「わたしは、こういう技能をもっています」
そう切り出す瞬。先程までとは違い、再びこの世界の娘の表情で語り始める。
「そう、わたしがそのことに気づいたのは本当に物心がついたくらいの――ことでした。わたしはなぜか親から離され、見知らぬ家で奉公をさせられていました。あの令和の記憶がなければのたれ死んでいたかもしれません」
「苦労されたのだな」
瞬は無言で敬忠の言葉を受け止める。
「どうやら私の令和での仕事は料理に関するものだったらしく、食材を見ればそれに適切なレシピ――いや献立ですね、が浮かんできます。包丁さばきも、煮炊きも感覚的にこなせました」
「そこまでの腕がお有りなら、如何ようにも――」
首をゆっくり横にふる瞬。
「令和の時代でも中学生にもならないような女子に厨房を任せたりはしないでしょう」
「失礼、お歳は」
「今年で一五になります。数えで」
うん、と敬忠は頷く。この時代、金子をとって料理をお出しするような店の厨房に女子が料理人として入ることは難しいことは常識であった。無論、女将さんなどが料理を作ることは不思議な話ではないが、彼女の場合年齢的に考えても無理からぬ話である。
「最近はあの蕎麦屋の女中として働いておりました。正直、うんざりです。食べ物に全く興味がなく、ただ金儲けのみ。その金儲けすらまともにできないときている。御存知の通り、酒を水で薄めるのは当然のこととしても”水っぽい酒”ではなく、”酒っぽい水”を堂々と出す始末。無宿になるのは覚悟でもうあの店を飛び出そうと考えていた矢先――貴方様に出会うことができました」
姿勢をただし、頭を瞬は深々と下げる。敬忠は正直戸惑う。令和では高校生にも満たない少女に深々と頭を下げられるのは。
「どんな形でも構いません。こちらにいさせてはいただけないでしょうか。僅かなりとも。なにかのご縁と同情いただけるのなら」
少しの沈黙の後、敬忠は頷く。人道的に考えてもこの歳の少女を一人放って置くのは許しがたい。まして同じ”令和の記憶”をもった同志である。何かしら面倒を見ることは当然のことであろう。
「こんなところで良いのなら。好きなだけいるがよいでしょう」
少し驚いた顔をする瞬。次の瞬間、それは満面の笑みへと変わる。
「ありがとうございます!正直、断られたらどうしようかと――」
先程までの落ち着きはどこへ行ったのか、年相応の反応を示す。
「それにしても先程の膳はうまかった。あれも当然、令和の知恵というやつかな」
その言葉にさも得意そうに瞬は懐から先程の巾着を取り出す。
「何があってもこれだけは肌見放さずもっておりました。このようなときがいつか来るかとおもいまして」
敬忠は興味深そうに、その巾着を見つめる。
「自ら作った調味料と申したな。それがあのとてつもない美味しさを作り出したと」
瞬はその問いかけに頷く。
「厨房へ――百聞は一見如かずという言いますしね。言葉ではなく目でこのわたしの能力を見ていただきましょう。そうすればわたしがお側に使える価値も自ずと感じられるでしょうから」
敬忠はその言葉に同意して厨房へと足を運ぶ。心の中に色々な感情を抱えつつ――