ラヴァ・スライムの頭上に辿り着いた時、私はさっきの女の子、シギュンの言葉を思い出していた。
―――お姉ちゃん。もし、この先戦う中で苦しい場面があったら………戦う中で、
今がその苦しい時なのかどうか聞かれると、それは分からない。
確かなのは、私一人で戦えばまず勝てない事。別にそれはいい、分かりきった事だ。
でも、それよりも大変なのは……これをそのまま放置すれば、ドワーフの人達の村が無くなり、下手をすれば死人が出てしまう事。
必死だったとはいえ、私に脅されるような形で怯えながらも村の人達の避難を手伝ってくれて、その後に私の無茶を聞いてここまで飛ばしてくれたドワーフの人達。
どうせ自分達には使えないからと、あっさりととんでもない物をくれたゴドーさん。
私になにか……、力をくれた白い少女。
助けてくれたみんなの為にも、私は自分の出来る事を全力で成し遂げたい。
左手にイヴの聖杖を握り、言葉を紡ぐ。
「神術、起動。」
シギュンの言葉が、もう一度私の脳裏をよぎる。
信頼している誰か……
勿論、私はアルシアさん達を信頼しているし、尊敬している。
凄く強いのに、変なところで頼りないアルシアさん。
興味なさそうな顔に見えて、私が王都を出る前に時間が許す限り、稽古をつけてくれたフレスさん。
邪悪竜なんて言われてるのに、すっごく強くて優しくて、アルシアさんに全然素直じゃないニーザちゃん。
皆、尊敬してるし、信頼している。
でも……
――――その人っていうのは、きっと
初めて会った時から、ずっと優しくて私の事を護ってくれて、鍛えてくれた―――――
「召喚――――フェンリル。」
発動と同時に自慢の金色の髪の毛先が青く染まり、身につけた装備も氷で覆われていく。
白く輝くイヴの聖杖も先端が氷に包まれ、先端には氷の刃が生まれた。
(上手くいった………!)
発動した召喚が上手く発動した事に短く頷いてから、私は聖杖に力を乗せ、教えてもらった技を起動すると、自身の周囲に無数の氷の槍が生成されていく。
私は3人に念話で声を掛ける。
「準備が出来ました。いけます!」
◆◆◆
上空に現れたアリスの姿……、正確にはアリスの両眼を見ながら、「やっぱりか……」と呟く。
額にフェンリルの物と同じ紋章を浮かび上がらせた少女の瞳は両方とも金色に染まり、十字の模様が刻まれていた。
もしや、と殆ど確信に近い予感を抱いたのはアリスがニーザと腕試しをしたあの日、最後に使った技を見た時だった。
最後に放とうとしたあの槍、彼女はホーリーランスと言っていた――思い込んでいたようだが――が、アレはそんな物ではない。
何故なら、あの時の技は不完全ながら神術の形をしており、それには俺がフリードの神の刻印を
アレは間違いなく俺とは違う性質だろう。
そして、アレが今のラヴァ・スライムにとっては、何よりも脅威であることには変わりない。
ラヴァ・スライムが身体の一部を槍のように尖らせてアリス目掛けて放つが、インドラの力で跡形もなくそれを消し去る。
「……邪魔すんなよ。」
『アルシア、巻き込まれる前にそろそろ下がれよ。』
『分かってる。後は任せたぞ。』
念話に短くそう返し、その場から距離を取るのと同時に、ニーザが作り上げた神術の威力ブーストを掛ける巨大なゲートがラヴァ・スライムの上空に展開される。
『アリス、行きなさい。』
『はい!』
アリスがニーザの呼び掛けに応えるのと同時に、上空に展開されていた無数の氷の槍が降り注ぎ、俺の作り出したゴーレムごとラヴァ・スライムを串刺しにして凍りつかせた。
スライムは俺の作り出したゴーレムを取り込み再生と強化を図ろうとするも、出来ない。
無駄だ。アレは……アリスが放った氷の槍はそんな事など許さない。
神術であるのは勿論、恐らくは
少しだけ離れたところで、俺は待機した。
何かあった時の為にだ。
俺はアリス、ではなく……戦友であるフェンリルを見て笑う。
やはりと言うべきか、自分が気にかけた少女が同質の力を持ち、大事な場面で自分の力を選んだ事を嬉しそうにしていたからだ。
全ての槍がラヴァ・スライムに撃ち込まれ、フェンリルとアリスは頷きあって同じ言葉を紡ぎ出す。
「
アリスの眼下………、ニーザの作り出したゲートを通じて膨大な量の冷気の奔流がラヴァ・スライムと拘束していたゴーレムを襲う。
「ぎ…………お………ぉ?!」
断末魔をあげようにも、身体の内側から凍りついていく為にそれは叶わない。
苦し紛れに身体の一部を刃物の様な触手に変えて伸ばそうにも、それは伸ばした先から凍てつき朽ちていく。
足掻き苦しみ蠢くも、遂にはその山の様に巨体も動きを止め、芯から凍りついた。
しかし、それでもアリスは止まらない。
アリスは落下しながら魔法陣を作ると、それを蹴り飛ばして落下する速度を上げ、召喚で纏っていたフェンリルの力を全て拳に集約させて振りかぶりラヴァ・スライムの頭部に肉薄した。
そして、その拳を全力で叩きつける。
「
アリスがそう叫ぶのと同時に、拳を叩きつけられたラヴァ・スライムは大きな音を立て、粉々になり崩れ去っていく。
俺は1人、安堵の息を吐く。
分裂する気配も、再生する気配も無い。
マグジールの持ち込んだ災害は完全に沈黙したのだった。