マグジールを呑み込んだ巨大なラヴァ・スライムは村へと進み出した。
暴走したスライムが本能で村を破壊しようとしているのか、それとも取り込まれたマグジールの意思による物なのか……、それは分からないが、ただ一つ分かっている事がある。
「止めるぞ!アルシア、アリス、ニーザ!あれを野放しにすればヴェルンドの村が呑み込まれる!」
「分かってる!!」
フェンリルの言葉に、俺は鎖を出しながら答えた。
(バニシング・フィールドで…………、いや、駄目だ!)
………バフォロスを使えばたしかに奴を一撃で消し去れる。
それはあの厄介な神衣を纏っていようとも変わらない。
纏っている神衣も、スライム固有の厄介な能力も意に介することなく葬る事が出来る。
だが、それをやるにはかなり力を食わなければならないし、何より周囲にも甚大な被害が及ぶ。
火山地帯でそんな物を使えばヴェルンドの村にも影響が出てしまう。
奴の力を喰らうだけならともかく、バニシング・フィールドは使えない。
それならばとアダムの書も起動しようとした時だ。
その時だった。
「待て、汝ら!!」
フェンリルの叫ぶ声と同時に、背後から大量の魔法がスライムへと放たれた。
村にいた冒険者や、ドワーフ達による攻撃だ。
魔法はスライムの身体に直撃して、その身体を吹き飛ばして削っていく。
神衣は発動していない。恐らく、あえて使わずに食らったのだろう。
スライムの破片はバチャバチャと音を立てて地面に落ちていった。
それを見たフェンリルが背後で舌打ちをするのが聞こえる。
明らかに厄介な事になるのが確定したからだ。
「オオオオオオオオオオオ!!」
攻撃を受けたラヴァ・スライムは再び大きな咆哮を上げ、それを聞いた冒険者、ドワーフ達が歓声を上げる。
「効いてる……効いてるぞ!!」
「はっ!何が神の力だ、クソッタレが!俺達の力を見せて―――――」
「馬鹿野郎!攻撃するなっ!!」
呑気に喜ぶ冒険者とドワーフ達に、俺は本気の怒声を浴びせた。だが、彼らは何の事か分からないとばかりに首を捻る。
俺は被害を最小限にするべく、彼らの前に出た。
(クソ、ドワーフまで平和ボケしていたか!)
「小僧、一体何言って………え?」
異変はすぐに起きた。
本体から抉られ、地面にばら撒かれたラヴァ・スライムの破片がひとりでに蠢き、それらが小さなラヴァ・スライムへと変わっていったからだ。
特級スライムが持つ特性に、分裂という物がある。
その名称通り、その肉体を切り離して、新たなスライムとして誕生させる能力だ。
質の悪い事に、本体の能力をある程度引き継いで………。
それを見て、慌てた冒険者やドワーフ達が魔法を撃っていくが、今度はその魔法はスライムの身体に触れる前に消失していく。
「く、くそ!魔法が効かねえ………!」
「お、落ち着けお前ら……、なら武器で……!」
混乱しながら小さなラヴァ・スライムへと間合いを詰めるが、そんな精神状態で小さいとはいえ特級魔族に勝てる訳がない。
死にはしてないが、次々と返り討ちにあっていく。中には負傷者まで出ていた。
助けてはやりたい。だが………
「ちぃっ!!」
本体のラヴァ・スライムが放つ触手をインドラの雷を纏わせた鎖で吹き飛ばし、ドワーフ達に襲いかかる小型スライムをバフォロスのモヤで平らげ、迎撃していく。
先程からずっとこの繰り返しだ。
これでは救助など出来るわけがない。
フェンリルやニーザも別のポイントで散らばったスライムの迎撃にあたっているし、こちらには来れないだろう。
クロノスの力で一時的に閉じ込めるか………、そう考えた時だった。
「光神の囁き《ライト・ウィスパー》 。」
アリスが片手を前に突き出し、柔らかな声でその単語を紡ぎ出すと、アリスを中心に無数の光球がスライムの群れ目掛けて発射された。
それらがスライムに着弾すると同時に、キンッという冷たい音が響き渡り、スライムの悉くが跡形もなく消し飛んでいく。
「すまん、助かった。」
俺は一度、クロノスの空間操作で大きな障壁を作り出してラヴァ・スライムを足留めし、アリスの背後まで後退する。
「いえ。本体の足留め、ありがとうございます。アルシアさん、私は一度、彼らと一緒に村まで後退しますがいいですか?」
「頼む。奴の対処法はその間に考えておく。……とてもじゃないが全員の面倒を見ながらコイツの相手なんて出来ないからな。それと、アリス。バフォロスに手を当てろ。」
「はい。」とアリスは頷いて、俺の握っているバフォロスに手を置いたので、バフォロスが食らった神力をアリスに分け与えた。
「……ありがとうございます!」
「ああ。だが体力までは回復出来ない。過信せず、一旦後退したら村で少しだけ休んでくれ。その間に俺達で何とかする!」
俺がそう言いながら、空間隔離を強引に砕いて中から出てきたラヴァ・スライムに鎖を巻き付けて拘束する様を見た後、アリスはドワーフ達を連れて村へと撤退していった。