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第42話 クマのぬいぐるみと写真と

◆黒羽栞◆


 涼に褒められて、調子にのって買ってしまったけど、正直に言うとまだちょっと恥ずかしい。上はカーディガンを羽織って平気になったけど、スカートが短くて心もとなくって。


 そもそも私は基本的にスカートなんて制服の時くらいしか履かないのだ。そんな私にとってはこないだのワンピースでも結構勇気が必要だったというのに……。


 でも、涼のあんな顔見ちゃったら、もうこれ以外考えられなくなっちゃった。それに、可愛いって言ってくれたし……。涼に言われると、恥ずかしいのに嬉しくって、でも全然足りなくてもっともっとってなる。


 私、どんどん我儘になっちゃうなぁ……。


「ねぇ、栞。これからどうしよっか?」


 私が慣れない格好にドギマギしていると、涼が声をかけてくれた。


 一応今日の目的はこれで果たしたことになる。でもせっかくのデートなんだから、まだ涼と一緒にいたい。それに、恥ずかしいけど、涼の選んでくれた服を着ている私をもっと見てほしいとも思う。だって、今の私の服装が涼の好みってことだもんね?


「えっと、まだ帰りたくないかな……?」


 お母さんからは夕飯の時間までには帰ってくるように言われてるから、あまり長居はできないけど、それでもまだもう少しくらいは時間がある。できることなら、時間の許す限り涼のそばにいたい。これは結局いつものことなんだけどね。


「ん、俺もそう思ってた。せっかくここまで来たし、もう少し栞と色々見てみたいなって。とりあえずブラブラしてみよっか?」


 そう言うと、今度は涼の方から私の手を取って指を絡めてくれた。


「うんっ!」


 初めて涼からしてくれたことと、私と同じように思ってくれたことが嬉しくって、私はまた涼の腕に抱きついた。


 *


 涼の言った通り、目的もなくウロウロして、雑貨屋さんを見ていた時だ。


 クマのぬいぐるみが目に入って、気付けば手に取っていた。


 小学生の頃、美紀からプレゼントされたクマのぬいぐるみを思い出したのだ。寝る時はいつも枕元に置いたりして、ずっと大事にしていた。でも、美紀との一件があった後、すぐ処分してしまった。


 今になって思うと、あの子には可哀想なことをしたと思う。物に罪はないはずなのにね。それでもあの時は大事にしてたぬいぐるみさえも憎悪の対象に変わってしまった。見るだけで美紀のことを思い出して、辛くなったから。


 今ではその気持ちは薄れて、捨ててしまったことへの後悔の方が大きい。こう思えるってことは私の精神状態がだいぶ回復したってことだ。それも全部涼のおかげなんだけどね。


「それ、欲しいの?」


 ずっと手に持って眺めていたら、涼にそう聞かれた。


「えっと……、ううん、ちょっと気になっただけだよ。昔持ってた子に似てるなぁって。もう捨てちゃったんだけどね……。ほら、美紀からもらったものだったからさ」


「あぁ……。なるほど……」


 事情を知る涼だからこその反応だ。と、思ったんだけど……。


「ねぇ、それじゃ今度は俺が栞に贈ってもいいかな?」


 涼から? そりゃもちろん嬉しいけど……。

 けど、できることなら……。


「ううん、いい。今は……」


「今は?」


「あっ、ううん、なんでもない……。ごめんね、変なところで立ち止まって。もういい時間だから、そろそろ帰ろっか」


「えっ? いいの?」


「うん、いいんだよ。ほら、行こ?」


 今は、ってまるで欲しい日が決まってるみたいなことを……。いや、それはあるんだけど。でもさ、そんな面倒くさい催促みたいなこと言えるわけないじゃん。


 私は戸惑う涼を引っ張って店を出た。あのままだと涼が買いに行ってしまいそうだったから。


 *


 モールを出ると、太陽はだいぶ傾いていて、西陽がとても眩しい。色々あった一日だったけど、過ぎてしまえばあっという間だった。涼といる時間はそれだけ幸せで楽しいということなんだろうなぁ。


 デートももう終わりかと思うと少しだけ寂しくなる。何か最後に記念に残ることは、と考えて思いついた。


「ねぇ、涼。せっかく初デートだったんだし、写真でも撮らない? 服も新調したことだしさ」


「写真ってちょっと苦手なんだけど……、でも栞が撮りたいって言うなら」


 涼が了承してくれたので、スマホのインカメラを起動して、手を伸ばしてみた。画面に二人が写るように。でも、慣れてないせいでこれがなかなか難しい。それに自分の顔を画面で見ながらの撮影というのはどこか気恥ずかしさもある。


