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⑤あやかし駅伝部始動!

 黒い羽根を広げた青年が宙に浮かび、わたしたちを見下ろしている。


 髪と目だけでなく、服も全身黒。長着の中にスタンドカラーのシャツを仕込み、袴も穿いているけれど、汗ひとつかいていない。

 身体つきは細いというより薄く・・、現代のお洒落男子がファッションで和装しているみたいだった。洋服なら、大学の構内を歩いていてもまったく違和感なさそうだ。


 その右手には、昨日配ったチラシが握られている。


「僕は飛鳥あすか。川越の熊野神社の神使」

「わあ、ぜひ! と言うか……」


 玉砂利に降り立った飛鳥くんの羽根を、まじまじ見る。

 一時間くらい前、出雲の役方の遣いが参加要項などの書類を届けにきた。受け取ったとき、階段の途中に飛鳥くんのものだろう黒い羽根が落ちていたような。


「ずっと待ってたの? 降りてきてくれてよかったのに」

「面子ひと通り見たかったんで」


 飛鳥くんが乾いた声で言う。

 つまり、チラシ配りのときはいなかった透翠さんと丸々さんが現れるまで、様子見してたってことかな。かつ、受付終了にならないよう近くに待機しておく抜け目なさは、もしかして。


「飛鳥くんは、烏のあやかし?」

「うん。だめなら帰りますけど」

「いやいや、帰らないで。大歓迎だよ」

「……。そ」


 待望の鳥類の神使だ。他にも名乗りを上げてくれるとは限らない。ぎゅっと黒い長着の袖を握ると、飛鳥くんは羽根を畳んでくれた。


 全部で七人の神使が集まった。

 ということは、と透翠さんにすすっと身を寄せる。


「あの、せっかくなんですが……丸々さん、補欠でも構いませんか」

「ふむ。真高はまだ首を縦に振っていないんだろう?」


 わたしが小声で告げると、透翠さんも耳打ちしてきた。髪からいい匂いがする。


「彼の性格的にね、『きみが欲しい』よりも『きみは要らない』と言ったほうが手に入る。これは鉄板だ。丸々でなく真高が補欠、という体で進めよう」


 そっと真高を確認すれば、確かに耳をピンと立ててこちらの様子を探っていた。……なるほど。


「翠兄さんよぉ、これでほんとに酒のツケチャラにしてくれんだよなァ!?」


 一方、丸々さんはひそひそ話するわたしたちに気を揉んだのか、透翠さんに取り縋る。


「ああ、駅伝を走ったら・・・・・・・ね」


 透翠さんがにっこりと笑った。

 もし真高が駅伝を走ってくれたら、丸々さんとの約束はなかったことになるわけで――狼のあやかしをふたりまとめて手玉に取っている。蛇のあやかしって、みんなこんなふうに魔性なのかな。

 わたしは借金がチャラにならないだろう丸々さんに、心の中で謝った。


 とにもかくにも、今日加わったふたりを真高のもとへ連れていく。伝説のランナーと対面すれば、練習のモチベーションが上がるだろう。


「こちら、秩父の真高だよ」


 相変わらず座敷でガラスペンを握る真高が、顔を上げる。


「幽雅の……いや何でもねえ」

「……っす」

「え、二人ともテンション低くない?」

「僕、ファンとかじゃないんで。主さまに『ひとつくらい神使らしいことしなさい』って言われただけなんで」

「ワシはツケで首が回らなくて仕方なく……」

「ほう。たいした茶番だな」


 真高に追い討ちをかけられ、がくりと肩を落とす。

 はっきり言って、先行きはかなり不安だ。でも、あやかし出雲駅伝の条件に沿うメンバーが揃ったことには違いない。あとはわたしの腕の見せどころ。

 彼らを、怪我なくゴールまで送り届けよう。もちろん真高も。



 月羽ちゃん、猛生くん、和楽くんも追って合流した。


「それでは『あやかし駅伝競走部』のみなさん」

「……変な名前でまとめるな」

「監督の桐谷明香里です。実質的にはトレーナーとして、本番までの練習をサポートします。早速、メディカルチェックをさせてもらいます」


 わたしの言葉に、前庭に並んだ六人がきょとんと首を傾げる。ちなみに真高はまた一人縁側で腕を組んでいた。


 メディカルチェック。練習時間を削ってでも、そもそも怪我をしていないか、怪我をしやすい癖はないかチェックするのは大事――なのだけど。


「ねえ、みんなそれで走るの?」


 わたしは六人の足もとを指さした。

 透翠さん、もとい丸々さんが揃いのトレーニングウェア――白Tシャツ、レギンス、藍色の無地ゼッケン(腹掛けというらしい)、そして草鞋を持ってきてくれて、それぞれ着替えを済ませている。


