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第3話 ○○は打たない派

 制服にエプロンを着け、弟妹の身支度を世話しながら朝飯つくるのが、中一以来のオレの日課だ。高校に入って弁当づくりも加わった。


 今日のおかずラインナップは、カレー粉で味つけした鶏肉かっしゃ焼き、トマトのクリームチーズ和えオリーブ風味、ほうれん草入り卵焼き、にんじんとキノコの甘辛炒め。

 味のバリエも栄養バランスも彩りも、我ながら完璧だと思う。ふふん。


 いつもは朝飯の残りをちゃちゃっと弁当箱に詰めるけど、今日はつい三十分も早起きしちまった。


「……って、何やりよんだか」


 年代ものの壁時計を確かめるついでに、雑然とした居間を見やる。


つばさ、体操服持っとん? あっ、トマト残すなや」

「今食いじょるけん。口うるさいと女の子に好かれんぜ」


 うっせえわ。小六にして彼女いるからって。


「おまえがモテんの、オレが母ちゃんの腹に『スポーツ万能』『クール男子』ってモテカード温存しといたったおかげやで? あとオレが小六んときより身長あるのも、オレがつくっとる朝飯のおかげが! もっと感謝して食いまい」


 翼は感謝のかの字もなくトマトを口に押し込み、座卓から逃れた。

 入れ替わりに、ラベンダー色のランドセルが跳ねてくる。


「蒼空ぃ。今日六時に『an9elエンジェル』のダンス動画が公開されるの、っせとらんよね? 蒼空兄ぃのスマホで観たいけん、六時までに帰ってきてね」


 翼の二個下の美羽みうは、ヨジャグルのダンスカバーにハマってる。

 県庁所在地・高松まで行けばK-popダンススクールもあるのに、市役所勤務の母ちゃんは倹約家で、オレに先生役を言いつけた。オレだって中学の文化祭で踊ったのがはじめてで、ちゃんと習ったことないけどな?

 まあ、茶毛を伸ばして天使みが増してる美羽に頼られるのは、悪くない。


「おや? 今日はいつもの砂糖たっぷりふわふわ卵焼きちゃんちがうのか」


 かと思うと、出勤用眼鏡を装着した母ちゃんが、粗熱取ってた卵焼きをつまみ食いする。


「ちょ、そりゃ、」


 丈士先輩の! とは言えないんだな。溜め息を吐かざるを得ない。


 ひみつの場所での昼飯には、火曜だけじゃなく、昨日もお付き合いさせてもらった。

 丈士先輩は毎回オレの弁当に興味しんしんで、「美味そう」って言う。「くれ」って言われるより、一口あげたくなる。毎日一緒に食うならって、


『センパイ、LINE交換しませんかっ?』

『ん』


 思いきった。で、昨日の夜スマホでおかずのレシピいろいろ検索しながら、


[鶏肉と牛肉だったらどっち派ですか?]


 って初LINE送ってみた。「っせてつるっ」ってお願いしてるうどんどん(語尾が「つるっ」なご当地キャラ)スタンプ付き。


 でも、オレが風呂入っても、美羽の髪ドライヤーで乾かしてやっても、寝落ちても既読がつかない。今の今まで見事な未読スルー。

 丈士先輩、LINEの返信は速球派じゃなく、見逃し三振派らしい。

 女子からたくさん通知きてそうだもんな。


 せっかくの力作弁当も、オレの胃袋に入るだけだったら切ない。

 別に、先輩に「俺のためにつくって」って頼まれたわけじゃないし、オレの身長の足しになればいいけど……。


「って、オレももう出んと!」


 男子高校生は忙しい。急いで弁当を詰め、畳を蹴った。田んぼに出る準備してる父ちゃんの横をすり抜け、ママチャリに飛び乗る。

 春花と新緑の薫りが入り混じった田舎道を爆走した。




「LINEの返信ひとつでそなん曇っとんの。やけん童貞なんじゃね」

「うっせえうっせえうっせえわい」


 三時間目が終わっても未読スルーを引き摺ってたら、小学校からずっと同じクラスの英翔えいとに痛いところを突かれた。

 オレより三センチ背が高いのがよけい鼻につく。


「おまえも童貞じゃろ」


 オレたちは中学時代、隣の中学にいた「讃岐の井上和ちゃん」に片想いして、その和ちゃん(ウドーンのすがた)に高校生彼氏ができて同時に失恋した仲じゃねえか!

 教室移動しながらやいやいしていると、近くを歩く女子まで「蒼空が曇っとるって?」と寄ってくる。

 違う中学出身の女子にも、とっつきやすいって第一印象持たれたのは上々だ。


 ただ、この調子だとお情け友チョコもらいまくりエンドな予感しかない。高校では中学の失敗を繰り返すまい。

 いっそこの機を逆手に取って、翼みたいなクール男子になるとか。こう、目を伏せて……


 うおお、まぶしい! オレは目を伏せるどころか全閉じした。

 階段のほうに、うどんの宝石か何か埋まってないか!?


