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第194話 いつか、必ず

「ん、んん……」


 窓から差し込む明るい光を感じて目が覚めた。栞が朝食の一時間前にセットしてくれたアラームはまだ鳴っていないらしい。その証拠に、横を見れば幸せそうな顔で寝息を立てる栞が俺の左腕に抱きついている。


 そっと髪を撫でると、


「うにゅぅ……。涼……」


 口をむにゃむにゃさせながらも俺の名前を呼び、より身を寄せてくる。


 可愛いし、温かい。お互い全裸のまま寝てしまったのでより一層その温もりを感じられる。毎度のことながら幸せな時間だ。


 チラと隣のベッドへ視線を向けると、そこはシーツやら布団が乱れ放題で昨夜の激しさを物語っていた。


 ……いくらなんでもやりすぎたなぁ。


 朝までなんて言ったのは俺だが、結局のところ最後は体力的に俺の上をいく栞にいいように搾り取られるという結果に終わった。まぁでも、俺にしてはよく頑張った方だと思う。なにせ栞が可愛すぎて一日の最多記録を大幅に更新してしまったくらいだ。


 おかげさまで全身、主に腰回りがとにかく気怠い。太ももとお尻周りは若干筋肉痛にもなっている気がする。ただ、これも今は栞と愛し合ったからだと思うと幸せに変換されてしまう。心地良い疲労感とでも言えばいいのだろうか。


「栞、好きだよ」


 何度身体を重ねてもそう思う。それどころかその想いはより強くなる一方で、全くもって際限がない。栞が俺を愛してくれて、俺という存在を丸ごと受け入れてくれるから。


 その想いのまま頬にキスをしようとしたら、栞が突然振り向いて唇で受け止められた。


 あんなに色々したはずなのに荒れることもなく、柔らかくしっとりとした栞の唇が気持ちいい。


 キスの後、ゆっくりと瞼を開けた栞ははにかむような笑顔で俺を見る。


「えへへ、私も好きっ」


「もしかして、起こしちゃったかな?」


「うん。涼によしよしされるのが気持ち良くって」


「ごめん、ね。せっかくよく寝てたのに」


 気を付けていたつもりだったけれど、どうやら起こしてしまったようだ。


「んーん、いいよ。それよりもっとおはようのキス、して? それともおはようのえっちの方がいい?」


「……キスでお願いします」


 寝て多少回復したとはいえ、さすがに今からする元気はまだない。それに、これ以上すると今日の予定を変更することになってしまう。


 この後は栞との温泉街デートが待っている。俺達は二人揃ってインドア派なこともあって、外にデートに出かけることは少なく、もっぱらおうちデートと呼ばれるものばかりしている。あまりない家以外でのデートということで、俺も楽しみにしているのだ。


「ちぇー……」


「ちぇー……、じゃないの。まったくもう。ほら、栞」


 いったいどこまで栞がえっちになってしまうのかと不安になりつつも、唇を差し出せば栞も素直に自身のそれを重ねてくれる。


「んっ、ちゅっ♡ ふぁ……♡」


「んっ……。栞っ、んっ、ちょっと、やりす──んんっ……」


 寝起きだというのに、栞の舌が俺の口内に侵入してきて好き勝手をしていく。まるでもう一度火をつけようとしているかのように。


「んっ、んっ、ぷはぁ……♡ どう? やる気になってくれた?」


「いや、勘弁してよ……。俺動けなくなっちゃうから。それにそんなことしてたら朝食の時間になっちゃうよ?」


 夕飯の時もそうだったけど、配膳の仲居さんにそんなところを見られたら一大事だ。栞とのえっちは俺達二人だけのもので、二人だけで愛情を確認し合って、高め合う大事な儀式なのだから。


 俺だけが知ってる栞なんだ。俺だけが知ってる栞の表情、声、熱くなった身体、それとどれだけ俺に貪欲なのかも、そんなの特別だって思っちゃうじゃん。誰にも知られたくないって。全部独り占めしたいって、さ。


「それもそっかぁ、残念っ。まぁ、今回はたくさんプレゼントしてもらったしね。これで我慢するね」


「いやぁ、それをプレゼント扱いにするのはどうかと思うよ……?」


「ふふっ、いーのっ。私は嬉しかったんだから」


「栞がいいならいいけどさ……」


「うんっ。リョー君もだけどね、過去最高の誕生日だよ。ありがとね、涼」


「えっと、うん。そう言ってくれるなら俺も嬉しいよ」


「へへ。でもね涼、後ひとつだけ我儘言わせてくれるかな?」


「うん、なに?」


 栞はすっと俺の耳元に口を寄せる。こういう時はたいていとんでもないことを言い出すことが多いので、少しだけ身構えてしまう。


「えっとねぇ……。いつか、でいいからね、お薬なしで……、いっぱいちょうだいね?」


 ほら、やっぱり。栞はすぐこういうことを言うんだから。


 薬なしでということは、つまりは子どもがほしいということで。


 でも、それは俺も考えたことがある。今は無理だけど、いつかは。できることならなるべく早く叶えてあげたいと思う。


 そのためにも──


「じゃあ、これからもっともっと頑張らなきゃねぇ」


 具体的に何を、というのは依然としてわからない。だから、まずは目の前のことからコツコツと。今はきっとそれでいい。ちゃんと積み上げていけば、いつかは形になるはずだから。


