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③あやかし駅伝のルール

「なんか、ごめん……」

「まったくだ。ちなみに、今日の人界の天気予報は」

「晴れだけど?」

「ふん、ならいい」


 真高は透翠さんには逆らえないらしい。ものすごく不服そうな上、また謎の問いを投げかけてきたけれど、帰ってしまいはしない。


「あの、真おにいちゃん」


 月羽ちゃんがおずおず口を開く。


「あとふたり、こころ当たりはありませんか?」

「そうそう、昔は駅伝に出てたんでしょ」


 真高は、便乗したわたしだけじろりとに睨んだ。


「……ふん。あの頃の面子は、透翠以外ほとんど引退した」

「もう、やっぱり広く募集かけるしかないじゃない。チラシ、どこが不備だっていうの」

「なんの、もう一杯!」

「きゃあぁっ」


 やり合うさなか、前触れなく猛生くんが起き上がって、小さな悲鳴が出た。

 顔色はいいみたいだ。おそるおそる声を掛けてみる。


「お、は、よう」

「もう夕方だがな」

「なんと! この人型の身体、見た目より酒が入らないとわかった。おお、月羽殿に明香里殿まで。どうなされた?」


 月羽ちゃんと顔を見合わせる。

 わたしはレトロなガリ版印刷機の使い方を知らない。月羽ちゃんにセッティングを頼み、わたしは猛生くんにこれまでの経緯を説明した。


「なるほど。あと二体ふたりとのこと、あいわかった」

「それで、どこが不備なんですか」


 インクのにおいが漂う中、仕切り直す。自作のチラシを真高に向かってひらめかせた。


「まず出雲駅伝の日程も書いてない」


 一人離れて縁側の柱に寄り掛かる真高が、しぶしぶといったふうに口を開く。


「いつスタートなの?」

「新暦神在月十日、の刻である!」


 猛生くんが引き継いだ。人間の出雲駅伝の四日前。平日なんだ。

 字の綺麗さなら自信があるという月羽ちゃんが、彫刻刀みたいな鉄筆を握る。「駅伝走者募集」「神在月十日、亥の刻に仕事のない神使」と原版に刻んでいく。


「次に、区を走る『鳥類』が要る。逆に区の『爬虫類』はもう足りてる」

「爬虫類……透翠さんね」

「ハンデがつくさん区の『神使となって十年以内』、よん区の『人型換算十歳以下』もだ」


 これは猛生くんと月羽ちゃん。


「特に月羽や猛生みたいのがもう一体ひとり来て、条件のないいっ区やろっ区に放り込むことになったら酷だろう」

「いざとなったら、ぼく、壱区や陸区でもがんばりますよ!」

「まあ、順位にこだわらないなら聞き流せ」


 真高がふいっとそっぽを向く。基本的な説明はこれで終わりらしい。


「けっこう細かいルールがあるんだ。教えてくれてありがと」

「透翠に言いつけられただけで、おまえのためじゃない」

「最後に、大事な連絡先。秩父の真高まで、と。完成!」

「おい待て」

「なに? もしかして、予選会とか参加標準記録とかあったりする?」

「今はない。出雲の役方に参加表明すれば出られる。そうじゃなくてだな」


 役方、って大会事務局みたいなものかな。

 ちなみに予選会と参加標準記録というのは、人間のほうの駅伝に存在するルールだ。


「これで、真おにいちゃんと走りたい神使、いっぱいあつまりますね」

「くっ……」


 月羽ちゃんが無自覚に援護してくれる。真高は月羽ちゃんの涙目だけでなく、ピュアな笑顔にも弱いらしい。

 この隙に、猛生くんがもくもくとワラ半紙を敷いてはインクローラーを転がした。





 改良版チラシを手に、四人で街道に繰り出す。目指すはあやかしが多く集まる商店街。


「重いとか無駄だとか、言わないでよね」

「俺は何も言っていないが」


 猛生くんが妖力車を牽き、わたしと月羽ちゃんが台座に収まった。ふたり乗りだからこれで定員だ。

 横を歩く真高は、今日は出番のなかったトレーナーバッグを持ってくれている。片方の肩に重いものを掛けて身体のバランスが崩れないかちょっと心配だけれど、持って当然という顔をしていた。


(人間不干渉派とか言ってたのに。まあ、確かに優しくは……ある)


 何だか、わたしのほうが「無駄」に意識してしまう。

 気を紛らわすべく、新しいチラシを道中でも配り始める。


「駅伝、興味ありませんか」

「んん? 見んのはいいが走んのはなあ」


 でも、反応はいまひとつ。

 大学の駅伝競走部を思い浮かべてみる。勧誘するまでもなく、入部希望者がたくさんいる。その理由は「充実した練習環境」「ライバルと切磋琢磨できる」のほか、「先輩たちの走りを見て憧れた」が大きい。


(真高が走る映像があればいちばんだけど、おじいちゃんの若い頃じゃ、さすがにないよね)


 わたしはウェアのポケットを探った。念のため持ってきていたスマホの、動画リストをスクロールする。


「明香里おねえちゃん、なにしてるんですか?」

「ふふ。とっておきの秘密兵器だよ」


 スマホを道に向けて掲げる。再生ボタンを押す。


『さあ、出雲大社の勢溜鳥居前をスタートします!』


 アナウンサーが高らかに実況を始める。去年の出雲駅伝の録画映像だ。神使のではなく人間のだけれど、興味を持ってもらえればと考えた。


「一緒に駅伝を走りませんかー。……あれ?」


 顔を上げてみたら、道行くあやかしのほとんどが、小さな機器から人の声がするのを怪しんでいた。スマホやテレビはあんまり流行っていないらしい。「なんだァあの人間」と遠巻きにされてしまう。

 これでは逆効果だ。すごすごスマホを下ろそうとしたとき。


「……りーーー?」




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