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第14話 体育祭マジック②

 六月第三土曜、讃岐高体育祭。


「ん」


 開会式に並んでたら、もはや定位置みたいにオレの旋毛に顎乗せた丈士先輩が、青い鉢巻きを目の前にかざしてきた。

 端っこに名前が書いてある。あの達筆の漢字で。


「交換してくれるんスか!」


 憧れのやつだ。オレは先生の諸注意もろくに聞かず、嬉々として自分の鉢巻きをほどく。ネクタイみたいに首に垂らしてたんだ。女子は手首とかポニテとかに巻いてる。


「あ、昨日クラスでデコっちもうたんスすけど」

「別にい……」


 先輩は「別にいい」って言いかけて固まった。

 ラメマジックで名前書くついでに、うどんどんの絵とかかっけえ四字熟語とか書いた。先輩と交換できるってわかってたら、中学生じみたことは控えたのに……。


「これ意味知ってる?」

「いや」

「そ」


 先輩が固まったのは一瞬で、オレの鉢巻きをかっ攫う。先輩が持つとすげえギャップ。

 ポンポンッと、始まりを告げる音花火が鳴った。




 空は快晴だけど、オレは生徒席でどんより脱力する。


「偏差値そこそこの男子高校生が、金比羅こんぴら宮の神様の名前なんか知るか……」


 全員参加の○×クイズで一問目に敗退して、午前中はただの観客になっちまった。

 せめて丈士先輩からご利益もらおうと、隣のテントを見やる。席の位置はチェック済みだ。


「うん、寝よる」


 ぱっと見、思慮深く腕組んで俯いてるけど、あれは寝ています。椅子から投げ出した長い足に力が入ってない。先輩も午前中はもう出番なしだ。

 綱引きに出ない二年女子がこっそりスマホカメラ向けても、ぜんぜん起きない。


 首に掛けた鉢巻きの「不知不覺」「一見鍾情」ってオレの字(人と被りたくなくて、四字熟語がひたすら載ってるサイトから選んだ)が、丈士先輩の超うどん級フェイスとセットで、知らない先輩のスマホに保存されていく。なんかくすぐったい。