「うんっ。二人で一緒に、ね?」


「そうだね。それが俺達だもんね」


「えへへ。やっぱり涼、好きっ。ちゅっ♡」


 照れくさそうに俺にキスをした栞はピョンっとベッドを飛び出した。そして、テーブルにお行儀よく座っていた涼君を胸に抱いて話しかける。


「ねぇ、リョー君? リョー君はぁ、弟と妹、どっちが欲しいかなぁ?」


「栞……? リョー君と遊ぶのは……」


 俺がいない時だけって話になったはずなのに。


「ちょっとだけだからいいでしょー? ほら、リョー君? どうかなぁ? ──えっとねぇ、僕ねぇ、どっちも欲しいのっ! 弟も、妹も、両方欲しいなぁ!」


 リョー君の言葉を借りてはいるが、これは栞の願いなのだろう。俺も一人っ子だから、兄弟というものに憧れがあったりする。それはきっと栞も同じなのだろう。


「そりゃ、さらに頑張らないとだなぁ……」


 子ども二人を育てるなんて今の俺には全然想像もできないけれど、かなり大変なことなんだろうとは予想できる。ただ、栞が望むのなら俺はそれに全力で応えるまでだ。


 進学、結婚、就職を経てようやくそこに辿り着ける。道のりは長いかもしれないけれど、俺達ならきっと大丈夫だって思えるんだ。


「だって、リョー君っ? よかったねぇ? ──わーいっ! パパ大好きーっ!」


「わっ……!」


 栞がリョー君を連れて戻ってきて、俺の顔にじゃれつかせた。


「ふふっ。リョー君ね、嬉しくってパパに抱っこしてもらいたいみたいだよー?」


「いや、リョー君喋らないし……」


「もーっ! ノリが悪いんだからっ! いいから抱っこしてあげてっ?」


「はいはい……」


 栞から渡されたリョー君を抱くと、栞はふっと表情を緩める。俺に可愛らしいリョー君なんて抱っこさせても似合わないだろうに。


「これもいつか、の話なんだけどね、子どもができたら、またこうやって旅行しようね?」


「うん……」


「約束だよ?」


「うん、約束する。いつか、必ずね。その時はさ、お互いに両親も誘って皆でっていうのもいいかもね」


 今回の恩返しっていうのももちろんあるけれど、いつもなんだかんだとひやかしながらも俺達のことを見守って、応援してくれている家族。それって実は結構すごいことだって思うんだよね。当たり前だって思っちゃダメなんだよ。


「それ楽しそうだし、絶対やるっ!」


「おー、すごい食付き。じゃあ、これも約束ってことで」


「やったぁ!」


 栞といると、約束事がどんどん増えていく。来年の花火大会、結婚、子どもと、家族旅行。そのどれもが輝いて見えて、未来がもっと楽しみになる。


 いつだって栞はこうやって俺を前向きにしてくれる。やっぱり俺には栞しかいないと思わされる瞬間だ。


 後で思い返せば、きっとこの時に俺の夢が明確に定まったんだと思う。


「栞、愛してるよ」


「私も、愛してるっ ──僕もねぇ、パパとママ大好きっ! ──ふふっ、リョー君はいい子だねぇ。ねっ、涼?」


「ん、リョー君はいい子だ」


 リョー君の名前を呼ぶのはまだ恥ずかしいけれど、またノリが悪いと言われないように合わせてあげる。ついでに照れ隠しでリョー君の頭を撫でておいた。


「えへへ、パパのよしよし気持ちいいっ! ──でしょー? パパはねぇ、いっつも優しいんだよー? ところで、パパ。私にはよしよししてくれないのかなぁ?」


「ママはいつまでも甘えん坊さんだなぁ。ほら、おいで?」


「うんっ」


 ポスンと胸に飛び込んできた栞を受け止めて頭を撫でる。左手は栞を、右手はリョー君を、同時に。もし子どもが二人になったら手が足りなくなるなぁなんて思いつつ、優しく、優しく。


 それからアラームが鳴るまでのしばらくの間、リョー君を子どもに見立てて仲良し家族ごっこなんてものをすることになるのだった。

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