heptagon
現実世界スポーツ
2024年12月17日
公開日
19,223文字
連載中
一人だけど、独りじゃない。人間と神使が、支え合いながら、自分の足で再び走り出す物語。
狭山ヶ丘治療院の孫娘・桐谷明香里は、ふわふわの尻尾と耳のある少年の手当てをする。少年を迎えにきた、美形だけれど感じの悪い青年・真高にも、もふもふの尻尾と耳があった。
彼らはあやかし、その中でも走って神と人をつなぐ「神使」だという。腕と脚を見込まれ、神使の晴れ舞台「あやかし出雲駅伝」のサポートを頼まれる。
実は明香里は大学の駅伝部の学生トレーナーだが、大きな失敗をしてしまい、部活に顔を出せずにいた。
自分をもう一度信じるため、サポートを引き受ける。
月羽、猛生、透翠、和楽、飛鳥、丸々と、六使集めて練習を始める。駅伝経験者である真高にも走ってほしいが、真高は55年前に駅伝を走るのをやめていた。
説得を試みる中、明香里は人間不干渉派のあやかし・幽雅とのトラブルに見舞われ、駅伝で優勝しないといけなくなってしまい――?
真高が「走らない」と頑ななのはなぜか。
動機がばらばらな神使たちは、襷をつなぐことができるのか。
サポートの陰で不穏な動きをするあやかしたちは、何を企んでいるのか?
そして、明香里は部活に戻ることができるのか。
プロローグ
たったったっ。
銀色の豊かな尾が、稲佐の浜風にたなびく。頭上には冴え冴えと月が輝き、行く先を照らしている。
「秩父の真高は、狼の中でもいっとう足が速いねえ」
「人型であれほど美しい走りができる神使は、滅多にいまい」
青年は得意顔で胸の襷を握り締めた。走りなら兄にも負けない。
神在月は、一年でもっとも出雲がにぎやかな時期だ。合議に集まった神々、神使、さらには物見遊山のあやかしが街中にひしめく。
彼らの今夜の目当ては、古代より続く由緒ある駅伝大会。沿道には酒や軽食を売る出店が軒を連ね、朱赤の幟をはためかせている。
神々に仕えるあやかし――神使の中でも、選ばれた存在だけが出雲路を走れる。
銀の尾を揺らす青年は、座組の最終走者だった。それも先頭だ。
終着点である、出雲大屋敷の勢溜鳥居が見えてきた。五体の仲間がつないできた襷を、このまま誰よりも早く届けたい。
そうして、主の伊邪那岐神に「よく頑張ったね」と褒めてもらうのだ。周囲の者は、「こんな優秀な神使を持つとは、さすが伊邪那岐さま」と主をますます敬うに違いない。
皮算用する青年の立ち耳が、ぴくりと動く。
啜り泣く声が聞こえた。どこかで人間の女の子が転んだらしい。
「真高、疲れたか?」とか「伏見の狐がすごい形相で追ってきたぞー」とか沿道の声に阻まれ、詳細はわからない。
人間が住まうのは、境界の「あちら側」。人間たちは青年のいる側を「異界」と呼ぶが、青年からすればあちらのほうこそ「異界」だ。世の理も、地の在り方も、時の流れ方も異なる。
(転んだだけだ。立ち上がって、また走りゃあいい)
青年は改めて前を見据えた。
優秀な神使の証である襷を胸に、石造りの正面通に飛び込む。
――それきり今日に至るまで、青年は出雲路を走っていない。