黒い羽根を広げた青年が宙に浮かび、わたしたちを見下ろしている。
髪と目だけでなく、服も全身黒。長着の中にスタンドカラーのシャツを仕込み、袴も穿いているけれど、汗ひとつかいていない。
身体つきは細いというより
その右手には、昨日配ったチラシが握られている。
「僕は
「わあ、ぜひ! と言うか……」
玉砂利に降り立った飛鳥くんの羽根を、まじまじ見る。
一時間くらい前、出雲の役方の遣いが参加要項などの書類を届けにきた。受け取ったとき、階段の途中に飛鳥くんのものだろう黒い羽根が落ちていたような。
「ずっと待ってたの? 降りてきてくれてよかったのに」
「面子ひと通り見たかったんで」
飛鳥くんが乾いた声で言う。
つまり、チラシ配りのときはいなかった透翠さんと丸々さんが現れるまで、様子見してたってことかな。かつ、受付終了にならないよう近くに待機しておく抜け目なさは、もしかして。
「飛鳥くんは、烏のあやかし?」
「うん。だめなら帰りますけど」
「いやいや、帰らないで。大歓迎だよ」
「……。そ」
待望の鳥類の神使だ。他にも名乗りを上げてくれるとは限らない。ぎゅっと黒い長着の袖を握ると、飛鳥くんは羽根を畳んでくれた。
全部で七人の神使が集まった。
ということは、と透翠さんにすすっと身を寄せる。
「あの、せっかくなんですが……丸々さん、補欠でも構いませんか」
「ふむ。真高はまだ首を縦に振っていないんだろう?」
わたしが小声で告げると、透翠さんも耳打ちしてきた。髪からいい匂いがする。
「彼の性格的にね、『きみが欲しい』よりも『きみは要らない』と言ったほうが手に入る。これは鉄板だ。丸々でなく真高が補欠、という体で進めよう」
そっと真高を確認すれば、確かに耳をピンと立ててこちらの様子を探っていた。……なるほど。
「翠兄さんよぉ、これでほんとに酒のツケチャラにしてくれんだよなァ!?」
一方、丸々さんはひそひそ話するわたしたちに気を揉んだのか、透翠さんに取り縋る。
「ああ、
透翠さんがにっこりと笑った。
もし真高が駅伝を走ってくれたら、丸々さんとの約束はなかったことになるわけで――狼のあやかしをふたりまとめて手玉に取っている。蛇のあやかしって、みんなこんなふうに魔性なのかな。
わたしは借金がチャラにならないだろう丸々さんに、心の中で謝った。
とにもかくにも、今日加わったふたりを真高のもとへ連れていく。伝説のランナーと対面すれば、練習のモチベーションが上がるだろう。
「こちら、秩父の真高だよ」
相変わらず座敷でガラスペンを握る真高が、顔を上げる。
「幽雅の……いや何でもねえ」
「……っす」
「え、二人ともテンション低くない?」
「僕、ファンとかじゃないんで。主さまに『ひとつくらい神使らしいことしなさい』って言われただけなんで」
「ワシはツケで首が回らなくて仕方なく……」
「ほう。たいした茶番だな」
真高に追い討ちをかけられ、がくりと肩を落とす。
はっきり言って、先行きはかなり不安だ。でも、あやかし出雲駅伝の条件に沿うメンバーが揃ったことには違いない。あとはわたしの腕の見せどころ。
彼らを、怪我なくゴールまで送り届けよう。もちろん真高も。
◇
月羽ちゃん、猛生くん、和楽くんも追って合流した。
「それでは『あやかし駅伝競走部』のみなさん」
「……変な名前でまとめるな」
「監督の桐谷明香里です。実質的にはトレーナーとして、本番までの練習をサポートします。早速、メディカルチェックをさせてもらいます」
わたしの言葉に、前庭に並んだ六人がきょとんと首を傾げる。ちなみに真高はまた一人縁側で腕を組んでいた。
メディカルチェック。練習時間を削ってでも、そもそも怪我をしていないか、怪我をしやすい癖はないかチェックするのは大事――なのだけど。
