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第13話 調合されし調味料

 うす暗い厨房。すでに外は暗くなりつつあった。しかしそんなことは言っている場合ではない。先程の調味料、とにかくすごい”旨味”をもった粉をどう作ったのか、敬忠の興味は尽きない。

「では、始めますね」

 まな板の上には乾燥昆布と鰹節を削ったものが少々。それに乾燥したしいたけの欠片も見える。どう見ても余り物の素材。これをどうしようというのか。

 無言で瞬は袖をまくり、備え付けの包丁を取り出す。構えたかと思うと小気味よい音が厨房に響き渡る。敬忠は目を疑う。硬い乾物を普通の包丁で――切り刻んでいるのだ。

「ご安心ください。刃はひとかけらも欠けさせませんから」

 僅かの間に、細かな粒に乾物は変わる。そして瞬は、包丁の柄をそっと敬忠にわたす。刃を月のあかりに照らす敬忠――間違いない。朝研いだときと同じ波紋がそこにはあった。

 小さなすり鉢でそれぞれの乾物をする。あえて混ぜないように三つの小さなすり鉢で。粉になった乾物を、丁寧にこれまた三枚の懐紙に丁寧に盛る。

「これだけですと単なる粉になった出汁粉です。しかし――この調合次第によっては」

 そう言いながら先程の巾着を開き、中の粉を薬指に付け口に運ぶ。

「失礼します」

 目を閉じ何やら集中する瞬。そして目を開くと、先程の懐紙の上の三種類の粉を手でつかみ、小さな瓶の中につまみいれる。

 ひとつまみ、ふたつまみ.......まるで薬を調合するように少しづつ。

 ある程度いれると、箸を瓶の中に突き刺し、その先をなめる。目を閉じると同じことを繰り返す。

 それが何度繰り返されたであろうか。うん、と大きく頷き、瓶を敬忠の目の前にそっと差し出す。

 是非もない。頷いてその瓶を受取り、同じようにそれをなめる。

「......?!」

 敬忠の舌の上に広がる”旨味”、それは明らかに先程のそれと同じものであった。

「調合の微妙なバランス、いや比率ですね。これは素材にもよるので、決まった数値をこれこれと言うことはできません。この巾着に入っている”完成済み”の調味料を元にしてその時々で調整する感じで」

 ぎゅっと巾着を握る瞬。目は遠くを見つめて。

「貧乏奉公では、何も手に入れることはできませんでした。その中で乾物のあまりとかを少しずつ集めて、それでなんとかひもじさをしのげないかなと。令和の世で聞いたことがあります。食材が不足している国では、旨味調理料でそれを保管しているという話も。栄養はありませんが、とにかく米の飯をたくさん食べる手助けとはなりました。アミノ酸系のグルタミン酸を含む昆布、核酸系のイノシン酸を含む鰹節、核酸系のグアニル酸を含む干し椎茸これらを微妙に調合することにより――」

「私は」

 敬忠は瞬の手を取り、言葉を向ける。

「”ラーメン”をこの江戸に作りたいと考えている」

 真顔でそう迫る敬忠。

「”ラーメン”......でございますか?」

 意外な言葉に瞬は驚きの表情を浮かべる。それに対しうん、と頷く敬忠。

「そのためには――あなたの能力が必要だ。どうであろう、私に力を貸していただけないだろうか」

 頭を下げる敬忠。慌てる瞬。

 この時代では考えられないような態度であった。

――この瞬間、ようやく江戸の”ラーメン”作りは一つの出発点を見ることとなった――


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