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03 共犯者への誘い

「大した薬ではないから、すぐ回復します。そんな目で睨まないでください。お嬢さんに危害を加えるつもりはありません。誓ってもいいです」

大した薬ではないのが分かる。

けど、その薬を使った時点で、彼はもう「善良の類」と無縁だ。

客室に戻ると、彼は私を椅子に座らせて、グラスにお水を入れて私に渡した。

「……」

グラスの中身を少し観察してから、一口を飲んだ。

「それでは、さっきの行動を説明してくれませんか?」  

体の麻痺がだんだん消えていくのを感じ、心を落ち着かせた。

「いい度胸ですね、お嬢さん」

彼は軽く笑った。

「僕の目は間違っていないようです」

「なんのことですか?」

きれいな顔に不可解な微笑みを浮べながら、彼は私に近づいてくる。

ひそかに肘掛を握った。

彼は手袋を抜いて、素手で私の右手を取った。

手袋の匂いのせいか、また一瞬のめまいがした。

「惚けないでください。貴女は『どれ』ですか?」

「……なにが『どれ』?」

「今晩、この船に訪れた面白いお客さんはたくさんいるでしょ?」

「あの十七か十八人の犯罪者のこと?」

「そうです。あなたはその中の一人ですね」

「あんなデタラメな話、信じるものではありません。それに、まるで私が犯罪者のような言い方をしたのですね。淑女に失礼と思いませんか」

「淑女、ですか」

青年は優雅な仕草で小さく噴き出した。

意味が分からないが……その妙な態度に気に入らない。

「まあ、本当のことを教えてくれれば、一応淑女でいらっしゃることを認めてあげますよ」

明らかに馬鹿にされた。

「初対面の淑女になんて失礼なことを……」

「これは賢明な判断です。お嬢さんはあの名簿を聞いた時、眉ひとつも動かなかったのではありませんか」

賢明は自分で言うことなの?

「何を言っているのですか?具合があんなに悪くなったのに、あなたも見たでしょう」

「あれは外の状況を確認するための演技です。僕の目にごまかせません」

頭に来た。


「私は忙しいです。暇つぶしの相手が欲しいなら、他の人にしてください」

足に力が入ったのを感じた。さっそく立ち上がって、扉に向かった。

「もう行くのですか?」

「名誉棄損への訴訟を検討しておきます」

「――フン、なかなか興味深いお嬢さんだ。女子は強いほうがいい。予想以上の強さはなおさらだ」 

!! 

突然に、彼の口調が変わった。

驚きで足が止まった一瞬、彼が真正面に回して私の顎を掴んだ。

その一瞬、ズキンと何かが頭に刺さった感じがした。

「気に入るよ」

低い声とともに、羽のような柔らかい触感が頬に落ちた。

!!!

その頭痛がしなかったら、彼の頸を斬るところだった……

「……罪状を、もう一つ増やしてやろか。このセクハラ野郎……」

拳を飛ばす衝動が胸に刺さる。

けど、理性でその衝動を必死に抑えた。

怒りで口調だけが変わった。

なのに、彼は私の暗い表情を見ていないように微笑で続けた。

「ただの挨拶です。気に障りましたらお詫びいたします。とにかく、座って僕の話を聞いてみたらどうですか。悪い話ではないと思いますよ」

……行動のスピードといい、顔の変化といい、こいつはただの無礼者ではない。

それに、その悪質な性格から推測すれば、要求を断った人に対して大した報復をしなくても、一つや二つのツヤバナシをでっち上げて、嫌がらせをするタイプだ。

うっかり痛目をつけたら、逆に面倒なことになるかもしれない。


「僕の名はウィルフリード・ガブリエル、フランディールからのものです。ウィルでいい」

外見は確かにフランディール人の感じ。でも、その名前は本名とは限らない。

「本名ではない、と疑っていますか?」

「言ってないわ」

「そのガイアナイトのような青い目に疑いが映しています」

「自分の判断を勝手に人に押し付けるのはあんたの趣味なの?悪趣味と言われたことはない?」

名前はともかく、人柄は「最低」に違いない。

私の怒りが伝わったのか、彼はふざけた笑顔を収めた。

「これ以上ご機嫌を損なうことをしたくないから、本題に入りましょう。まずは、お名前、教えていただけませんか?」

「……フィルナ、フィルナ・モンド。出身は、ローランドです」

少し躊躇ったけど、本名で答えた。

「月か」

彼は私の名前に含まれた意味をつぶやいた。

「では、月のお嬢さん、どうして一人であの島に行かれたのですか?観光にはまだ寒いでしょう」

「療養に」

「嘘ですね」

あっさりと否定された。

「あの島の温泉は有名です。この船に乗っている人たちもほとんど療養帰り。私もその一人で何がおかしい?」

ウィルフリードは再び近づいてくる。

危険な気配はないが、少し警戒を高めた。

彼はほどの良い距離で私の頸の匂いを嗅いだ。

「硫黄の匂いより、カモミールの香がします」

……仕方がない、変な探りを止めさせるために、「適当」に「本当の理由」を話そう。

「……薬を探しに行った」

「なにか病気に悩んでいますか?」

「あんたと関係ない」

「いいえ、あります」

 それはあんたが断言すること?

「これからお嬢さんは僕の『協力者』になりますから、お互いへの理解を深めるために、できるだけ詳しいことを聞かせてください」

「協力者?」

誰があんたみたいな不審者と理解を深める……

「お嬢さんは、三日月クレセントムーンではありませんか」

妙な言葉を言いながら、ウィルフリードはさらに私に迫った。

「クレセント、ムーン?新月のこと?」

「いいえ、稀世な宝物を狙い、貴族やコレクター、博物館を散々悩ませた盗賊です。けど、盗賊と言っても、礼儀正しいというかなんというか、盗んだものを返すという特別な習慣を持っているらしい。悪名の高さはトップクラスに入らないが、業界ではなかなか有名――貴女に一番似合う身分です」

「意味が分からないわ。なぜ私に盗賊の名が似合うの? 名前に月の意味がある人は全部盗賊だったら、この世の監獄はいくらあっても足りないじゃない」

「だとしたら話が早い。ちょうどそのような協力者が必要です」

私の反論を無視し、ウィルフリードはまた自分勝手に話を続けた。

そして、悠然とした顔が一変し、真剣そうに私の目を見つめる。

「オレはこの船の乗客が持っているとある『宝物』に目をつけた。手伝って欲しい」

盗賊はそっちのほうでしょう!


本当に呆れた。

盗みときたら、余計に真剣になっている。

やはり本業でやっているでしょう……

「貴女にもメリットがある」

「なんのメリット?」

「と、思っているが、それは何なのかオレにも分からない」

……馬鹿にしているの?

「貴女のことをしばらく観察してもらった。オレと同じ何かを探しているようだ。共に行動すれば、少なくとも情報収集の面でお互いに役に立つだろう。気が向いたら、オレは貴女のことを手伝ってあげるかもしれない」


何を観察してその結論を得たのか分からない……でも、その通り。

私も探し物をしている。

先日、サン・サイド島に着いてまもなく、「そのもの」の持ち主はこの船に乗って島を離れることを知った。

やむを得ず計画を変更し、急いで復路チケットの手配をした。

でも、情報収集の時間がなかった。

彼の助けなどはいらないが、情報収集が便利になれば一緒に行動するのも考えなくもない。

「相手」は理不尽で妄想好きな悪質盗賊だけど、私にはチャンスが必要だ。


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