「ねえ、みんなそれで走るの?」
わたしは六人の足もとを指さした。
透翠さん、もとい丸々さんが揃いのトレーニングウェア――白Tシャツ、レギンス、藍色の無地ゼッケン(腹掛けというらしい)、そして草鞋を持ってきてくれて、それぞれ着替えを済ませている。
「飛脚も履いたものだぞ、不服か?」
「今のランニングシューズは進化してるんだよ。そう言えばこっちの商店街では旧モデルしか見かけなかったね」
履いている蛍光カラーのシューズが真高にも見えるよう、わたしは片足を持ち上げた。
みんなは草鞋のほうが慣れているかもしれない。でも、足を地面についたときの衝撃をほとんど吸収してくれない。長距離走では怪我のリスクも疲れ具合も変わってくる。
ものは試しと、わたしのシューズを、サイズが近い和楽くんに履いてみてもらう。
「え、何これスッゲー! 草鞋よりぜんっぜんいい!」
和楽くんは靴紐を結ぶなり目を輝かせ、ぐるぐる前庭を周回した。走り方もスムーズだ。
「でしょ。けど、他のチームが草鞋なら、反則かなあ」
「某の調べによれば、四つ足で駆けたり、鳥類区間以外で羽根を使ったりしなければよし」
「私たちが昔ながらのものを使っているのは、人間との交流が減ったからなんだ。変わらないでいることは穏やかでいいけれど、新しいものを取り入れるのもまた卍」
「着ながしにブーツのあやかしもいますよ」
ルールを気にするわたしを、猛生くんたちが次々フォローしてくれる。
動機はそれぞれ違えど、今までと違う十月にしようとしているのはみんな同じだ。
「じゃあ、人数分のシューズ調達してきますね」
そうと決まればと、普段の走行量などの確認、アナログでできる筋力や柔軟性のテストに加えて、足のサイズも計測する。
「猛生くん、三十五センチか。ところーど商店街には在庫ないな。ネットショップを探すけど、時間かかるかも。不便でごめんね」
「俺たちが仕事中以外も人型を取っているのは、何かと便利だからだ」
真高がすかさず口を開く。そう言えば、さっきみんながフォローしてくれたとき、「俺が言おうとしてたのに」とばかりに尻尾を揺らしていた。
確かに、人間が住むような家に住み、人間が使うのと同じ道具を使うなら、人型でいるメリットが上回る。つまり、シューズの調達が遅れるくらいは不便じゃない、ってことかな。
さっきの透翠さんの一言で、真高の考えがだいぶ把握できるようになった。
「何笑ってる」
「んー? 別に。大正だったり江戸だったり、平安だったり令和だったり、ばらばらなのがおもしろいなって。次、真高。足出して」
うまくごまかしつつ、自然な流れで促す。
「要らん」
残念。真高のシューズも用意すれば走らざるを得なくなると思ったのだけれど、失敗だ。
「有料すよね? 僕も自分のあるんでいいです。お揃いってのもちょっと」
「ええっ? ていうか、飛鳥くん洋服持ってたんだ」
さり気なく真高に同調した飛鳥くんは、順番待ちの間に、持参した服に着替えていた。飛脚スタイルではなく、わたしのと同じ機能性ウェアだ。
「僕は都会に住んでるんで」
「……」
川越も東京の人からすれば「都会」ではないだろうけれど、黙っておく。
みんなの協力もあって、スムーズにチェックを終えた。
「今週はシューズに慣れるのと、個人の走力向上。来週は各区間の対策も取り入れます。本番前一週間は調整とチーム力を高めて、万全で臨みましょう! 次も秩父に集合ね」
「だからなぜ」
「真高殿は、人型の身体の使い方の師匠だからであろう」
「くっ……」
猛生くんが純粋な尊敬を口にして、真高を黙らせてくれる。といっても、わたしのためというより、本当に真高の練習参加を望む目だった。