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第2話「血溜まりの中の願い」


大規模侵攻最終日……。

とある村も例に漏れず、暴走魔族の襲撃を受けていた。

嵐のように迫る暴走魔族の手によって村は完全に破壊されたものの、そこに住む者達の奮闘により僅かながら生還する事が出来た者達がいた。

生き残りはたったの3人。

2人の女性と、1人の男性………、

これは、送り出した者達が帰ってくる家を最後まで護ろうとした者達のお話。




◆◆◆


その村の長を務める者は2人いた。

双子の巫女であり、容姿は全くと言っていいほど同じだった。

腰まで伸びた金色の髪も、どこかあどけなさを感じる美しい顔も………、その両の眼に宿る、神を滅ぼす力の証である十字の紋様さえも……。


美しき巫女の一人は瓦礫の山と化した村の中央で、その膝に一人の男を乗せていた。

最後まで自分達を守りながら押し寄せる暴走魔族の群れを屠り続けた、付き人であり幼なじみであり、2人の姉妹が愛した大柄の男を。


3人に残された時間はあと僅か。

そんな中、怪我をした双子の巫女は愛おしそうに男の髪を撫で続けた。

やがて付き人は目を覚まし、自身の置かれている状況に気付くと、照れたように笑いながら2人を見あげた。

男は思う。

上手く………、笑えているだろうか、と。


彼が笑うと双子の姉は緩くだが微笑み返した。


「よく、頑張ってくれたな。」


姉の巫女は凛々しくも優しさを感じさせる声音で、残った片手で男の髪を愛おしそうに撫でる。


「貴方がいたから、私と姉様は最後まで戦う事が出来ました。」


姉に続いて、穏やかで柔らかい声音で、妹の巫女が苦痛を耐えた笑顔で男の頬に触れる。

付き人は立ち上がって2人を抱きしめたかったが、それは叶わなかった。

身体に深く食い込んだ竜の大きな爪が刻一刻と命を蝕んでいたから。


しかし、それは姉妹も同じであった。

姉の巫女は止血はしているものの片腕を失い、美しい顔には一筋の傷が右目を潰す形で縦に付けられていた。

妹の巫女の背中にも、身体を大きく抉る爪痕を残されている

3人ともただ生きているだけ……、あと10分と生きてはいられないだろう。


それでも、3人は心の底から笑った。

攻め入る異形の者を、村の者総出で殺し尽くした。

そうして、自分達を除いて全員が死んでしまった。

果たすべき役割をやり切ったと、満足そうに……。

巫女の膝に頭を預けながら、付き人は語りかける。

戦いが始まる少し前の事を思い出しながら………、


「長……、何を隠しているんだ?」

「……気付いていたのか?」


姉の巫女が目を丸くする様子を見て付き人は「ああ。」と頷く。

2人の巫女には特別な力があった。夢という形で、未来を知る力だ。

他の者はどうか知らないが、少なくとも付き人だけは彼女達が何かを隠している事を知っていた。

それが………、決して悪いものでは無いという事も。

妹の巫女がくすくすと楽しそうに笑うのを横目で見ながら、付き人は続ける。


「ガキの頃からの付き合いだからな。」

「だから言ったでしょう、姉様。私達は顔に出やすいから、みんな気付くんだって。」

「そうなのか………。」


気付いていなかったのだろう。姉の巫女は落ち込んだように目を伏せ、それを妹の巫女と付き人は一緒になっておかしくてまた笑った。

姉の巫女はそんな2人を軽く睨みはしたものの、隣にいる妹の巫女と頷きあってから2人一緒に大規模侵攻が発生した日の朝に見た夢の内容を話す。


「私達が死んでも、一族は終わらない。」

「遠く、遥か先の未来で私達の末裔少女が、私達のやり残しを討ち果たす、そんな夢を見たのです。」

「災い起こしと呼ばれている少年と、ファルゼアを守護する高位魔族と共に……」

「災い起こしの少年って………、戯神殿の話でしか聞いたことしかないがこの時代の子どもだろう?なんで………、」


いったい何故?と姉妹を見るも、2人とも困った様に微笑んで首を振った。

そこまでは分からない、という事なのだろう。

その後、姉妹は本当に嬉しそうに笑った。


「私達のやった事は無駄ではなかった。」

末裔その子は、遺産の全てを手にしていました。」

「っ、そう、か………!」


痛みも忘れて、デイビッドは僅かに身体を起こしかけて体勢を崩す。

起き上がれないのが本当に情けないが、それでも嬉しくて仕方なかった。

一族総出でやってきた事の全てが無駄ではなかったと知って。

そればかりか、始祖イヴから託された物の全てが再び1つに集うと分かって……。

これ以上ない嬉しさに微笑むも、それもすぐに終わり、彼は急に静かになる。

もう、終わりが近づいてきたのだ。


「………行くのか?」

「ああ、先に………行ってる。」


軽く咳き込み、最後にもう一度、付き人は微笑む。


「じゃあな、また後でな………。」


最後に2人に語りかけてからゆっくりと息を吐いて、付き人であり幼馴染である男が眠るように息を引き取る。

残った2人も覆い被さるように彼の身体を抱いた。


「私達も、すぐに行くよ……。」

「ええ、姉様と一緒に。だから……、」


喪われた物は多く、自分達に未来など無かった。

それでも、残せる物はあった。

大規模侵攻が始まる前、王都へ逃がした僅かな仲間達と、力を継いでくれた妹夫婦リアドール……。


悲しいし悔しい、辛いけれど、私達の役割は終わったのだと、目を瞑る。

血溜まりの中……、いつの日か、幼い頃の自分達によく似た少女に届くはずのない願いを託して、姉妹は同時に最後の言葉を漏らした。


『お休みなさい、最愛の人。』



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