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第5話「牙と翅」


威嚇の様に纏っている力の圧を強める鎧の魔族から、俺は手にしたベルゼブブに視線を移す。

『暴食』の魔装具・ベルゼブブ。それがこの武器の真の銘だ。

普段のあの状態……、バフォロスと呼んでいるアレは言ってしまえば鞘に納めて、力を制限している状態だ。

理由は単純に2つ。

1つ、普段からこの状態で使うにはあまりにも危険すぎる事。先程、攻撃を食らった後に鎧の魔族に牙を剥いたのも単純に解放した時の余波を軽く動かしただけでしかない。

そしてもう一つは………、


「………っ、ちぃ…………!!」


手にしたベルゼブブが俺の意思に反して、無数の真空の翅の刃と牙を生み出し、鎧の魔族だけでなく瓦礫と化した要塞全体を襲う。

ガタガタと暴れる剣を強く握り無理矢理抑え込もうとするも、それで止まることは無かった。

ベルゼブブの力を押し込めているもう一つの理由……、それは単純にこいつの力が強すぎて、今の俺では到底制御出来ないからだ。

過去に一度だけ暴走状態のコイツを力尽くで制御下に置いたことがあるが、その時は危うく腕が千切れかけた。

こんな状態でその辺の鞘に納めるなんて出来ないし、収納魔法に入れれば中からズタズタにされるだけだ。

故に、普段はバフォロスという偽りの名前と、特殊な加工をした竜の爪と鱗を鞘にして封印している。

力の余波がこちらにも襲いかかり、無数の切り傷と共に痛みが襲う。

俺は痛みに耐えながら召喚を発動する。対象は………、


「づ……っ、召喚サモン、フレスベルグ!!」


その名を呼んだ時、暴風が要塞跡全域に吹き荒ぶ。

やがてその暴風は大鷲の翼となって俺の背中に収束されていく。

俺は自身に宿った力を操作し、暴れ狂うベルゼブブの刀身を覆う。

すると、あれだけ暴れていたベルゼブブは暴走させていた力を徐々にではあるが鎮め始め、最後には完全に沈黙した。


「待たせたな、行くぞ…………!」


フレスの力で強引に制御下に置かれたベルゼブブを構え、フレスの歩法である縮地で一気に鎧の魔族の頭上に移動し、刃を振り下ろす。


「ガァアアアアアッッ!!!」


鎧の魔族は下手に斬り結ぶことはせず大きく後退して斬撃を避けると、雄叫びを上げながら両手の指先から立て続けに炎閃を撃ち放つ。

俺は避けない。いや、避ける必要もないとわざと立ち止まり、炎閃の雨を受け入れた。

炎閃は全て、俺の周りを旋回するように回転し、鎧の魔族へと狙いを変え襲い掛かる。


「―――――――?!」

「残念だったな。もう俺にその程度の炎閃は通じねえよ。」


一瞬の動揺を見せるも、鎧の魔族は岩の剣を生み出し、迫る炎閃を捌く。だが数発だけは防ぎきれず、身体を数カ所貫かれる。

フレスベルグの力の1つ、叛翼の風だ。

これを展開している以上、大抵の飛び道具は跳ね返され、通じない。

俺は再度鎧の魔族に接敵するべく、一歩踏み出そうとした。だが………、


「まあ、そう来るよな!」


足場が大きく揺れ動くのを察して、俺は上空へ退避する。

さっきの炎閃程度では叛翼の風を突破出来ないと察し、地嶽炎刃をメインに攻めの手を切り替えてきたのだ。

巨大な岩の刃が数枚、俺目掛けて高速で伸びてくるが、ベルゼブブを大きく振り抜くと、翅音を響かせその全て切り崩す。

地嶽炎刃を迎撃し終え、再び鎧の魔族に狙いを定める。

だが、眼前に巨大な手による貫手が迫り、俺はそれをベルゼブブで受け止めた。


「ぐ……………ぅ!!」


(重い………!)

