色褪せない記憶がある。
星を見た記憶。
広い広い空の下で、どこまでも広がる様な星を見た。
そんな記憶。
夢を見ていた。
星を見る夢。
何度見たか分からない程に見てきた夢だ。
あの夜の記憶を忘れるな、と言わんばかりに私はその夢を何度でも見る。
壮大な星空。
本当は長い時間をかけるものなのだろうけど、その夢ではゆっくりとではあるが、星が線を描いて移動している様に見えている。
やがてそれは大きな円を描き、空いっぱいの何重にも重なった円ができあがる。
その中心に手を伸ばそうとして、私は目が覚める……はずだった。
今日の夢は、いつもより長いようでそこで目が覚めることは無かった。
手を伸ばした私の身体が、宙に浮いていくように感じる。
地面から足が離れ、その円の中心へと近づいていく。
なんて綺麗なんだろう。
私はいつしか星の中心でぷかぷかと浮かんでいた。
周りを見渡すと、きらきらと光る星に囲まれている。
身体を見ると、どうやら自分も星のように光っている。
その時星のひとつが急に私に話しかけてきた。
「あなたも、光るのね」
私はどうして光っているのかも、浮いているのかもわからなかった。
「ね、ここは、どこなの?」
「ここはね、海よ」
星は答える。
「空、じゃないの?」
「私たちは、ただ漂っているの。ここには波もないし、風も吹かないけどね」
「それが空ではいけないの?」
「空なんて、言っているのはあなたたちだけよ。だってここには、上もなければ下もないんだから」
「それが海っていうものなのね」
海なんて言葉、初めて聞いたけれど。
「ところであなたはどうしてここに?」
「それはあなたも同じこと。ね、夢を見ていたんでしょ?」
「やっぱりここは、夢なのね?」
「夢ではないわ。でも現実ともいえないかしら。あなたはきっと、またここにくるわ。目が覚めてもね」
「よくわからないわ」
「ええ、私もわからなかった。でも今はよくわかるわ。清々しい程にね」
この星の言うことには、なにか引っかかることがある。
それでも私には理解できなかったので、諦めることにした。
「私、またここに来られるの?」
「そうよ。それは明日かもしれないし、随分長い間来られないかもしれない。それでもあなたは、必ず来るわ」
「そう。ありがとう。こんなにきれいな所なら、きっとまた来たいわ」
「そうね。皆ここに憧れる。そして……」
星は少し悲しそうに言葉を途切らせた。
「どうしたの?」
「いいえ、なんでもないわ。ただひとつ言えることは、今の私たちは、言うまでもなく、星なのよ。そこには見守ることしか残されていない。あなたはどうかしら?今のあなた、その身体が光るだけならそれはいいわね。でも私を見てごらんなさいよ。ここから動くことはできないわ」
ぼんやりと光っていた星は一瞬大きく光を強めたように感じた。
「そう。私たちはここにいるだけ。あなたが憧れても憧れなくても、あなたはやがてここにくるわ。……なんて、脅かすように言ってごめんなさいね。案外ここも、悪い所じゃないのよ」
私は少しこの星がかわいそうに思えてしまった。
でもこの星の言う通りなら、私はきっと、いつか星になってしまうのだろう。
「ねえ、星になってしまうのでしょう?私は。もしそうならない方法があるのだとしたら、それは一体どうすればいいの?」
「あなたは、受け入れたくないのね」
「いえ、そうではないの。ただ、あなたはなんだか悲しそうだから」
「いいのよ。ここにいて退屈なのは否定できないもの。でもあなたみたいに星になっていないのにここに来るのはあんまりあることじゃないわね」
「確かに私は、どうしてここに?」
「あんまり綺麗だから、話しかけてしまったけれど、私にもあなたがどういう存在かよくわからないわ」
「……もしかすると、そこに答えがあるかもしれないわね」
「そうね。でもそうでなかったとしても私たちはもう友達よ。安心してここに来なさいな」
星の光は、なんだか微笑むように柔らかく揺らいだ。