、まさか自分が言われる日が来ようとは。
「思ってないって……。むしろ栞は痩せてるから──」
「いいんだもーんっ! 私、太りにくい方だし、たまーに食べ過ぎるくらい全然平気だもんっ!」
これ、盛大なフラグかな……?
というか、実は栞自身が俺よりも心配してるんじゃ?
いや、もうこれに関しては口を噤もう。余計な言葉は火に油だ。
「それを証明してあげるから、ほらっ、チャキチャキ行くよー!」
油を注がなくても勝手にヒートアップしていく栞には困りものだが……。
「だからねっ? ゆっくりっ! ねっ? 栞?! お願いだからぁっ……!」
それでも栞は歩くペースを落としてくれず、ヘロヘロな身体じゃ抵抗することもできなくて。
「意地悪言う涼が悪いんだもんっ。ちょっとは反省するといいよ!」
「俺、何も言ってないのにぃ……」
ちょびっとお腹を見ただけなのにこの仕打ち、理不尽極まりない。
だが、栞はプリプリしながらも口の端の笑みを隠しきれていない。このやり取りを楽しんでいるのか、はたまた目的のスイーツが楽しみで仕方ないのか、そこまでは俺にはわからない。
でもさ、そんな顔を見せられたら多少の理不尽くらい許してしまうじゃない。脚が痛いのだって我慢しちゃうじゃない。
そんな自分が今だけは恨めしい。我慢しても痛いものは痛いのだ。
「いーいーかーらっ。ほーらっ、道案内よろしくね?」
栞に言われて、ポケットから取り出したスマホのマップアプリを立ち上げ一番近い目的地を表示する。
「え、えっと……、じゃあ次の角を右に……、あぃっ……」
また……、ピキッて……。
「はーいっ! んふふっ、楽しみっ♪」
結局、一軒目に到着するまで脚の痛みに半泣きになりかけつつも栞に引きずられることに。
痛かったけどさ、これも甘味に蕩ける栞の笑顔をいち早く見るためだと思うと、不思議となんてことないんだよなぁ。やっぱり俺はどこまでも栞にチョロ甘なんだよね。