「すごい! それじゃあ船とか持ってるの⁉」
「もちろんよ、さっき魔法の船で先生を助けたって言ったでしょ。魔法の船はわたしの所有する船なのよ。優秀な船員もそろってるわ。わたしと先生はもうどこへでも旅にでることができるのよ」
ラトリスは自慢げに左右の子狐の頭に手を乗せた。
「すごぉぉ‼ ラトリスは一流の海賊なんだ‼ 昔から無法者だったしぴったりだね‼」
「天性の才能があったということね、ふふん」
この狐、無法さを認められて満悦の様子だ。
「この島にはブツを回収しにきたのよ」
「ブツー?」
首をかしげるクウォン。
「この島の特産は知ってるかしら」
「レモンと羊だったっけ?」
「あら、クウォンにしては物知りじゃない」
「えへへ、レモンと羊毛の貿易で有名になって発展したってお婆さんが聞かせてくれたんだ」
「なるほど。生き証人からの情報だったのね」
海に浮かぶ島々には、それぞれ違った色がある。
その島でとれる特産品もちがう。
孤立した島々は、訪れる船たちが積んでいる積荷と特産品を交換し、外の世界と繋がりをもつ。こうした交易が盛んになり、やがてシルバーを使った貨幣経済が成立し、海に点在する島々はある意味でひとつになれた。
海賊の生業の大半はこうした島々がそれぞれ保有している資源を他所にもっていって値段をつけることだ。いまは海賊ギルドが業務の多くを肩代わりしてくれている。
「じゃあ、ラトリスと先生はレモンと羊毛を船に積むために? それって売れるんだ」
「半分正解だけど、半分は不正解ね」
「特産品をとりにきたんじゃないの?」
「レモンと羊毛。これは特産としては、ちょっと扱いにくいの。レモンは価値があるけど長い距離を運ぶことはできない。羊毛は海では価値があるけど、大陸では価値がない。羊の放牧は大陸のほうが盛んだからね。品種や毛質の違いとかで、大陸でも多少の需要はあるみたいだけど」
「じゃあ、レモール島の特産ってゴミってこと?」
クウォンはあっけらかんと言う。
「こら、馬鹿狼、誰かの故郷をそんな風にいうべきじゃないわ」
ラトリスはムッとして口の悪い狼を咎める。
この道徳心、本当にアウトローなのか。
「この島にはお宝が眠っているのよ、手に入れればお金持ちになれるお宝が」
狐は周囲を気にし、優美で野心的な笑みを浮かべた。
「そうなの⁉」
クウォンは勢いよく立ち上がった。
中身がこぼれるほど強く木杯を机に叩きつけて。
酒場の視線が集まる。
「声がおおきいって‼」
ラトリスはこぼしたコップへ手を伸ばすような勢いで、クウォンの肩を上から押さえつけて、叩きつけるように着席させた。
クウォンは興奮した様子でラトリスにたずねる。
「お宝ってどんな? 金銀財宝? 魔法のアイテム? 伝説の海賊が隠した遺産とか?」
知りたがるクウォンを十分に待たせてから、ラトリスは口を開いた。
「この島にだけ生息する魔法生物、レモン羊よ」
「レモン、羊?」
「レモン羊から採取できるレモン羊毛、通称『黄金の羊毛』はレモン香るキラキラ輝く羊毛なの。超貴重なうえに品質も最高でレモン羊に並ぶ羊毛は存在しないとされているわ」
「超貴重な羊毛と普通の羊毛をだれかが比べたのかな?」
「細かいことは気にしなくていいのよ、そういうことになってるの」
素直な疑問をいだくクウォンを突き放し、ラトリスはこちらへ向き直る。
「先生、調査でレモン羊の居場所を知っていそうな人物の居場所をつきとめました」
「レモン羊の場所じゃないのか。まだ黄金の羊毛まで手順があるとみえる」
「お宝はすぐには見つからないものですよ」
「それもそうか。すぐに見つかるなら誰かが手に入れているよな」
「そういうことです。クウォン、あんたもついて来るでしょ?」
「もちろんだよ! ちなみに海賊パーティってまだ席空いてる?」
「いくつかのルールを守るならパーティに入れてあげてもいいわ」
「そんな意地悪言わないでいれてあげればいいじゃないか」
「先生、クウォンはトラブルメーカーです。危険因子は慎重に扱わないといけません」
「ちっちゃい頃から無法者のラトリスに言われたくないやい!」
ふたりは牙を剥いてにらみあう。
ラトリスは咳払いをして居住まいを正し、指をたてた。改まった調子で口を開く。
「ルールひとつ目、先生にマーキングできるのは弟子のなかでも最も優秀な者のみ」
「え? それって一番強いあたしってこと⁉ ラトリス、ありがと!」
「ちょ、馬鹿なこと言わないでくれる? 最も優秀な弟子ってのは、先生に一番弟子と認められているわたしのことで、わたしの功績は先生を助けだしたっていう最強の功績で──」
「オウル先生、ラトリスが意地悪してくる‼ 仲間外れにしようとしてるよ‼」
「こら、いま先生は関係ないわ、わたしとあんたの話でしょ」
やいやいと言い合うふたりを見ているとブラックカース島での日々を思いだす。
己の信念を疑わない真面目な無法者ラトリスと、正義感の強いクウォン。
俺の弟子はたくさんいたが、このふたりは典型的な無秩序タイプと秩序タイプだ。ラトリスたち無秩序タイプの子が問題を起こして、俺の手をわずらわせないと張り切った秩序タイプの子たちがそれを鎮圧しにいく。そういうやり取りがアイボリー道場では日常的に起こっていた。
俺はふたりの喧嘩をまえに穏やかな気分になりながら、温かいレモネードをすする。
「おじちゃん、止めなくていいの?」
「これが世界最強の剣士。余裕を感じる」
セツとナツは横でぶつかる年上たちを気にしているようだ。
「俺たちは美味しい料理を楽しもう。付き合う必要はない」
俺が介入すると延焼するのだ。
俺が助けた側が優位になりすぎるので大抵は両成敗ということで手を打つ。
喧嘩を止めることは自体は簡単だ。
俺が声をだせばみんないうことを聞いてくれた。
問題は喧嘩のあとだ。「先生はこう言ってた!」「いいや、先生はそういう意味でいったんじゃないよ!」と、俺の思想の解釈バトルがはじまる。
まるで神話や聖書の解釈でもめる学者みたいな、どこか哲学的な話をしては再び喧嘩がはじまる。みんな俺の言葉を信じすぎなのだ。俺が述べたことが正義だと思っていた。
たどり着いたやり方は、俺が介入しないこと。放置が一番だ。
子どもは勝手に成長する。そうして人もあるべきように変化していく。
「ルール3つ目、先生に撫で撫でしてもらえるのは一番弟子だけ!」
「そんなインチキルール飲めるかぁ‼ いい加減にしないと噛みつくよ‼ がううう‼」
その後、しばらく戦いは続いた。
翌日、朝から俺たちは島の反対側を目指して港を出発した。
足を踏み入れたのは港と人がいる北側から、森を越えて南側だ。
こちら側に来ると途端に自然たちは勢力を増した気がした。島といえども見る方向が違えば、多様な顔をみせてくれる。
丘陵地帯と森林地帯の境目、その集落はポツンとあった。