「飛脚も履いたものだぞ、不服か?」

「今のランニングシューズは進化してるんだよ。そう言えばこっちの商店街では旧モデルしか見かけなかったね」


 履いている蛍光カラーのシューズが真高にも見えるよう、わたしは片足を持ち上げた。

 みんなは草鞋のほうが慣れているかもしれない。でも、足を地面についたときの衝撃をほとんど吸収してくれない。長距離走では怪我のリスクも疲れ具合も変わってくる。

 ものは試しと、わたしのシューズを、サイズが近い和楽くんに履いてみてもらう。


「え、何これスッゲー! 草鞋よりぜんっぜんいい!」


 和楽くんは靴紐を結ぶなり目を輝かせ、ぐるぐる前庭を周回した。走り方もスムーズだ。


「でしょ。けど、他のチームが草鞋なら、反則かなあ」

「某の調べによれば、四つ足で駆けたり、鳥類区間以外で羽根を使ったりしなければよし」

「私たちが昔ながらのものを使っているのは、人間との交流が減ったからなんだ。変わらないでいることは穏やかでいいけれど、新しいものを取り入れるのもまた卍」

「着ながしにブーツのあやかしもいますよ」


 ルールを気にするわたしを、猛生くんたちが次々フォローしてくれる。

 動機はそれぞれ違えど、今までと違う十月にしようとしているのはみんな同じだ。


「じゃあ、人数分のシューズ調達してきますね」


 そうと決まればと、普段の走行量などの確認、アナログでできる筋力や柔軟性のテストに加えて、足のサイズも計測する。


「猛生くん、三十五センチか。ところーど商店街には在庫ないな。ネットショップを探すけど、時間かかるかも。不便でごめんね」

「俺たちが仕事中以外も人型を取っているのは、何かと便利だからだ」


 真高がすかさず口を開く。そう言えば、さっきみんながフォローしてくれたとき、「俺が言おうとしてたのに」とばかりに尻尾を揺らしていた。

 確かに、人間が住むような家に住み、人間が使うのと同じ道具を使うなら、人型でいるメリットが上回る。つまり、シューズの調達が遅れるくらいは不便じゃない、ってことかな。

 さっきの透翠さんの一言で、真高の考えがだいぶ把握できるようになった。


「何笑ってる」

「んー? 別に。大正だったり江戸だったり、平安だったり令和だったり、ばらばらなのがおもしろいなって。次、真高。足出して」


 うまくごまかしつつ、自然な流れで促す。


「要らん」


 残念。真高のシューズも用意すれば走らざるを得なくなると思ったのだけれど、失敗だ。


「有料すよね? 僕も自分のあるんでいいです。お揃いってのもちょっと」

「ええっ? ていうか、飛鳥くん洋服持ってたんだ」


 さり気なく真高に同調した飛鳥くんは、順番待ちの間に、持参した服に着替えていた。飛脚スタイルではなく、わたしのと同じ機能性ウェアだ。


「僕は都会に住んでるんで」

「……」


 川越も東京の人からすれば「都会」ではないだろうけれど、黙っておく。

 みんなの協力もあって、スムーズにチェックを終えた。


「今週はシューズに慣れるのと、個人の走力向上。来週は各区間の対策も取り入れます。本番前一週間は調整とチーム力を高めて、万全で臨みましょう! 次も秩父に集合ね」

「だからなぜ」

「真高殿は、人型の身体の使い方の師匠だからであろう」

「くっ……」


 猛生くんが純粋な尊敬を口にして、真高を黙らせてくれる。といっても、わたしのためというより、本当に真高の練習参加を望む目だった。




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