力で押し返す事も出来ず、俺は受け止めた鎧の魔族の手を身体を捻って強引にその軌道を逸らし、再び縮地で間合いを詰める。

鎧の魔族は瞬時に飛ばした腕を戻し、赤熱する岩の剣で俺の攻撃を受け止めた。


「………炎閃を纏わせて威力と強度を上げたか。だが………!」


身体強化を更に加速させ、鎧の魔族の力を強引に抑え込んでからベルゼブブの力を解放する。

鎧の魔族がそれに合わせ足下で地嶽炎刃を発動させたが、それは無数の真空の牙に食い尽くされ、不発に終わった。


「―――――――ッ!?」

「そろそろ終わりにしようぜ、鎧野郎!!」


鎧の魔族を押し返し、地嶽炎刃を喰らい力を高めたベルゼブブに更に自身の魔力を食わせながら上段に構えると、ベルゼブブは翅音の様な不快な音を響かせながらその刀身を震わせる。

体勢を崩された鎧の魔族はすぐに持ち直し、俺を両断すべく、手にした岩の剣を振り上げた。


「―――――斬響・震烈。」


赤熱し、火を噴く岩の剣と全てを喰らう暴食の蟲の刃……

2つの強大な力が衝突し、要塞跡は爆炎と真空波によって完全に吹き飛ばされた。

爆炎と土煙が晴れ、そこには影が2つ。

俺は叛翼の風によって無傷のまま、鎧の魔族は上半身左半分を喪いながら立っていた。


「ガ、グッ………………!」


鎧の魔族は割れたバイザーの下の眼光を細め、呻く。

俺はトドメを刺すべく、その姿を見て止まる。

半壊した上半身、その奥に光る物を見て目を見開いた。


「アレは…………!そうか、そういう事か………!!」


鎧の魔族の力の正体に気付き、一瞬だけ躊躇うもそれを振り切り、心臓核を貫く為にベルゼブブを構え突進する。

本音を言えば、破壊はしたくない。だが何れにせよ、アレを放置することなど出来ない。


「斬きょ……………、ぐっ!?」


ベルゼブブを胸に突き立てようとした瞬間、横からの衝撃によって俺は大きく吹き飛ばされ、壁に拘束される。

身動き出来ないまま、自分を拘束する黒い左腕を睨んだ。


「…………爆発に紛れさせてやがったか。」


鎧の魔族は身体を破壊される直前、左腕をあらかじめ飛ばしていたのだろう。

そして、破壊したと思い込んだ俺が油断し、トドメを刺しにいくタイミング目掛けて射出し、俺を捕まえたのだ。

ベルゼブブの力を解放し、拘束する腕を破壊しようとした時、鎧の魔族の胴体部分前面が開閉し、凄まじい量の魔力が炎となって収束した。

発動準備状態のそれを見て、俺は忌々しげに言葉を紡ぐ。


「やっぱり、も使えるか……!」

「――――――――ッ!!!!」

「………仕方ない。暴走アウト―――――――、」


拘束する左腕を粉砕し、ベルゼブブの力を更に解放しようとした時だった。

更に魔力を収束させる鎧の魔族目掛け、上空から巨大な赤黒い雷が降り注ぎ、鎧の魔族の全身を撃ち抜いた。


「グ………ッ、オォォオアアァァァアアアアアッッ?!!」


突然の強大な威力の雷撃を受け、鎧の魔族もそれには耐えきれず断末魔を上げながら両膝を突き沈黙した。

俺は動きを止め、目の前に降りてきた黒髪の竜の少女に安堵の笑みを向けると彼女、ニーザは心配そうな顔でコチラに駆けてきた。

どうやら、向こうは片付いたらしい。


「アルシア、無事!?」

「何とかな。助かったよ、ニーザ。」


素直に感謝をすると、ニーザは微笑み………、それからすぐに大きく抉れた地面の中央、そこで沈黙する敵に殺気を込めた視線を向けた。


「それで………、こいつは?」

「お前のお陰で殆ど死にかけだろうけど、気を付けろよ。コイツはスルトの……!?」


言い切ろうとしたところで、鎧の魔族は光に包まれ一瞬にして姿を消した。

空間転移によって逃げたのだろう。

念の為、探知魔法で周囲を探ってみたが近くに潜んでいる様子も無い。


「逃げられたわね…………。」

「ああ。取り敢えず、一度帰投しよう、ニーザ。アイツの正体に関しては城に帰ってからだ。」


俺はベルゼブブに再び封をし、収納魔法にしまってからそう返した。




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