二人の日々の暮らしが始まる。そこにはゆっくりとした時間が流れようとしていた。
『家族として迎えたい』
敬忠はその言葉を思いだす。自分でも不思議なくらい自然に出た言葉。その内容はあまりにも突然で大胆なものだった。出会って間もない娘にそんなことを言ってしまうとは。
同じ令和の人間が同じような境遇にあっていることに対して同情したのか。それとも単に、その技能に惚れ込んだのか、それとも――
首を振る敬忠。兎にも角にも一度口からでた以上は守らないといけない。
「そなたを、養子にする」
そう告げた敬忠。瞬はちょっと不思議そうな顔をした後に、静かに頷く。
「私には妻はいない。いたこともあったが、先立たれてしまった」
”令和の記憶”が蘇りし、直後敬忠は妻を娶っていた。この時代身分のある武家が妻帯しないのはあまりに不自然なことである。しかし、それもつかの間、わずか数年の後、病に伏せて亡くなってしまった。養子をとったのはその直前のことである。
「藩に掛け合って、そのあたりの手続きは済ましておく。他人同士の――まあ男女が一緒に住むのも変な話だからな」
その日二人は一悶着あった例の蕎麦屋、瞬の奉公先へと顔を出す。最初は喧嘩腰であった主人も敬忠が身分を名乗ると手のひらを返すように従順になる。無理もない町人にとって親藩の元家老など雲の上が如き存在であるだろうから。
(そんなに立派なものでもないのだが......)
あわせて、敬忠が持参した『心ばかりの持参金』に目がくらんだのか難の未練もなく瞬の身を預けることに同意する。舌を出す瞬。主人は金子のほうに夢中で一瞥もしない。
(金で瞬殿を買ったようでなにか、罪悪感があるな......)
その夜、夕餉の前に向き合う二人。
「手続きの方は問題あるまい。私の懇意にしているものが担当だ。よく取り払ってくれるであろう。ついては今後の生活についてだが――」
取り決め、という程のものではないが一つの提案がなされる。
生活費はすべて敬忠が負担する。さらに、敬忠が隠居した理由、つまり”ラーメン”を作ることにも協力してもらう。当然お互いに”令和”のことは他言無用、二人だけの秘密とする。
「瞬殿は”令和”では何か、食べ物に関する職業、をされていたのか?」
話の流れでそう問いかける敬忠。くすっと笑い、その質問に瞬は答えない。
なるほど。そうであるな。
敬忠は合点する。まだまだお互いの秘密を打ち明けるには日が浅い。自分自身も”令和では女性でした”などと言えるかと言うと微妙である。
その日の夕餉の食事。敬忠は目をみはる。
天ぷらである――寿司である。この世界にも両者は存在していたが、”令和”のそれとは趣が少し違っていた。
「たまには、”令和”を懐かしんでもよろしいのではと思いまして」
敬忠は天ぷらにそっと箸を伸ばす。根菜――旬のものをかき揚げにしたものだ。しゃくっといい音が口の中でなる。とてもほの温かい。タラの芽も混じっているようでちょっとした苦さが、とてもよいイントネーションになっていた。どうやらこれも手製の調味料がかけられているらしい。
今一つは、寿司。この時代の江戸にすでに握り寿司は存在していた。ただ”令和”のそれになれたものとしてはやはり雰囲気が違う。
そっとその一つを手に取る。その違いを懐かしむように――