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第16話 初めての高原家

 なにかと栞に翻弄されっぱなしだったが、家までは駅から歩いて5分程。すぐに着いてしまう。


 もう少しこのままでもよかったのにな……。


 少し名残惜しくなってしまった。なぜって、うちの前に着くなり栞が俺の手首を離してしまったから。ここでうだうだしてても仕方がないから家には入るのだけど。


「えっと、母さんいるけど……、あんまり気にしないで」


「気にするよ。ちゃんとご挨拶しなきゃ。これからの友達付き合いを反対されたら嫌だし」


「されないとは思うけどなぁ……。まぁ、いいや。栞のしたいようにしてくれたらいいよ」


「んっ」


 栞が握り拳を作って気合を入れるのを苦笑まじりに眺めながら玄関を開ける。


「ただいまー」


 俺のその声で母さんが待ってましたと言わんばかりの勢いですっ飛んできた。実際待ってたんだろうけど。俺が連れてくる相手がどんな人物か興味津々といったところだろう。まぁ、玄関の前で待たれているよりはマシだ。


「おかえり! それで涼の友達っていうのは?」


「急かすなって……。ほら、入って」


「うん……。えっとお邪魔します……」


 先程の気合はどこへやら。栞は借りてきた猫みたいになっていた。


「いらっしゃ──」


「あのっ、はじめまして! 私、黒羽栞っていいます。涼君とは最近仲良くなって……って、あれ……?」


「あー……、母さん固まってるな……」


 栞が勢い込んで自己紹介を始めた辺りで、母さんは口を開けたまま固まっていた。頭の上に『NowLoading……』って表示されてても違和感ないくらいに。試しに顔の前で手を振ってみるけど反応はない。


「ってことは……やり直し?」


「そうかも……、ごめん」


「そんなぁ……」


 母さんが復活するのにはしばらく時間を要した。


 どんだけ衝撃を受けていたのやら……。


 *


「ちょっと涼! 栞ちゃんとってもいい子じゃない! それにこんなに可愛いし。女の子連れてくるなんて聞いてないんだけど?」


 復活した母さんはそれはもうテンションが上がりまくっていた。いい子で可愛いのは認めるけども、少しはしゃぎ過ぎだ。友達としか言わなかった俺にも非はあるだろうけど。


「いや、あの……」


「母さん、栞が困ってるから落ち着い──」


「これが落ち着いてられますか! ねぇねぇ、栞ちゃん? 友達っていうのは本当? 実は彼女だったりしないの?」


「えっと……、お母様?」


「お母様って呼んでくれるってことはやっぱり彼女──いたっ! 何するの、涼!」


 このまま放っておくとどんどん勘違いが加速しそうなので、母さんの頭に平手をお見舞いしておいた。


「それはこっちのセリフだ。友達だって言っておいたろ。それに、ほら、栞が怖がってる」


「あっ……。ごめんなさい、私ったら」


「いえ、怖がっては……。ちょっと勢いに押されてただけですから……」


「とにかく自己紹介がまだだったわね。私は水希みずき、一応涼の母親やってます」


「一応ってなんだよ……」


 母さんが俺の母さんじゃなかったら、俺はいったい誰の子なんだという問題が発生する。世の中にはそういうこともあるのかもしれないけど。我が家に関して言うならば俺と母さんの容姿は割と似ているので当てはまらないと思う。


