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31 動き出した呪い

「待って!」

アルビンは救命ボートから飛び出して、私を追ってきた。

さっきの轟音に伴った砲撃は海賊船に当たらなかったが、かなり近くの海面に落ちて、船体に猛烈な衝撃を与えた。砲弾に飛ばされた波は、頭の上空を飛んで散らした。

船体の揺れと目の前に飛び込んだ波に足を止められた短い間、アルビンに掴まれて、彼の腕の中に包まれた。

「どうするつもりだ、このバカ!!何を考えでいる?!なぜ俺と一緒に行かないんだ!!」

海風の中で乱舞する私の髪をきつく抑えて、アルビンは渾身の力で叫んだ。

「お前の考えが分からない!俺のことを一体どう思っているんだ?!あの時の話は嘘じゃない!もう一度言う――お前を妻として迎える!誰が反対しようとも!」

……

本当に、お坊ちゃまだね。

好きになった相手に好かれるのは当然なこと、とでも思っているの?

人の感情は等価交換のもでも契約でもない。

いくら思っていても報われないことは、この世であり溢れている。


そう、あなたは私のことが分からない。

私の執着、私の嘘、私の罪、私が求めているものはあなたにとって無意味なものでしょう。

単純で真っ直ぐなあなたは私がやっていることを決して認めない、理解できない。

どんな挫折があっても、家族のいるあなたは帰れる場所がある。守るべきものがある。

自分は何者なのかはっきりと知っている。

なのに、そんな普通の人が当たり前のように持っているものを求めるために、私はこうやってひとりで進むしかない。

それはどんな心境なのか、あなたには永遠に分からないでしょう。

だから、私はあなたに余計な感情を持つのは永遠に不可能なことよ。


本当の考えを彼にぶつける、あるいは、このまま黙って去るのもできる。

けど、アルビンの負けず嫌いな性格を考えたら、そんなことをしたところで、彼は納得できないでしょう。

ここで彼の執着を終わらせる。

一度深呼吸して、対抗な姿勢を諦めて、いつもより穏かな声で彼の耳元で話した。

「アルビン、聞いてね。エリザ王国を離れる前に、占ってもらったことがある」

冷静さが届けたのか、私を抱きしめる力が少し緩んだ。

「私の助けを受けた人は私を忘れる、私の欲しいものは他人の手の中にある、どんなに光を求めようとも暗闇の中から逃げられない……と言われた。それはただの占いではない。ほぼ私が経験した真実だ。なので、ずっと信じていた」

「そんなこと……」

彼の口に手を当てて、言葉を遮った。

「でも、あなたは私のことを忘れなかった。再会の時、ちゃんと『あいさつ』もしてくれた」

一杯のお水、特別な挨拶。

「それは……」

「いいんだよ。初めて会った時に、私はあなたに同じことをしたから。嫌がらせと言えばお互い様」

ほんの少しだけ微笑ましい気分になった。

三か月前、報酬の高い子爵家の依頼を引き受けて、手ごわい怪我人の世話役になった。

仕事現場に到着した私が見たのは、気のままに暴れていて、自己放棄中のお坊ちゃまだった。その姿をなんとなく過去の私自身に重ねて、とても気に食わなかった。怪我人に対する暖かい挨拶より、一杯の氷水を差し上げた。

「あなたは私のことを忘れていなかった。ずっと一人旅をしていた私を、あなたが覚えてくれた。それだけで十分。嬉しかったよ、ありがとう」

これで、終わる。

「……」

体が硬直になったアルビンを押しのけて、走り出した。

甲板の向こうに、きっと何かが待っている。

空に飛ばされた波の粒は降りかかる。

手を上げて目を庇った。

気のせいか、ハンカチに包まれた左腕から微熱があった。


船長室の扉は閉まっている。

船室内外、雑魚海賊たちはあちこち走り回っているのに、カンナと船長ロードの姿が見えない。

ウィルフリードも、藍も消えていた。

恐らく、答えはこの船長室にある。

ノブを引っ張ってみたら、裏から鍵がかかっているようで、扉はびくともしなかった。鎖穴に髪留めを入れようとすると、扉の中から人の声がした。

「どこのバカ野郎?!ここから離れろって聞いねぇのか?!」

カンナの声だ。

疲れ果てた叫び。

中に何があったの……?

「やはり、いらっしゃいましたね。お嬢様」

泉のような声が後ろで響いた。

「藍……あなたはどうして……」

まさか、私を待っているの?

