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第30話「賢狼フェンリル」


冷たく微笑んだフェンリルが片手を上空に上げると、彼女の周りには氷で作られた鋭い槍が幾つも生まれ、それらはアークリッチー目掛けて射出される。だが……


「……ふん、この程度か。」


アークリッチーはそれを事もなげに手にした朽ちた杖で打ち砕き、槍の破片は辺りに散らばっていく。それを見て、フェンリルは愉快げに微笑む。


「ほぉ、流石にその程度は出来るか。」

「そういう貴様はこの程度か。魔狼フェンリルなどと持て囃されてるのだから、どれ程の強さかと思ってみれば……期待外れもいい所だ。所詮、本来の在り方に気付いた魔族の前では、人間に尻尾を振る高位魔族など何の脅威でもない。」

「ご期待に敵わぬ様で申し訳ないの。さて、続きじゃ。今度も上手く砕けよ?」

「馬鹿の一つ覚えだな。無駄だと言うのが分からんか?」


フェンリルは氷槍を更に数を増やして投げ放つも、アークリッチーはそれさえも事も無げに打ち砕いていく。

一つも当たらない事に背後のアリスが不安からか、俺の服の摘んで問い掛けてくる。


「アルシアさん、加勢しなくていいんですか?お二人なら………、」

「………ん?ああ、大丈夫だよ。フェンリルもアレ、わざと壊させてるだけだし。」

「え、わざと?」

「まあ、見てなって。」


アリスを安心させる様に言いながら、俺は視線を目の前の戦いに向ける。

フェンリルは相変わらず余裕の笑みのまま、氷槍をいくつも投げつけ、対するアークリッチーはそれを砕き続けている。

少ししてフェンリルは槍の投擲を止め、アークリッチーは余裕の雰囲気を醸し出しながら杖を突きつける。


「いい加減、立って戦ったらどうだ。そうすれば、少しでも勝機は生まれるかもしれんぞ?」

「妾を立たせてみたければ攻め込んでみせよ。先程から攻撃すら出来ていないではないか。」


アークリッチーの挑発を無視して、フェンリルは変わらずソファーに座ったまま、頬杖をついて氷の槍を顕現させる。辺りには砕かれた氷が先程よりも多く散らばっていた。

アークリッチーはそれをまるで気にも留めず、再び杖を構えた時、宮廷魔導士達が動き出した。


「放て!!」


その言葉と同時に、宮廷魔導士達の無数の魔法が雨霰とアークリッチーに降り注いだ。


「ちっ!」とアークリッチーは舌打ちし、着ているボロボロの外套を振り回してそれらを跳ね返し、宮廷魔導士達を撃退。フェンリルの放った氷の槍を、再び杖で打ち砕いていった。


「あの外套、反射膜リフレクトウォールの術式を縫い込んでいるのか……。」


反射膜は相手の放った魔法をそのまま跳ね返す魔法で便利ではあるのだが、如何せん準備に時間が掛かるのが難点だ。

予め戦闘前に発動して維持する手もあるが、それだと戦闘中に使える手が一つ減ってしまうし、飛んでくる魔法にしか効果は無い為、それを使わずに身体強化をかけた身体で肉弾戦に持ち込まれたり、魔法以外の飛び道具で攻め込まれたりしたらそもそも発動すらしないので、あまり良い手とも言えない。