「えっと、改めまして、黒羽栞です。彼女じゃなくて申し訳ないですが、涼の友達です」


「そっかぁ。やっぱり友達なのねぇ」


「えぇ、まだ……」


「「まだ?」」


「あっ、いやっ……。『えぇ、まぁ……』って言いたかったんです!」


 なんだ、言い間違いか……。

 一瞬期待してしまった自分が恥ずかしい……。


「ふ〜ん? そっかそっか。良かったじゃない、涼。ま、仲良くやりなさい? 私ちょっとお買い物に出てくるから」


「え? いきなりだな」


「(栞ちゃんと二人きりにさせてあげるって言ってるのよ。あ、いきなり手を出したらダメよ? そんなことしたらすぐ嫌われちゃうんだから)」


 母さんは栞に聞こえないよう俺に耳打ちした。


「余計なお世話だ。いいからさっさと行け!」


 俺と母さんのやりとりにに栞は首を傾げていたのだが、その姿がまた可愛くて……。


 なんか今日、ずっと栞のこと可愛いって思ってるな……。見た目で好きになったわけじゃないのに……。あぁ、調子狂うな……。


「涼? お母さんにそんなこと言ったらダメだよ?」


「本当に栞ちゃんはいい子ね! でもいいのよ。こんなのいつものことだから」


「はぁ……」


「それじゃ私は行ってくるから、栞ちゃんもゆっくりしてってね〜?」


「あ、はい」


 慌ただしく母さんは出かけていった。


「なんか嵐のような人だね……」


「いつもはここまでじゃないんだけど……。たぶん栞のこと、かなり気に入ったんじゃないかなぁ」


「そっか。それならよかったぁ」


 安堵するように微笑む栞に、俺はまたドキッとさせられて、それを誤魔化すように口を開く。


「えっと、じゃあ……、宿題でもやる?」


「あ、待って。その前に私、涼の部屋見てみたい」


「え? 俺の部屋?」


「うん。ダメかな?」


「いいけど……、いいの?」


「いいのってなにが?」


「いや、男の部屋にそんなホイホイと……」


「ここにいても二人きりには変わりないでしょ? それとも涼の部屋なら私に何かするの?」


「しないしない! 栞が嫌がるようなことは絶対にしないよ」


 栞には嫌われたくない。栞の笑顔を見るたびにずっとそうしててほしいって思うから。


「ならいいでしょ? 私も涼のことは信用してるし。そのうち私の部屋も見せてあげるからさ。ほら、案内してよ」


「わかったよ」


 まぁ元々そのつもりで部屋の片付けもしたのだから、見せるくらいは構わないか。


 二人で二階にあがり俺の部屋へ。


「ここが涼の部屋かぁ……」


 俺の部屋に物珍しさなんてないと思うんだけど、栞はキョロキョロとまわりを見回してる。


「別に面白いものはないだろ?」


「そんなことないよ。結構本もあるし」


「漫画とラノベばっかりだけどね」


「らのべ? らいとのべるっていうやつ?」


「そうだよ」


「へぇ……、これが……。私読んだことないんだよねぇ。ねぇ、読んでみてもいい?」


「構わないけど……、いや、今読み始めないでよ? まず宿題やるんでしょ?」


 そもそも今日はそのために集まってるんだから。


「そうだった。じゃあ後にする」


「なんなら貸すから持って帰ってもいいけど?」


「んー……。いい、ここで読む。ほら、遊びに行く予定とかないし、それなら一緒にダラダラするのも悪くないでしょ?」


「それもそうか。ならとりあえず今日の分さっさとやっちゃおう」


「そうだね」


 俺の部屋では二人で宿題をやれるようなテーブルがないので、再びリビングに戻ってきた。


 躓いたら相談をしつつ、しばらくは集中して。場所は違えど、やってることはいつもと同じ。それなのにいつもより栞を意識してしまうのは普段と違う格好をしてるから、だと思う。


 しかし、どうして急に髪を切る気になったんだろう?


 まだまだ栞のことはわからないことだらけだ。


 *


 母さんは出かけてから1時間半程で帰ってきた、


「ただいまー」


「おかえり」「おかえりなさい」


「あら、ちゃんと宿題やってるのね。偉いじゃない、って……。ふ〜ん? やっぱり二人とも仲良しなんじゃない」


 母さんは俺達を見て、ニヤニヤし始めた。


「「え?」」


 ただ俺達は宿題やってただけで、そんなことを言われるようなことをしてるつもりはないんだけど。


「だーって、そんな狭いところに二人で並んじゃって。本当に恋人同士みたいじゃない?」


「「……あ」」


 全く意識していなかったけど、俺達はリビングのローテーブルの前で横並びに座っていた。向かい合ってやればいいのに、自然とそうしていたのはきっと図書室での習慣のせいだ。


「ごめん、栞……。俺向う側に……」


「あらあら。私のことは気にしなくていいのよー? それが自然ならそうしてたらいいじゃない」


 栞も顔を真っ赤にして俯いてしまったし、移動しようと立ち上がったところで裾を摘まれた。


「いいよ、涼。このままでいいから。そのほうが相談しやすいし……」


「って栞ちゃんは言ってるけど、どうするの、涼?」


「あぁもう、わかったよ!」


 こんなの素直に座るしかないじゃないか。栞は俺が離れるのを不安そうな顔で見てるし……。


「もう少し頑張ったら休憩にして、一緒にお茶しましょうね。おやつ買ってきたから」


 そう言い残して母さんは引っ込んでしまった。きっと気を利かせて寝室にでも行ったんだろう。


「よかったのか?」


「なにが?」


「母さんきっとまた誤解してるけど」


「別にいいじゃない。私達も仲良くしようねって言ったばかりでしょ?」


「いや、それとこれとは……」


「いいのっ。それに私はこの方が落ち着くんだからっ」


 と言いつつ、俺の方へ数cm距離を詰める栞。なぜか今日の栞は押しが強い気がする。もちろんその後はあまり捗らなかった。


 嬉しいけど、俺の方は全く落ち着かないんだもの。







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