 なかなか上手くいかずに苦戦していると声をかけられた。


「あら? さっきのお客様じゃないですか。写真ですか? 私撮りましょうか?」


 私の服を買った時に対応してくれた店員さんだった。私と涼がお似合いだって言ってくれた人でもある。あの時、涼との会話はカーテンの内側までしっかり聞こえていて、着替えながら一人でにやけて悶絶していたのは内緒だ。


「いいんですか?」


「えぇ、私今日はもうあがりでこれから帰るだけなので、それくらいでしたら。でも、その代わりにまたお買い物に来てくださいね?」


「はい、是非。じゃあお願いします」


 スマホのカメラを起動して店員さんに手渡した。店員さんはそこから数歩下がってスマホを構えた。


「お二人とももっとくっついてー! ん〜……、彼氏さん顔が硬いですよ? 笑って笑って!」


 ちらっと涼の顔を見るとガチガチになってた。写真が苦手だというのは本当のことらしい。


「涼、大丈夫……?」


「大丈夫、だけど……。写真って意識しすぎてどんな顔していいのかわかんないっていうか……」


 私も写真ってそんなに得意じゃないけど、涼が隣にいるだけで顔は綻んでしまう。できれば涼にも笑って写ってほしい。


「彼女さん、どうにか彼を笑わせられないですかね?」


 ん-? 涼を笑わせるってどうしたらいいんだろ?


 思えば私は涼のことをあまり知らない気がする。好きな食べ物は水希さんに教えてもらって知ってるけど、それくらいだ。涼の性格に惹かれて好きになったけど、まだ一緒にいる時間が短いせいか知らないことが多い。


 涼のことを考えるといつも浮かんでくるのは優しく微笑んでくれることくらいで……。


 あっ、そうか! 私だけに意識を向けさせればいいんだ。


 私は思いつくとすぐ行動に移した。


「ねぇ、涼?」


「ん?」


 涼が私の方に少し顔を向けた瞬間、背伸びをして涼の頬に唇を押し付けた。


 ──ちゅっ。


「おっ、チャンス!」


 ──カシャッ。


 店員さんもそれを見逃さずにシャッターを切ってくれて、二回目の涼へのキスは私のスマホに写真としてしっかり保存された。


「し、栞……?」


「へへっ、笑ってくれない涼が悪いんだよ?」


 いたずらに成功した私は、できうる最高の笑顔を涼に向けてみた。


「そんなこと言われたってさ……」


「ほら、今度は涼からもしてよ」


「えぇ……。そんな人前で……」


 まぁあそうだよね。無理だよね。涼は結構恥ずかしがり屋さんだしね。私も自分でやっておいて、すっごい恥ずかしいもん。


「じゃあせめて笑ってよ。じゃないと今度は唇にしちゃうんだからね?」


 さすがにしないけどね? 初めてはもっとちゃんとした、いい雰囲気でしたいもんね。


「まったく栞は……」


 涼はそう言うけれど、私の作戦が成功したのかいつもの私が大好きな顔をしてくれて。そんな顔を見た私も自然と笑みが零れる。たぶんこの時、私達は二人ともカメラの存在が頭から抜けていたと思う。


 ──カシャッ。


 シャッターが切られた音がした。


「すごくいい写真が撮れましたよ。確認してもらえますか?」


 店員さんがスマホを返してくれて、二人で画面を覗き込む。


 そこには優しい顔で私を見つめてくれる涼と、甘えるように涼の腕に抱き着いて笑う私の姿があった。


「いい写真撮ってもらえたね?」


「うん、そうだね。俺、こんな顔できたんだ……」


「私の知ってる涼はいつもこんな感じだよ?」


「そうなの?!」


「そうだよ。涼はいっつも優しい顔してるんだから」


「そっか……」


 これで涼の写真が3枚になった。一枚目は枕元に飾ってあって、私の安眠の役に立ってたり。こうやってどんどん思い出が増えていくんだと思うと、これからのことが楽しみになる。


 私達は店員さんに丁寧にお礼を告げて帰路についた。帰りのバスでも二人で寄り添って。

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