「きっと来ると思ったので、この近くで待っていました」

藍は満足そうに微笑んだ。

でも、私はその親切な態度に警戒した。

「どうして、船に残ったの……?わざわざ私を牢屋から連れ出して、青石の秘密も教えてくれた目的は?そして、私の過去を聞き出して、アルビンに暴くのは、一体なんのために?」

藍は笑顔のままで目を細くして、目の前の扉を見つめていた。

「言ったでしょう、青石のためです」

「青石……?」

「確かに、姫様を守るのはわたしに与えられた使命でした。しかし、それ以上優先度の高いことが発生しので、青石のことを優先しなければなりません」

「青石のことを優先……ケンの呪いのことですか?」

そもそも青石は一体どんなものなの。

一晩中もその名を聞いていたけど、その真の姿がまだ分からない……

ただ、今の藍を見ていると、ある不思議な推測は頭の中から浮かび上がった。

「わたしの話を聞くより、ご自分の目で確かめたほうが早いでしょう」

藍はノブに手をかけた。

「最後に、もう一度確認しますが――真実を知りたいですか?いろんな意味で後戻りはできなくなります」

「ええ」

迷いなく頷いた。

もともと戻るつもりなんかない。

何かに呼ばれたような気がして、ここまできた。

その何かを確認できる前に、この旅を終わらせない。

藍は口元に意味深い微笑みを浮かべながら、ノブを軽く押した――すると、鍵のところに金属の壊れた音がした。


「どうぞ、ご自分の目でよくお確かめください」

扉が開いたら、藍は横に避けて、私の目線に道を開けた。

!!

一瞬意識が震えて、心臓が重く跳んだ。

血の匂い、濃厚な血の匂いがした。

目に入ったのは、黒い霧のような影。

部屋の真ん中に立っている船長ロードは、全身が黒い霧に纏われている。

彼の周りの床に、数人の海賊が倒れている。

海賊たちは体の一部が切られ、胸が貫かれ、どれも重傷で血まみれの姿。

そして、もう誰も息をしていないようだ。

思わず目を逸らしたら、部屋の片隅に緋色の女海賊――カンナがいた。

彼女は壁に背を持たせて、両腕で体を抱えている。

体の数か所に、服の赤と異なる赤色が染みている。

私たちを見ると、カンナは必死な表情で声を絞った。

「なんのために……戻ってきたの?クソ海賊どもの、無様な最後を嘲笑いに……?」

まだ少し五里霧中で、どう返事すればいいのか分からない。

ただ、マリオネットのようにつまらない質問を返した。  

「……何が、あったの?」

「見た通りよ、呪いで、狂った船長は……自分の手下を、皆殺ししたんだ……っん!」

カンナは小さな悲鳴を上げて、話が途中で切れた。

「以前、姫様に約束したことがあります。どんな悪人でも、簡単に殺してはいけません」

藍はロードを見つめて、平然とした顔で説明し始めた。

「ですから、先ほど呪いを彼から剝離するのを試しました。残念ながら、無駄でした。彼がかなり深く侵食されたので、もう正気に戻れません。彼を止めるには、徹底的に消滅するしかないです」

「徹底的に消滅……?」

「呪いとロード、両方とも、この世から消し去ることです」

藍は薄い笑顔でその答えを言い出した。

その表情に、寒さを覚えた。

今の最肝心なことではないけど、どうしても藍の話に気になる。

姫様と約束があったから、人を簡単に殺さない、まず呪いを剥離しようとした。

逆に言えば、藍はその気になったら、簡単に人を殺せるの……!?

「幸い、彼は海賊です。悪事を尽くして、そのような結末に至っても文句はないでしょう。彼の死に喜びを感じる人は悲しみを感じる人より多くいるでしょう」


藍の話を聞いたカンナは、ただ必死に息をしていて、何も言わなかった。

弟に殺されるよりも、弟が殺されたほうが……よかったのか……

ロードが手下たちのことをどう思っているのか分からないけど、カンナはほかの海賊がこの部屋に入るのを阻止しようとした。

雑魚海賊にも考えたこの姉貴は、弟が殺されるのを黙って見て居られるのか?

藍の話はもっとものことだ。

悪行を重ねた海賊は、殺されても同情に値しない。

だけど、仲間や親族での殺し合い、親族の前で殺されるような結末は、さすが運命の悪趣味としか言えない……


「青石……か」

こちらは行動を取る前に、黒い霧に纏われているロードは悪魔のような唸りを発した。

「くれ……そこにあるのか……」

ロードは足をゆっくり動かして、私たちに近づいてくる。

「お嬢様、背中を見せてはいけませんよ。すぐ狙われます」

本能で恐ろしさを感じて、背筋が小さく震えた。

「邪魔をするな……!!」

ロードの叫びと共に、その体から数本の黒風の刃が飛ばされ、急速的に私たちに襲ってくる。

!!

横に跳んで避けようとしたが、見逃れた一本の刃は肩を切った。

辛うじて避けたおかげで血は流れていないが、熱い痛みが肩を走った。

この瞬発力、この暗い感覚、人間の力ではない……

天使の聖跡を見た時も驚いたけど、今は驚きのほかに、恐怖さえ感じた。

強盗といい海賊といい、相手は同じ人間だったら、必ず弱点がある。不利な状況に落ちても、チャンスさえ掴めばなんとかなる。でも、目の前の黒霧と死体に囲まれている人は、まるで怪物、悪魔。頭の中で解決方法が見つからない、一体どうすれば……

!!

戸惑った一瞬、黒い刃はまた飛んできた。

数本程度ではなく、数えきれない刃は巨大な網の形になって私を狙ってくる。

――避けられない……

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