ラトリスを探す。いた。
レモン羊の足元でうまいこと蹄を避けながら立ち回っている。
セツとナツはどこだ。いた。
セツのほうは安全地帯からシャッターを切り、目を輝かせ、ナツは棍棒を振りまわし、海賊をたたいてまわる。ナツは普通に戦えているな。
「クウォンは……」
「うらぁぁあ、死ねやこのじじい‼」
「言うほどじじいじゃねえだろ」
背後から俺を襲ってくる海賊。
剣を避けて足で蹴っ飛ばした。
「へへ、じじい、かかってこいよ、びびってんのか? ぶっ潰してやるよ‼」
「そこ危なそうだぞ」
「あぁぁ? 何言ってやが──」
上方からおおきな蹄が降ってきた。
海賊はぺちゃんこになり静かになった。
「あぁ……お大事に」
俺はいって引き続き、クウォンを探す。
「暗黒の秘宝の魔力、思いしれい‼」
ちょっと離れた場所にウブラーを発見。彼はおおきな羽根つき帽子を手でなぞる。
すると足元の影が隆起し、立体的になり、触腕のように射出された。
魔法だ。あんな学のなさそうな男が使える代物なのか?
「くだらない技だね」
相対するのはクウォン。
彼女はグレートソードで凪ぐように影の触腕を斬りはらった。
「っ、そんなバカみてえな剣を振りまわせるのか……生娘がァ、少しは遊べるなァ‼」
見た感じあっちの戦いは大丈夫そうだな。
と、思ったその時だった。
「めぇええ‼」
レモン羊の体勢が崩れた。
おおきな身体が傾いて、どしゃーんっと音をたてて倒れた。俺のほうには倒れこんでこなかったが……代わりに一人の男がこちらにやってきた。
「うるせぇ獣だ、邪魔くせえ」
男は青龍刀っぽい剣についた血糊をはらう。
鋭い視線が俺のほうを見てくる。
全身古傷まみれだ。片耳もそぎ落とされている。
嫌でも目をひくのは悪趣味なネックレス。人の指に紐をとおした品で、繋がれている指は数える気にならないほどおおい。
こいつからは血の匂いがする。
濃密な血の匂いが。
「あんたらヤレる口だな。いい剣士がそろってるじゃねえか、そそるぜ」
「見る目あるな。アクセサリーのセンスは壊滅的だが」
「無駄口はいい。まずはてめえからだ、じいさん、せいぜい俺を楽しませてくれよ」
嗜虐的な笑みを浮かべ突っこんでくる男。コンパクトに振り下ろされる青龍刀。受け流し、すれ違いざまに腹を薄く斬りつけた。血がピシャッと飛散する。
「っ‼ やるな、じじい‼」
「じじいって年齢じゃないんだけどな」
戦闘狂だ。これはしっかりと戦意を削ぐ必要があるかな。
俺は激しい剣をいなしたのち、やつが剣を握る手へ狙いをつける。一閃。親指が血の尾を引いて宙に弧を描いた。
思ったより反応速度は鈍い。
見た目ほど強くなかったな。
「ぐあぁあああ⁉ 馬鹿な、俺の指がぁあ‼」
「終わりだ。親指がなければもう剣は握れない」
俺は刀についた血糊を斬りはらい落とす。
男のほうは青龍刀を取り落とし、膝をついた。
揺れる瞳孔。脂汗にまみれた苦悶の顔。
かすれた声を紡ぎ出した。
「その太刀筋……てめぇ、ぇ、何者、だ……」
どういう質問だ。何者と聞かれても身分などないが。
クズでカスで悪党とはいえ、剣士としての死を与えた手前だ。何かそれらしい返事はないか、顎をぽりぽり掻き、少し思案した。
「剣聖」
「……けん、せい……まさか、お前が、あの伝説の──」
「っていうのは冗談なんだけど」
ズド───ンッ‼
「めええええええ‼ めえええっ‼」
茶目っ気を訂正しようとした時、親指を失った剣士の上に蹄が落ちてきた。
レモン羊は前脚を懸命に動かして、何度も踏みつけて念入りにトドメを刺すと、ついぞ力尽きたように再び横になった。
苦しそうに「めぇぇぇ、ぇぇ……」と細い鳴き声をあげている。
「因果応報、か。レモン羊の怒りを買うようなことするからだぞ」
俺は刀についた血糊をはらって綺麗にしたあと鞘におさめた。
倒れたレモン羊の顔のあたりにいく。苦しそうにするレモン羊。じーっと動かないでいる。先ほどの攻撃にすべてを注いだらしい。
おおきな瞳からは涙がこぼれている。
痛いのだろう。
「可哀想に。大丈夫だぞぉ、よしよし、ほら俺が一緒にいてやる」
「めぇぇええ……」
「大丈夫大丈夫、お前はこんなにおおきいんだ、ちょっと斬られたくらいで死にやしない」
「めぇぇぇ、めぇぇ、ぇぇ……」
おおきな鼻頭を、子供を寝かしつけるようにトントンして落ち着かせる。
だんだんと争いの音もちいさくなってきた。戦いが終わりかけている証だ。
肌をピリッと焼くよくな感覚を覚えたのはその時だった。
産毛が逆立つような、ある種の力が解き放たれ、空気が引き締まったような、そういう言語化できない場の変化。
何か起こった。あるいは何かが起こる。
そう思って「すぐ戻るよ」と、レモン羊につげ腰をあげた。その直後だった。身体が地面から浮くほどの衝撃が突きあげてきた。