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第2話 昼休みの栄養補給

 月曜。昼休みに教室で弁当を掻っ込んでたら、女子が廊下側の窓に張りついた。

 なになに、芸能人が来たとか? オレも好奇心で人垣に加わる。


「えっ、丈士センパイ」


 野球部の二年生エースが、一年三組の前に立っていた。土日の試合で一年生にもすっかり知れ渡っている。

 しばらくして、二組の前まで進む。古ぼけた木の廊下が一瞬パリのランウェイに見えた。学校指定の青いネクタイもハイブランドの新作みてえ。


 はー、ほんとかっけえ。

 身長はオレの目標値、百八十五くらいある。白シャツ一枚なのも相まって、中東の王子のような風格を放ってる。


 いったい何が目的なのか、二組の前でも立ち止まるだけで何もせず、ついに一組――オレたち情報科クラスの前に来た。


 丈士先輩が首を屈め、じ、と教室内を見渡す。ど迫力の三白眼。

 目が合う。萌え袖状態のブレザーごと手首を掴まれる。


「ソラ、一組だったのかよ。探したじゃん。来て」


 探した? つか、なぜオレの名前をご存知で?

 真顔が整ってるイケメンって、表情を読みにくい。


「ちょ、待ってつかさい。まだ弁当食い終わってのうて、」

「俺と一緒に食うんだから食い終わらなくていいの」


 えええええっ?

 週末、ミニスカート穿いて球場で踊りはした。丈士先輩に「似合ってる」って言われた。丈士先輩がまた笑えるよう、ひそかに祈りもした。

 でも、昼飯一緒に食う約束はしてねえよな。


 戸惑う間もずっと握られてる手首が熱い。あと女子の視線が痛い。オレは左手に弁当箱、右手に箸を持ったまま、王子に攫われる。

 オレの高校生活、どうなっちまうの――?




「あのー、二年の教室で食うんはさすがに気まずいんスけど」

「ひみつの場所だからヘーキ」


 ひみつの場所とは。理解が追いつかない。歩くのが速い(つか股下五メートルあって歩幅が広い)丈士先輩に、かろうじてついていく。二階、三階……。


 立入禁止の屋上の手前のスペースに辿り着いた。

 窓から陽が射し込んで明るい。腰壁があって階下からは見えない。一年はまだ誰も知らないだろう穴場だ。たちまちテンションが上がる。


「ええ感じっスね! いつもここで食うてんスか?」

「おー。他のヤツには教えんなよ」


 先輩は小さく笑い、胡坐を掻いた。

 片手に提げてたコンビニの袋から、カツサンドとか焼きそばパンとかを次々取り出す。


「ん」


 ぽんぽんと隣を示され、オレもいそいそ胡坐を掻く。パンのCMの撮影が始まる――じゃなく、先輩が食い始めるのを見て、オレも昼飯を再開する。


 イケメンをおかずに食う弁当、美味え。

 でも、なんでオレを誘ったんだろ?


「美味そう」


 首傾げてたら、丈士先輩がオレの手元を覗いてきた。


「ぴっぴめしスか? 一口あげますよ」


 米に刻みうどん、たくあん、豚こま切れ、ネギ、紅生姜をぶち込み、うどん出汁で炒めたローカルフードを、先輩の口へ運ぶ。

 ……って、待て。下の弟妹きょうだいにしてやる癖で、「あーん」しちまった。


「あんがと」


 先輩は気にするそぶりもなく、ぱくつく。オレを誘ったの、昼飯の足しにかも。


「うま」

「ふふん。うちでつくっとる米っスけん。他ん家のぴっぴ飯より美味いっスよ」


 それでも褒められれば嬉しくなる。実はこの弁当、オレの手製だし。


「炒飯のことぴっぴ飯って言うん?」

「炒飯つか、うどんをぴっぴ言うんス」

「へえ、讃岐っぽいな」


 いや、うどん県だけど、うどんを「好きぴ」みたいに言ってるわけでは……もしかして語源、「好きぴ」なのか!? うどん育ちのオレも知らなかった。※違います

 丈士先輩はうどん育ちじゃないらしい。今度はオレが先輩を窺う。


「いつもコンビニのパンなんスか?」

「昼はな。阿母あむの弁当は早弁して、おにぎりは部活前に食ってる」


 めっちゃ食ってんのにその体型なんだ。栄養を身長に回すコツ聞きてえ。

 なんて感心してたら、先に完食した先輩が、腹ぽんぽんしながら寝転がった。オレの太腿を枕にして。

 え、えっ、えー?


