栞は自分の言葉に照れているのか、黙ってしまった。俺は俺で栞の言葉と表情にやられてしまって顔を直視できない。そのままどこへ向かうかもわからないまま二人で歩いていく。
それでも今からの俺の役目は変わらないわけで、先程考えていたようにすれ違う女の人の服装なんかを見ながら、どんな服が栞に似合うか頭を悩ませていた。
なんでも着こなしそうとは思っているけれど、どうせなら一番栞に似合うものがいい。今の姿もなにも問題ないし、俺としては可愛いと思ってるのだけど。ちなみに今日の栞はTシャツにサマーパーカーを羽織って、下はジーンズといったラフなスタイルだ。
さすが夏休みというだけあって、モール内にはいろんな格好の人がいる。ギャルっぽい人から地味な感じの人まで。
ギャル風、は違うかなと思う。あまり派手なのは栞のイメージに合わなさそうだし。栞はどちらかというと落ち着いた雰囲気だから。
クール系よりは可愛い系がいいだろうか。多分これは俺の好みなのかもしれないけれど、栞には可愛らしくいてほしい気がする。
しばらくそうして考えて、ようやくなんとなくの方向性だけは見えて──
「いっ……!」
突然脇腹に軽い痛みが走った。
俺の腕に抱き着いていた栞の手が脇腹に伸びてきて、キュッと抓られたみたいだ。そんなに強くはなかったので痛みはそれほどではなかったけれど、いきなりのことだったので声が漏れてしまった。
驚く俺を、栞はジトっとした目で見上げてくる。さらにその頬をぷくりと膨らませて、思わずつんつんと突きたくなるほど愛らしい……、じゃなくて、不満を顕わにしている。
「むぅ~……」
「えっと、栞、さん……?」
「ねぇ、涼。なんでさっきから私のこと見てくれないの? それにチラチラ他の女の人のこと見てるよね?」
ばれてる……!!
もちろんやましい気持ちは一切ないし、むしろ栞のための参考資料としてしか見てないんだけど、悪いことをしていたような気分になる。
「なんかずっと難しい顔してるし、もしかして涼は楽しくない……?」
栞が少し悲しげな表情を浮べる。そんなつもりは全くなかったのに。
「そ、そんなことないよ! 栞と一緒にいるだけで楽しいから!」
これは偽らざる本音だ。栞といるだけで心が軽く、ウキウキとしてしまう。
「じゃあどうして……?」
「ご、ごめん、急に栞に褒められて、顔見れなくなっちゃったというか……」
「女の人見てたのは?」
「それは……、栞の服、どんなのがいいか参考にしようと思って……」
「本当に……?」
栞が真っ直ぐに俺の目を覗き込む。澄んだ大きな瞳で見つめられると、それだけで俺の考えてることなんて丸裸にされてしまいそうな気がする。今回はバレても問題ない内容だったから良かったけれど、もし良からぬことを考えていたとしたら……。たぶん秒で見抜かれるだろう。
「うん、本当だよ」
目を逸らさずに答えると、栞はほっと息を漏らした。
「信じるからね?」
「ありがと、ごめんね……」
「しょうがないから許してあげる。あのね、涼。自分でも我儘で面倒くさい女だとは思うんだけどね、私のことを考えてくれるなら、私を見て考えてほしいな。他の人なんて見ちゃイヤだよ。涼は私の、だもん……。私のことだけ見ててほしい」
我儘と言うにはあまりにも可愛らしいお願い。でも俺は頭を思い切り殴られたような気分だった。
俺は先刻自分で口にした言葉を思い出した。栞のことだけ見てるよって言ったばかりなのだ。それなのに……。俺はとんだ大馬鹿野郎だ。俺が栞を不安にさせてちゃ仕方ないのに。
「わかった。これからはちゃんと栞だけ見るよ」
本当は抱きしめたかったけど、髪を撫でるだけにとどめて。でも、それだけで栞は気持ちよさそうに目を細めて、幸せそうな顔を浮かべてくれた。
「へへ、ありがと。それじゃ、どんなのがいいか考えてくれただろうし、さっそく私の服選んでもらおっかな?」
「う、うん。頑張るよ」
俺が引っ張られるのは相変わらずだけど、栞のイメージに合う服を置いていそうなショップをちゃんと探しながら歩く。
しばらくうろついて、なんとなく考えていたイメージに近いものがありそうなショップの前で足を止める。
「ここ、ちょっと見てもいい?」
「私は涼に全部お任せだから、どこでもついてくよ」
女性物の服屋なんて入ったこともないので尻込みしそうになるけど、期待に満ちた栞の顔を見るとそうも言っていられない。
