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第5話 放課後の美女

 讃岐高ダンス部は、文化祭とか体育祭、それこそ野球部の応援とか、学校行事での活動がメインだ。

 つまり、ゆるい。部活は一日置きだし、だいたい視聴覚室でK-popとかのダンプラ動画観て、そのまま窓を鏡代わりに練習する。


 部員十人中九人が女子で、夜は道が真っ暗だから、十七時半には終わる。

 今日も夕暮れ前に連れ立って正門に向かっていた。


「日高、あんた男なのになんで異様にトゥワーク巧いんじゃ?」

「これ? そなん難しいムーブやないじゃろ」


 その場で腰振ってトゥワークしてみせる。好きなシンガーのダンスをカバーしたいのにこのムーブに苦戦してる先輩に「うざ」って言われた。まあ二秒後には笑ってるけど。

 なんやかんや女子にちやほやしてもらえるの、ダンス部のいいところ。


 グラウンドの横でもっかい腰振ってきゃいきゃい騒いでたら、「蒼空」とおよそダンス部員じゃない低い声が聞こえた。長い影にすっぽり覆われる。


 振り返ると、練習用ユニ姿の丈士先輩が立っていた。ネット沿いに転がったボール拾いに来たのかな。心臓が一瞬トゥワークする。


「帰んの」

「ハイ。部活終わったんで」


 練習中は闘う男モードなのか、なんかピリッとしてる。ダンス部の面々は一声も発さず、オレ以外で固まって成り行き窺ってるし。


「俺ももうすぐ終わるから待ってて」

「は……ハイ!」


 ――そう快諾して、早一時間。

 もはや真っ暗な中、オレは花壇の縁にちまっと座ってる。春咲きコスモスいい匂~い、じゃなくて。

 もうすぐとは? オレ忘れられてねえよな!?


 ブレザー代わりに羽織ってるジャージの下にスマホ隠して、翼に[夕飯は作り置きあっためて食え]ってLINE入れてたら、グラウンドの照明が点いた。こんな明るいんだ。


 山田部長(前にモブとか言ってスミマセン)が相手バッター役らしく、どんどん打っては部員が守備に動く。

 丈士先輩は部長の横でボールをトスしたり、マウンドに立って守備の動きを確認したり。練習になると、白球以外目に入らない感じだ。


 オレもダンスはもちろん好きだ。ただ、先輩の半分でも情熱を注げるもの、打ち込めるものが欲しいって気持ちが、こみ上げる。讃岐にはないんじゃないかって気がして、いつもはあんまり考えないようにしてるけど。


 日曜に推理したとおり、野球部の練習は十九時過ぎまで続いた。




「蒼空、悪ィ」


 制服に着替えた丈士先輩が小走りで来るけど、「ハイ!」とは言わない。さすがのオレもへそ曲げますよ。

 つーんと顎を反らして、がらんとした駐輪場へ向かう。


「交代」


 先輩が、オレのママチャリのハンドルを掴んだ。

 青白のエナメルバッグを前カゴに押し込み、サドルに座る。小首傾げて一回降りて、サドルをめっちゃ高くして座り直す。どうせオレは股下一メートルもねえし。


「掴まんな」


 待たせたお詫びで漕いでくれる、らしい。結局オレは許しちまうんだ。しずしず後部座席に収まって、先輩の引き締まった腰に手を添える。


「掴まれつってンの」


 先輩はオレの手をベルトの留め具辺りまで引き寄せてから、漕ぎ出した。ひえ。

 また二人乗りできるとは思わなかった。暗いから先生に見咎められずに済んだ、けど。


「あの、日高家あっちです! 讃岐山側!」

「ちゃんと送るって」


 風を切りながら叫ぶ。でも先輩はオレの道案内を聞かず、琴電(「高校前」が終点)に併走する形でぐんぐん加速する。

 速え。オレのチャリ史上、最高スピード出てねえか?


 つい強めにしがみつく。練習後の先輩の身体は熱い。オレの心臓がうるさいのが伝わっちまいそうで、県庁方面に五駅くらい移動する間、ろくにしゃべれなかった。

 どこに連れてかれるんだろう――?