「オレの脚、硬いじゃろ」

「や? ちょうどい」


 なんつうご褒美だ。イケメンの顔、眺め放題。目を閉じると骨格の綺麗さが強調される。

 ん? 右耳の上んとこ、産毛しか生えてない。イケメン過ぎて床屋の手が滑ったのかな。


 ありがたく隅々まで拝んでいると、先輩がごそごそ身じろいだ。

 シャツのボタンを外して、生腹筋を御開帳してくれる。

 オレはごきゅっと唾を呑んだ。見てはいけないものな気が。男同士だからいいのか?


「何、しょん、スか」

「焼いてる。バスケ部のヤツらと違って、腹だけ白いのかっこ悪ィじゃん」

「丈士センパイはバスケ部の一億倍かっけえっス」


 男のオレに言われても響かないかと思いきや、先輩は「そ?」と満更でもない様子だ。オレも何だかうきうきしてくる。


「球場って、日陰ないんスね。オレも土日で太腿かなり焼けました!」

「ふーん。見して」

「みぇ?」


 噛んだ。だって太腿見せるには、制服のスラックス下ろして、下着一枚にならないといけないわけで……、でも丈士先輩になら……。


「ウソだよ」


 オレが貞操を天秤にかけてたら、先輩が八重歯を覗かせた。

 揶揄われたのかよッ! でもイケメンに限り許す。

 それに、負け試合の後の昏い炎がもう燻ってないっぽいから。二日前にはじめて話したオレが思うことじゃないかもだけど、笑顔が見れてよかった。


 それきり先輩はしゃべらず動かず、栄養吸収に努める。

 ひみつの場所だけあって、誰も来ない。階段や廊下を行き交う生徒の声はけっこう聞こえるのに。

 先輩は汗の臭いも制汗剤の匂いもしない。かすかにお香っぽい匂いがする。


「……なあ、ソラって漢字どれなん?」


 先輩が目を瞑ったまま言う。


「かっけえほうのあおに、空っス」

「ああ。やっぱオマエに似合ってるじゃん」


 うおお、光栄です。じんわり汗ばむのは、春の陽射しのせいかな。

 ほどなくして、予鈴が鳴った。名残惜しく思いつつも脚をずらす。


「丈士センパイ、そろそろ教室戻らんと」

「まだ補給・・してる。あと三分」


 丈士先輩は首が痛いと言わんばかりに眉を顰め、オレの太腿を平らにし直した。

 補給って、栄養だよな? 野球部エースの体力回復を邪魔したら悪いし……三分とか誤差だし。こんな神ファンサ、二度とないだろうし。

 先輩も自分も甘やかし、先輩の体温を記憶に刻みつけてたら、本鈴が鳴った。

 三分どころか五分経ってる!


「ヤベ」


 丈士先輩がひらりと起き上がり、オレの手を取った。ものすごい速さで走り出す。

 びゅんびゅん風を切ってるのに、周りの景色がなぜかスローモーションで流れていく。掴まれてる手首がやっぱり熱い。


 一年一組に到着する。情報処理の授業が始まろうとしていた。クラス中の視線が集まる。でも先輩は悪びれない。


「せんせ、俺がコイツの身体借りてたンだわ。遅刻にはしないでやって」


 丈士先輩、それは語弊があります!

 赤面するオレを尻目に、先輩は八重歯スマイルで先生(女)を丸め込み、階段へと引き返す。二年生の教室はひとつ上の二階だ。


「蒼空!」

「ひゃい?」

「明日も付き合えよ」


 王子命令。余韻がすごくて、オレは自分の机に帰り着くまでに三回も他の机にぶつかった。

 スリーアウトチェンジ……できない。

 授業に頭を切り替えられず、先輩のことばかり考える。


 あの人、思い立ったら行動が早い、速球派ってわけか?

 けど、ほんとなんでオレなんだろ。自分の頭の出来に見合った田舎の高校で、ダンスしたり初彼女つくったりして楽しめたらいいなって思ってた、どこにでもいる男子高校生なのに。

 世界中の何でも手に入りそうな丈士先輩に、オレの何がヒットしたんだ――?




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