「じゃあ……」
内心ビクビクしながらも入店して、ぐるりと見て回ると、一つのマネキンが目に止まった。そのマネキンが着ている服がイメージ通りで、栞に似合いそうだと思ったのだ。
「ねぇ、栞。こんなのはどうかな?」
「じゃあ着てみよっかな。ちゃんと感想聞かせてね?」
栞はそう言うと、俺が選んだ服を持って勇んでフィッティングルームへ入っていった。栞が着替えている間、俺は一人で店内を見て回る勇気もなくて、カーテンの前で終わるのを待つことに。
案の定、ここでも店員さんが寄ってくる。仕事なので仕方ないと思うけど、そっとしておいてくれた方が俺としては助かるというか。
「彼女さんですか?」
「え? えぇ、まぁ……」
「すっごい可愛い子ですね」
社交辞令なのかもしれないけど、大好きな彼女を褒められて悪い気がするわけもない。
「そうですね。俺にはもったいないくらいで……」
見た目だけで言ったら、たぶん釣り合いが取れてないんだろうななんて思うこともあるわけで、ついついそんな返事に。
「あら、そんなことないですよ。私、お似合いだなぁって見てましたもん。それに仲も良さそうだし、うらやましいです」
「そう、ですかね?」
「そうですよ。そんなんじゃ彼女さん心配しちゃいますよ? もっとどーんと構えてないと。って、終わったみたいですね」
店員さんがそう言うと、カーテンが少し開いて、栞が顔だけを覗かせた。その顔はどこか恥ずかしそうだ。
「ね、ねぇ、涼? これ、大丈夫、かな……?」
「大丈夫もなにも、見ないとわからないよ……?」
そんなに不安になるような変な服を選んだつもりはないのだけど。
「そう、だよね……」
栞が意を決してカーテンを全て開けた、と同時に俺は言葉を失った。予想通り、というかそれ以上に似合っていたから。
花の模様の入ったミニスカートは栞の脚を綺麗に見せているし、ノースリーブのブラウスは胸元にタイが結ばれて、栞のキュートさを何割も増していた。
「えっと……、黙られると不安なんだけど……」
「ご、ごめん。見惚れてた……」
「ふぅ〜ん? 涼はこういうのが好きなんだ? 涼のえっち」
「えぇ……?」
そんなに露出は激しくないはずなんだけど……。
「だって……、スカートは短いし、肩とか腕とかすごい出てるし……」
まぁ、普段の栞の服装から考えたらそうかもしれないけど、そこまで言われる程ではないと思う。
「いやでも、すごい似合ってるし、その、可愛い、と思うよ……?」
「うぅ……。そんなに素直に褒められたら恥ずかしいよ……」
栞も俺と同じで褒められ慣れてないらしい。でも俺の時に先に言ったのは栞の方だ。
「栞だって俺に言ったじゃん。でも本当に似合ってるから」
「うー……、涼がそこまで言うならこれにしちゃおうかな……? でも、このままじゃやっぱり恥ずかしいから、上に何か羽織るものほしいかも」
こんなに簡単に決めてしまってもいいのかとは思うけど、俺ももうこれ以外考えられないかもしれない。
「じゃあ、これなんていかがです?」
さっきの店員さんがパステルブルーのカーディガンを持ってきてくれた。栞が受け取って羽織ると、さすがこういうところの店員さんが勧めてくれただけあってか、今着ている服にも合っていた。
「大変お似合いですよ!」
店員さんもべた褒めである。商売なんだから貶すことはないんだろうけど。
「涼はどう思う……?」
「うん、すごくいいと思うよ」
「さっきみたいに可愛いって言ってくれないの?」
「そう何回も言うのは恥ずかしいっていうか……」
栞だって恥ずかしがってたくせによく言うよ、というのが本音だ。それに、さっきは店員さんの存在を忘れるくらい見惚れてたから言えたけど、今は意識してしまってとてもじゃないけど無理だ。
「じゃあ……、二人きりになったらまた言ってね?」
俺の心中を知ってか知らずか、俺にだけ聞こえるようにそう囁かれた。
今日の栞は本当に俺をおかしくさせる。こんなのまたしばらく何も言えなくなってしまうのに。それに服が変わっただけなのに栞の魅力が何倍にもなった気がして、もう隣にいるだけでドキドキしてしまう。
そんな俺をよそに、栞は俺の時同様にそのまま着ていくためにタグを取ってもらって、会計まで済ませてしまった。
「やーん、しおりん可愛いっ!」
「ばっ! 声が大きい!」
どこからかそんな声が聞こえた気がするけど、俺には気にしている余裕はなかった。