 体感十五時間のような十五秒のような、十五分後。住宅街に入り、洗練された焦茶色の壁の建物の前で停まる。ポーチライトの下に、「鍼灸院」ってスタンド看板が出てる。


「なんて読むんスか」

「しんきゅういん。はりだよ。じゃなくてこっち」


 建物の横手に回ると、小さなジューススタンドがあった。二人並んでる。オレはカウンター横のメニューに吸い寄せられた。そういや腹減った……。


「タピオカやないっスか!」


 たちまち声がでかくなる。都会ではとっくにブーム去ってるかもしれないけど、オレとしては高松駅前まで行かないと出会えねえのよ。

 丈士先輩があの真顔に見える笑顔で、オレを見下ろしてくる。


「どれがい? こないだの礼」

「こないだ? ……え、別にええのに、オレがしとうてしたことですけん」


 と言いつつ、オレはメロンミルクティーホイップトッピングタピオカダブルを頼んだ。メロンミルクティーってはじめて見るし、なんか美味そう。

 日曜の苺大福とメンチカツ、先輩の空腹を満たせたみたいで、よかった。


「センパイは何にしたんですか?」

「蒼空から一口もらう」

「へへ、そっスか」


 洒落たスチールベンチで、ぱたぱた脚を揺らしながら待つ。


「はいお待たせ。これ、特別サービスよ」


 黒髪ゆるウェーブロングの美女店員さんが顔を出した。

 マクドのLサイズはあるカップにパステルグリーンのメロンミルクティーがなみなみ注がれ、ホイップはソフトクリーム並み、底のタピオカもいっぱいだ。その上、パイナップルケーキとやらまでつけてくれる。「ええんスか?」と言いつつ、しっかりもらう。


「お先、いただきまーす」


 ズゴゴゴ、ちゅるるる。腹減ってたのもあって、太いストローを思いきり吸う。


「うっっっま!」


 素直な感想を口にしたら、隣に座ってた先輩が横向いて手で口を押さえた。声でか過ぎたかな。でもほんとに美味い。カップを横から下からしげしげ見る。


「先輩も早う飲んでつかさい、メロンとミルクティーめっちゃ合います。つかタピオカっスよ、歯ごたえあって、ちょいぬくうて甘い。前に高松で飲んだのとなんちゃちゃんぜんぜんちがう

「そ。俺はいつでも来れるから、蒼空がぜんぶ飲みな」


 さすが丈士先輩、余裕でいい店を知っている。


「地元にこの時間までやっとる、最高なタピオカスタンドあるって知らんやったです。何て店っスか?」

「俺ん家。今週から夜も開けてンだわ」

「オレンチ? 何語ですか」

「日本語だよ」


 丈士先輩の声が震える。おれんち。俺ん家……?


「ここ、丈士センパイの家!?」


 思わず立ち上がった。予想外過ぎ。先輩はぶふっと吹き出す。


「んじゃ、さっきの美女店員さんはセンパイのお姉さん?」

「阿母? 母親だけど」

「イケメンの、お母さまって、美女なんや」


 オレは遺伝子の奇跡に感心するあまり、五七五を読んでしまった。

 先輩は言われ慣れてるのか、普通に受け流す。


「一階で父親が鍼、母親がピラティスやってて、予約ないときは飲みもん出してんの」

「ほむほむ」


 長方形のパイナップルケーキも頬張りながら、頭に叩き込む。プログラミングとか情報デザインの授業内容は忘れても、ぜったい忘れねえ。これは一時間以上待った甲斐がある。

 はー、先輩の家で、先輩のお母さまがつくったドリンクいただいちまうとは……。


「蒼空、ついてる」

「ハイ、すげえツイてます!」

「じゃなくて」


 丈士先輩の指が伸びてくる。ほっぺたじゃなく、唇の端を優しく撫でる。先輩の顔まで近づいてきた。

 うわわわ、わ。ぎゅっと目を瞑る。静寂。

 手が両方塞がってて動けない。まだ静寂……。ん?


 そーっと目を開けると、先輩がパイナップルケーキの欠片を自分の口に放り込んだところだった。

 深々と息を吐く。口に食いかけがついてる、って意味か。

 先輩の何気ない行動で、また心臓が止まりかけた。先輩がこう、一歳しか違わないのに大人っぽいっていうか、えろいのが悪い。


 ……いや、えろいって何だよ!?

 オレって実はそっちもいけるのかな。幼稚園のとき好きだった担任の先生も、中学のとき好きだった「讃岐の井上和ちゃん」も、異性だったけど。


 今思うと、どっちも「恋」ってより「ファン」みたいな「好き」だったかもしれない。

 丈士先輩に対しての「好き」こそ、「ファン」みたいなもんか……?


 先輩が好きか嫌いかで言ったら、好きだ。つか、世界征服できるレベルのイケメンで野球に真剣で優しい男を、嫌いなやついる?

 ただ、彼女いない歴=年齢のオレには、そもそも「恋」がよくわからない。


 丈士先輩は長い脚を組んで、じっとオレを見守ってる。オレはとにかくタピオカを吸い逃さないことに集中した。




「家まで送る」

「いえ、琴電の高校前駅までで」


 先輩はそう言い張ったけど、オレも言い張った。先輩に早く夕飯食ってほしいもん。

 日高家までの道を知らない先輩が、しぶしぶ折れた。

 普段の二時間遅れで帰宅する。男子和室の二段ベッドから、翼がひょいっと顔を覗かせた。


「彼女できた?」

「ちげえわ」


 そうだったらいいんだけどな。よかったんだけど、な? せっかくのアドバイスもらえる機会もふいにする。


 夕飯を済ませ、丈士先輩に[今日はご馳走様でした!]ってLINEしてみた。御礼だけだし既読スルーかと思いきや、十五分後に[ん]って返ってきた。

 たった一文字。でもその一文字が嬉しくて、オレはその夜スマホを抱いて寝た。




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