「オレは後でツーショ撮ってもらお」


 先輩には体育祭楽しんで、讃岐に来てよかったって思ってほしい。出番はなくても非公式の会長活動がある、と意気込む。


「そななんより、うどん玉入れの応援や。『讃岐の華華ちゃん』が出るぞ」

「ちょい待ち。華華さまはそうそうおらんわい。どれ?」


 それを邪魔するかのごとく、英翔がオレのTシャツを引っ張った。普段ならはいはいって流されてやるけど、いろいろと聞き捨てならねえ。


「食いつきええな、蒼空」

「う、人並みじゃろ」


 華華さまが推しってばれたか? 声を上擦らせつつ、英翔が指差すほうに身を乗り出す。


 うどん玉入れは、グラウンドにロープで格子つくって、各区画に白玉(うどん)・緑玉(ネギ)・赤玉(かまぼこ)を投げ入れる。三種揃えた「丼」の数を競う、斬新な種目だ。


 離れた位置から狙うのはけっこう難しいみたいで、きゃあきゃあ白熱してる。

 そのうどん職人の中に、華華さまがいるって? 本当ならとっくに目が行ってるはずだけど。――うむ。


「英翔。単に背が高うて髪長い先輩を、華華さまと呼ぶなや」

「いや俺が言い出したんやないし。てか、『讃岐の井上和ちゃん』だって単に目が大きゅうて髪長い子やったわいな」


 オレの何様な感想を、英翔がドライに切り返してくる。

 確かに中学時代のオレだったら、体育祭の雰囲気バフも相まって「讃岐の華華さま」認定して、何なら恋したかもしれない。

 でも、今のオレは超うどん級イケメンの存在を知っちまったからな。


「誰見てるん」

「ひょあ!?」


 まさに頭に浮かんだ人の声がして、椅子から落ちかけた。

 いつの間に目覚めてテントを移ってきたのか、丈士先輩がオレの旋毛にのしっと腕乗せて、グラウンドを凝視してる。もしかして。


「やっぱ優姫さんとか華華さまがタイプなんや……」

「は?」


 茶毛で小柄なオレの真逆。ちょっと落ち込んで、ぶつぶつ言う。

 先輩は聞こえなかったのか、オレが巻いてる鉢巻きの立ち耳・・・を引っ張った。


「てか何これ」

「猫耳です。さっきつくり方っせてもろうたんスよ」


 そう言えばかわいくしたんだった、と顔を上げる。鉢巻きの真ん中に三角型の結び目を二個つくれば完成で、オレでもできた。


「誰に?」


 でも先輩は何のコメントもなく、斜め上の追及をしてくる。


「杏奈ちゃんです。一緒に野球部サポしよる」

「……ふーん」


 聞くだけ聞いて、玉入れが終わるまで猫耳を弄り続けた。下からでわかりにくいけど、ゆるみそうでゆるまない真顔。犬派なのに猫に浮気してる人みてえ。




 昼休み。にぎやかな本部テント前で得点表を見上げ、口を尖らせる。


「借り物競走でセンパイが阻止せなんだら、ぜってえ青チームが一位折り返しやったっスよ!」


 午前の四種目を終えて、オレたち青チームは緑チームに次いで二位だ。でも悔しい。

 英翔がめずらしく気を利かせ、丈士先輩に隣の椅子譲ったのはいい。ただ、借り物競走でオレを借りにきた参加者を、先輩がことごとく却下したんだ。


『「声の大きい人」、日高くん来まい!』

『ダメ。コイツ白チームじゃん』

『っス』

『蒼空、「ダンス」部じゃわいな?』

『ダメ。部員他にもいるだろ』

『え、やけど青チーム同士ですよ』

『日高蒼空くんじゃな、「空と関係ある人」!』

『ダメ』

『青チームの人ですって! それに当てはまるのオレくらいやないスか!?』

『……よけいにダメ』


 丈士先輩が断固オレの旋毛に腕乗せてるせいで、応じてあげられなかった。


「午後の騎馬戦で勝ちゃいいじゃん」


 先輩はしれっとしてる。確かに点差は大きくない。もしや、劇的な逆転を演出するための仕込みか? そういう体育祭の楽しみ方だって、先に教えてくれたらよかったのに。

 先輩とオレの騎馬は、誰にも負けないし。


「そっスね! あ、オレそろそろ着替えな」


 早く戦いたいけど、その前に応援合戦だ。合戦って銘打ってるものの実質ハーフタイムショーみたいな位置づけで、他の生徒が弁当食ってる間に踊る。

 んじゃ、と校舎に向かおうとしたオレの手首を、先輩が掴んだ。


「スカート穿かないよな?」


 ははあ。二回も訊くほど期待してくれてるらしい。目力増し増し真顔の先輩と裏腹に、にんまり笑う。


「昼飯早めに食い終わっといたほうがええスよ」




 てわけで。白いミニワンピース着て、グラウンド脇にスタンバイする。


 「an9el」の曲使うんだ。だから衣装も天使モチーフにした。ネットで買ったファーのミニ羽根を背負ってる。

 ワンピはベルト締めて古代ローマっぽい感じで、チアガール姿より羞恥心はない。それにほら、オレってミニスカ似合うし。うどん肌の足もつるつるにしてきたし。うどんだけに。


 スピーカーからイントロが流れる。陽射しの降り注ぐ中央へ走っていく。


「フレーフレー、さ・ぬ・き!」


 一年一組のテントが、「ソラエル・・・・~!」って沸いてくれる。へへ、嬉しい。


 待て。本部テント真ん前の特等席で胡坐掻いてるの、丈士先輩じゃね?

 しかもスマホじゃなく、ご両親のらしき一眼カメラ構えてる。先輩の活躍記録用では。


 SDカードの容量がもったいない気がしたものの、レンズでオレを追う先輩の口角が上がってるのに気づいて、遠慮はやめた。

 先輩にはそのまま、体育祭マジックってやつに掛かってもらおう。


「フレフレ、」


 セ・ン・パ・イ。サビで口パクしながら指差ししてあげる。確定ファンサです。


 二週間みっちり練習してきたけど、本番ってあっという間だ。

 流れる汗も構わず、ラストのポーズを決める。歓声と拍手の中、丈士先輩と目が合う。むしろ先輩しか見えなかった。




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