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(五)

 あたしの、力、すごいことになっちゃった!


 強面こわもての若い男をパンチ一発で吹き飛ばしたみくには、自分の拳に目を見張った。


 スーパーガールになったからと言って、見た目にはなんの変化もない。


 しかしその腕力は、五歳児のものとは思えない。

 というより人間離れしたパワーだ。


 なにせ工場に侵入したみくにをつまみだそうとした男に、とっさに放ったパンチ一発で、男は数メートルも飛んでいったのだから。


 スーパーガール、やばい。

 あたし、やばい。


 自分の身体能力の驚異的変化に、みくに自身が引いている。


 少年を誘拐した男たちの声を拾い、その足取りを捕捉した聴覚。


 誘拐犯の車を追跡できた脚力やスタミナ。


 そしてたどり着いた大河原部品工場で、行く手を邪魔する男たちを楽々と倒していく腕力。


 全部、マジやばい。


 でもこの力があれば、きっとあの男の子も助けられる!


 そう確信して、埃っぽい工場の二階に上がると、フロア奥のドア付近に金髪の大男がのっそりと立っていた。


 細い眉毛を吊り上げ、みくにをぎろりと睨みつける。


「てっきり冗談だと思っていたが、本当に幼女が襲撃にきやがった」


 眼光は凶悪的だが、口調には動揺が滲む。


 けれどすぐに気を取り直したように、両拳を握り合わせ、指の骨をぽきぽき鳴らした。


「まあ、誰だってかまわねえ。さとるからきっちり金はもらったんだ。そのぶんの仕事はちゃんとしねえとな」


 悠然とした動きで、みくにに近づいてくる大男。


「ガキが泣き叫ぶ声も、興奮するしなあ」


 ニタニタ笑った男を見て、みくには拳に力を込めた。


 聴覚を集中させれば、奥の部屋から少年のものと思われる息遣いが聞こえる。


 ここにいるのは間違いない。


 そして彼を助けるためには、目の前の金髪男を倒さなければならない。


「どいて、じゃないとどうなっても知らないんだから!」


 金髪男は大口を開けて笑った。


「ここはままごとする場所じゃねえんだよ」


 大きく踏み込んだ金髪男はみくにに向かって拳を振り上げた。


 と同時に、みくにもまたボールでも投げるみたいに腕を振りまわす。


 金髪男の拳がみくにの顔を目掛けて放たれる。


 それに合わせるように、みくにも全力でパンチした。


 ふたつの拳と拳がぶつかり合い、つぎの瞬間――。


「ぬおっ!」


 金髪男は後方に吹っ飛び、その巨体はドアに激突。


 それでも勢いは収まらず、ドアを跳ね飛ばして、室内へ吸い込まれていった。


「だから言ったじゃん、どうなっても知らないって」


 みくには口を真一文字に引き結び、室内へ足を踏み入れた。


「よ~やく追いつけた!」


 十畳ほどの部屋には、床に転がった金髪男に目を丸くしている中年男と、両腕にタトゥーのある男の姿があった。


 悪者はあとふたり!


 その中年男の後方、事務机の下に、縛られて横たわっている少年を見つけ、みくには思わず声を上げた。


「あたしのカレは無事なんでしょーね! 怪我させてたら許さないんだから!」


 みくにの声に反応して、さるぐつわをされた少年が身じろぎし、顔を上げた。


 色の濃い瞳をいぶかしげに細め、その視線がはじめてみくにとまじわった。


 うわあ、グミみたいに綺麗な眼!


 しっとりと濡れ光る藍色の瞳を見て、みくにはグミの……たぶんグレープ味の色つやを思い浮かべた。


 みくにはグミ、大好きだ。


 だからなおさら少年のことが愛おしくなった。


 そんな少年のピンチに駆けつけることができてよかったと、心から安堵した。


「あたしが来たからには安心して! 今すぐ助けるから!」


 少年はなにか言いたげにうめいた。

 けれどさるぐつわをされているため言葉にならない。


 しかしみくには「僕にかまわず逃げろ! 君が傷つく姿は見たくないんだ、ハニー!」と、聞こえた気がした(思い込み)。


 なんてやさしいのかしら(思い込み)!


 みくには勝手に感激し、体中からの発熱を感じた。


 これは恋の熱。

 身体の中で恋の炎ラブファイヤーが燃えてるんだ。


 みくには身を焦がしつつ、さらに力が湧いてくる。


 自分に恋の力を与えてくれる少年を……グミの瞳をした少年を……みくにを逃がそうとしてくれる(思い込み)優しい少年を――。


 あたしが絶対に助けるんだ!


 鋼の覚悟を持ったみくにが、少年の元へ駆け寄ろうとすると、タトゥー男が叫んだ。


「バケモンめ!」


 近くにあったパイプイスを、みくにに向かって投げつけた。

 パイプイスが空気を裂いて迫ってくる。


 だがそのパイプイスを、みくにはぶつかる寸前、片手で受け止めた。


 動体視力も上がっているのだ。

 飛んでくるパイプイスはスローモーションのようだった。


「バケモンってなによ! バカー!」


 投げ返したパイプイスは炎をまとう勢いでタトゥー男に命中した。


「ぬぐっ」と短い悲鳴とともに崩れ落ちるタトゥー男。


「あたしはバケモンじゃなく、スーパーガールだもん!」


 この“バケモン”発言。

 スーパーガール人生を歩むことになったみくにに、拭えない傷となって残るのだった。


 両親から愛されて育てられ、かわいいかわいいと褒めそやされてきた五歳のみくににとってショックだった。


 が、今はそれより少年の救出が先だ。


 涙目になりながらも、最後の敵、中年男に向かって近づいていく。


 中年男は幼女とは思えないみくにの威圧感に怖気おじけづき、膝を震わせてあとずさりする。


「なんでだ……必死に働いて会社を守って来たってのに……。なんでこんな目に合うんだよ……なんで真面目な奴がバカを見る世の中なんだよ!」


 引けていた腰が事務机に当たってつんのめり、そのままよたよたとみくにに向かってきた。


 工場で戦った男たちと違って、明らかに喧嘩慣れしていない様子だ。


 弱々しいパンチを放ってくるが、みくにがかわす必要もなく男の腕はくうを切った。


 みくにが、さっと足を出すと、それにつまづいた男は引っくり返り、腰を強打。

 二度と立ちあがることはなかった。


 悪者をすべて倒し、深々と息を吐いたみくには、すぐに少年に駆け寄っていく。


「おまたせ! もう大丈夫よ!」


 感情のうかがえない少年の双眸そうぼうが、ほんのわずか、なにかを訴えかけるように細められた。


「今、ロープをほどいてあげる!」


 みくにが少年に向かって腕を伸ばしたときだった。


 視界の端で、ギラリとなにかが光った。


 とっさに目を動かすと、事務机の陰から若い男が飛び出してくる。


 鋭く血走った眼と、額に古傷をもった男だ。


 その手にナイフを持ち、鋭利な切っ先が邪悪な微笑のようにきらめく。


 男が隠れていたことに、みくにはまったく気づいていなかった。


 注意深く、五感を研ぎ澄ませていればあるいは気づけたのかもしれない。


 なのにスーパーガールの力を過信し、その圧倒的な力に少なからず興奮していたみくには、完全に油断していた。


 驚きのあまり、みくには幼い身体を強張らせることしかできない。


 やがて男のナイフが自身の脇腹のあたりに突き刺さった――……かに思えた瞬間。


 みくにと男の間に、少年が身を躍らせていた。


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