「何してんの」


 うどんの宝石がシャベッタ……んじゃなく、丈士先輩が下りてきた。


「交通安全講習、だるいわいなー。去年と内容同じじゃろ? 自転車通学の皆さんは気ぃつけまいー、って。こなん田舎なのにさ」


 オレと身長はほぼ変わらないけど頭の回転は二倍速そうな先輩と、


う言うな。県道はそれなりに車が多い。登下校で怪我して練習できんようなったらえらいことじゃ」


 がっちり体型に塩顔で、豪快さと堅実さを兼ね備えた印象の先輩と連れ立っている。二人とも野球部だ。


 オレはうっそりと丈士先輩を見た。何してんの、って。先輩と同じですが。

 四時間目は全校参加の交通安全講習で、ぞろぞろ体育館に向かってる。


 女子たちは、制服着崩さなくてもかっこいい丈士先輩に見惚れてるけど、未読スルーされた身のオレは居たたまれない。スニーカーのつま先に目を落とす。

 かと思うと、大きな手に顎を持ち上げられた。


「蒼空。俺、鶏のが好き」


 唐突に言われる。

 ってこれ、顎クイでは? 丈士先輩は気難しい職人みたいな表情で、オレのうどん肌ほっぺをむにむに揉んでる。強制的に目ぇ合わされて息が止まりそうだ。

 しかも、「好き」って二音の破壊力やばい。でも相手はオレじゃなくて……。


「トリノって誰スか」

「? 牛じゃないほう」

「……、……あ」


 あー! 鶏ね。鶏肉ね。勘違い、恥ずい。オレのほっぺたも先輩の指並みに熱くなる。

 LINE、朝見たのかな。でもオレが駐輪場に着いたとき、野球部はもう朝練してた。一応校内ではスマホ使用禁止。だったら、昨日の夜の時点で通知に気づいてた?

 じとっと先輩を見上げる。


「オレのLINE、スルーたんやないんか」

「してねえよ。今答えたじゃん」


 それをスルーと言うのであって……。

 体育館前まで来てようやく開放された顎に、自分の手を当てる。もしかして。


「センパイって、テキスト返信するより、会うたとき話す派っスか?」

「んー、文字打ちめんどう」


 先輩が耳上を掻く。やっぱり。先輩は白球は打っても、文字は打たないんだ。

 知ってれば通話にしたのに、知らなかった。そりゃそうか。まだ出会って一週間も経ってないわけだし。

 勝手に拗ねてたオレ、子どもっぽい。英翔の一言が改めて刺さる。


「蒼空、返信欲しかったん?」


 先輩はそんなオレの気も知らず、顔を覗き込んできた。

 はうう、まぶしい。かろうじてこくこく頷く。


「なら次はするわ」


 え。オレに合わせてくれるんですか。またLINE送っていいんですか?

 昨日五分おきにスマホ見てはうだうだしてたのも帳消しになって、「ふへへ」と笑う。

 先輩も片眉を上げて笑った。


「やっと戻った」

「ハイ? あ、オレあっちやけん、ほいじゃ」


 体育館前方のステージには、スクリーンが下りている。じきに講習が始まる。

 でも、オレは一年一組の列に合流できなかった。

 先輩がオレの腕引っ張って、自分の前に並ばせたんだ。


 丈士先輩と、大きいほうの野球部の先輩とに挟まれ、すっぽり隠れる。

 とはいえ横からは丸見えで、二列向こうにいる英翔が「なんで二年一組んとこおるん!?」って口パクしてきた。


 オレも何が起きてんのかわからねえ。

 そのうちに、丈士先輩がオレの旋毛に顎乗せる。


「今日の弁当なに」


 もう四時間目が終わった後のことを考えてるらしい。上目遣いに応答する。


「かっしゃ焼きです。鶏っスよ。日高家でも大人気で、いつも母ちゃんと父ちゃんと弟と妹で取り合うとります」

「ふーん。兄弟いんだ。てか、蒼空がつくってるん?」

「ハイ! 親が共働きで、オレ料理担当なんス」


 つい声がでかくなっちまって、マイク持って交通ルール解説してるお巡りさんが眉を顰めた。

 慌てて縮こまる。さすがに丈士先輩の八重歯スマイルも効くまい。隣の列で、小さいほうの野球部の先輩が声出さずに爆笑してる。


「センパイ、講習聞かんでええんスか」

「俺、琴電ことでんだから」


 電車通学か。そう言えば駅前のコンビニのパン食ってるっけ。


「昼飯のが大事。蒼空の飯、どれも美味い」


 うおおおお、「美味い」いただきました! 日高家は丈士先輩を見習ってほしいもんだ。

 高校一、いや香川一、いや――日本一イケメンの胃袋を掴んじまった。

 その日は、昼休みはもちろん放課後まで誇らしさいっぱいで過ごした。



 ただ、帰宅して美羽と「an9el」の美女たちの動画観ながら、はたと気づく。

 高校で初彼女つくるって目標から、むしろ遠ざかってねえか?

 ……兄の威厳を犠牲にして、翼にアドバイスもらわないとかもしれない。




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