「この道が一番安全で近い」
「秘密の宝への道、ってこと?」
落ち着いた振りをしつつも、頬を高揚させ、ワクワクした顔をするラトリス。
「すごーい‼ 秘密の通路だ‼」
目を輝かせ、その場で足踏みし始めるクウォン。
「うわぁーん‼ 隠し通路なのですっ⁉」
「お姉ちゃん、すごい、ね」
驚愕に目を輝かせる双子。
俺自身つい前のめりになって隠し通路を覗き込んでいた。
機械仕掛けとは驚いた。
見ず知らずの冒険者相手にこんな協力的だと、逆に怪しく思えてくる。
これは俺の心が汚いせいだろうか。いや、警戒心の範疇なはずだ。
「なにか企んでます?」
「そう見えるかのう?」
「ええ、いい人すぎて。俺たちに都合がよすぎるって意味です」
「物事に迂闊に飛びこまない慎重さをもっておる」
「臆病なだけですよ。何が目的で?」
老人は顎をしごいた。沈思黙考。
そののち、ずっとポケットにしまわれていた右手をだした。
よく見えるようにこちらに見せてくる。
視線を奪われる。その手には指が足りていなかった。残っているのは、小指と薬指のみ。残りの傷口は血で汚れた包帯で覆われている。まだ新しい傷だ。
「亡くなった妻にも頑固者だと言われていたが、我ながら頑固だと思うよ」
「いまのあなたはさほど頑固者には見えませんが」
「痛みは人を変えるものじゃ」
「何があったんですか」
「数日前に海賊がきた。港で暴れてるという話の海賊じゃよ。名くらい知っておろう」
指名手配書に映っていた凶悪な人相が思い起こされた。確か名前は──、
「ユーゴラス・ウブラー?」
「そんな名前じゃったな。やつらにレモン羊のことを聞かれた。無礼なやつらだった。だから、情報提供をしぶったら……このザマじゃ。この歳で恐いものが増えるなんて思わなんだ」
自虐的にそう言って、やるせなそうに首を横にふった。
「おぬしらも海賊だろ」
俺は思案したのちに「そうですね」と一言答えた。
老人は暖炉のほうを見つめながら、首を縦にふる。自分でなにかを納得するような所作。灰色の眼光が俺をとらえる。
「おぬしらには恐怖から教えたわけじゃない。海賊同士、潰し合えばいいと思った。レモン羊はただの一匹しか残ってないからな。奪い合えば多少はわしも愉快になれるじゃろう」
「先生、このじじい性格悪いですよ」
「信用していいのかわからなくなってきたのです」
ラトリスとセツは隠す気ない声量でそう言った。
「でも、人間らしい。信用できる。優しさの理由がわかってすっきりだ」
笑顔で俺は老人を見やる。
老人は意外そうにし、わずかに口角をつりあげた。
「やはり不思議じゃな。海賊なのにお前らからは嫌な感じがしない」
「当然でしょう、俺たちは善良なんです、ご老人」
「よかろう、では、善良な海賊によいことを教えてやる。極悪どもはスマルト谷へ険しい道を使って向かった。数日前の出来事じゃが、まだ谷には至っていないだろう。この家の暖炉からなら、やつらを先回りできるかもしれない」
「彼らには暖炉を教えなかったんですか」
「わしの最後の頑固だ。馬鹿どもにはもっとも困難な道を教えてやったのさ」
「その馬鹿どもに俺たちも含まれてないといいですけど」
「極悪どもにレモン羊が渡るなら、おぬしらに渡ったほうがいい。これじゃあ信用できないか」
「俺たちいい人間に見えますか」
「わしの豊富な人生経験からいわせれば、信用に値する」
老人はそう言って、自身のこめかみを自信ありげにトントンと指で叩いた。
「いやはや、情報提供助かります。それじゃあ、えっとお礼のシルバーを……」
俺はポケットをまさぐった。
その末に1枚のシルバーを取りだした。
10シルバー硬貨。見つかったのはこれのみ。
しまった。『黄金の羊毛亭』の女に謝礼として気前よく払いすぎた。
後ろを焦燥感から隣に座るラトリスを見やる。
彼女は焦った様子で財布をひっくりかえした。出てきたのは同じく10シルバー硬貨のみ。チャリン。虚しい音が響いた。
「すみません、冒険者ギルドで情報提供者に謝礼をはらってしまって」
「いいんだ。筋を通すは大事だ」
俺も同じ理由で金欠ゆえに責めることなどできようものか。
今度は勢いよくセツとナツも見やるが、子狐たちは首を横にふるばかり。
「もう何カ月もお小遣いを船長にもらってないのです」
「お姉ちゃんと私は無休で労働させられてるん、だよ」
「何を人聞き悪いこと言ってるのよ、ちゃんとご飯食べてさせてあげてるでしょうが」
ふむ、リバースカースの乗組員は現物支給が基本なのかな。
とにかくお金はなさそうだ。
クウォンを見つめる。
彼女はポケットを裏返した。何も出てこない。
「あっ、でもでも、治癒霊薬ならあるよ~?」
クウォンはポーチをまさぐり、緑色の液体が入った瓶を取りだした。
「価値のある霊薬だよ」
「それで指が生えてくるのか?」
「いや、それは無理だと思う。傷口くらいならすぐ塞げるかな? 冒険者御用達の品だよぉ?」
弱気に言葉を繋ぐクウォン。「痛みも和らぐよぉ?」と補足する。
老人は不機嫌な顔で「わしが冒険者に見えるか?」と手をヒラヒラと振った。
仕方ないのでかき集めた20シルバーを震える手で机においた。
「すみません、経済状況が芳しくなくて」
「呆れて物も言えん。黄金の羊毛を求めてる暇があったら真面目に働かんか」
耳が痛い。痛すぎて何も聞こえない。
「まぁいい、別におぬしらが払わないとこで、わしに何かできるわけでもない」
「ほかの形で支払いますよ」
「ほかじゃと?」
老人の怪訝な眼差し。俺は彼の悲惨なほうの手をチラッと見やった。
価値とは需要だ。俺の老人の需要をひとつ知っている。それを満たせばいい。
──しばらく後
暗闇のなかジュッと音がなって赤々とした炎が湧きだした。
ラトリスの手先から放たれる温かい輝きで、俺たちはそれぞれの松明に火をともした。
暖炉裏から続く隠し道は細く、長く、暗く、湿っていた。
幅が徐々に広くなっていく。
足元を照らしながら注意して一歩ずつ進む。
ほどなくして薄暗い岩肌だらけの地形に到達した。
上を見上げると、視界の両脇が断崖絶壁で挟まれている。
その向こうに青空と白い雲がみえた。