あのアークリッチーはその辺の欠点を考えた上で、魔力を流し込むだけで反射膜を展開できるように組み込んでいるようだ。

悪くない考えではある。

ただ、その弱点も今露呈したが。


「ほう、反射膜を仕込んだ外套か。ならば妾の槍も跳ね返せば良かろうに?それとも………その程度の反射膜では跳ね返せないか?」

「……奴らとタイミングを合わせたか、ふざけた真似を…………ならば。」


否定をしない辺り図星らしい。

アークリッチーはそう言うと、初級魔法の火球ファイヤー・ボールを作り出した。

しかし、アークリッチーの生み出したそれは火球というよりも、上位種であるフレア・ブラストのレベルであったが……。


「貴様程度の槍、この城ごと焼き払えば済むだけだ。さらばだ、魔狼―――、」

「グオォオオオオッ!!」


放とうとしたところで、バフォロスの青いモヤがアークリッチー目掛けて襲いかかり、その火球を喰らった。


「ちぃっ!!」


バフォロスのモヤが、その顎を今度はアークリッチーに向けるが、アークリッチーは慌ててその場から飛び退いて距離を取る。


「………暴食の魔装具か!」

「全然空腹だぞ、コイツ……。この程度でフェンリルより上だと思い込んでるのか。さすがに可哀想に思えてくるな……。」

「何だとっ!」


何やら色々と喚き始めたが、俺はそれを無視してバフォロスが喰らった魔力を解析する。

最後の一撃は避けられたが、一応の目的は済んだし、調べたい事も今調べられた。

俺はバフォロスを収納魔法に仕舞い、フェンリルを見る。


「つか、お前の魔力を吸って青い狼のモヤになっちまってるじゃねえか、フェンリル。」

「汝がいつまでも寝ているから、妾の魔力を与えて誤魔化していたのだ。強い鞘が付いたと考えれば問題なかろう?」

「……言われてみればそうか。」


アークリッチーを放っといて軽口を2人で叩いていると、ヤツは「貴様ら……っ」と憤りを隠しもせずに呟く。

だが、俺も出てきたところで同時に焦りを見せてもいた。


「…………、災い起こしまで相手では分が悪い。ここは一度退くか……。退け、小娘!」

「ひっ!?」


アークリッチーは撤退するべく、瘴気を右手に纏うと、目前にいる宮廷魔導士の少女に貫手を見舞うべく突き出した。

しかし、ザンッ、と何かを斬り裂く鋭い音が部屋に響く。

その突き出した腕は少女の心臓に届く前に、床から生み出された絶対零度の氷の刃に斬り落とされ、床に落ちると同時にそれは跡形もなく粉々に砕け散った。


「うわぁああぁぁああああ?!!」


腕を無くして生まれた激痛による悲鳴が部屋中に響く。

やがて、アークリッチーはゆっくりとフェンリルの方へ顔を向け、髑髏の奥に輝く、憎悪に染まった目で睨みつけた。


「………貴様ぁっ!!」

「アルシアも言っておったろう?あの程度で妾の上を行ったと思い上がっている貴様が悪いと。」


アークリッチーの怨嗟の叫びを聞き流し、フェンリルは相変わらずの姿勢のまま、更に氷の槍を撃ち出す。


「ぐうっ!?」


撃ち出された槍を、激痛によって先程の余裕を出せない中、何とか握った杖で全て叩き落とすと、アークリッチーは錫杖を頭上に掲げて、先程とは比べ物にならない程の火炎を作り出した。

今度こそフレア・ブラストのそれだ。それも炸裂すれば、この城の半分は消し飛ばすほどの。


「………止めよ。その程度の児戯、もう飽いたわ。」


だが、フェンリルはその顔を心底つまらなさそうな表情に変えると、その火球ごと腕を氷漬けにしてみせた。


「―――――――は?」


アークリッチーの心底絶望した様な声がその口から漏れた。

彼の出せる中では最大級の威力だったのだろう。

それをフェンリルは炎であろうと何の苦も無く丸ごと凍て付かせて止めてしまったのだ。

最早戦う気力すら失せたらしい。

そのまま後ずさろうとして……、動けない。

アークリッチーは恐る恐る自分の足元を見て驚愕した。


「な、何故………!いつの間に!?」


その足は膝まで凍りついて動けなくなっていた。

いよいよアークリッチーの焦りは恐怖へと変わっていく。


「いつも何も、貴様が妾の槍を砕いたのだろう。そら、まとめてくれてやるぞ?」


フェンリルは再びその手を敵対者へと向けると、部屋中に散らばった氷の破片が手を向けられた先、アークリッチーへと向かっていく。


「や、止めろ!止めてくれ!!が、ぐあぁぁああ?!!」


アークリッチーが命乞いの言葉を叫ぶが、鋭い氷の破片は凄まじい速さで奴の全身を貫き、ゆっくりとその身体を凍りつかせていく。

フェンリルは僅かにその双眸を細め、凍りついていくアークリッチーを眺める。


「貴様は妾の前で間違いを犯した。言ったはずだ、妾は無闇に人を殺さぬと。」

「あ、ああ、そうだ。現に貴様は今、一人も殺していない!それに俺は貴様らの遥か下の存在の魔族だ!人を襲う事など当たり前だろう!!」

「そうじゃな、貴様の言う事に間違いはない。」

「だったら…………………っ!」

「じゃが、」


その声を遮るようにフェンリルが口を開くと、更に破片がアークリッチーの身体を覆っていく。


「貴様は知っているはずじゃ。妾は人間を無闇に殺さない。しかし、それは……。」


集まった氷の全てがアークリッチーの身体に貼り付くと、それら全てが溶け合って一つの氷塊へと変わっていく。無事なのは恐怖に歪んだ頭部だけだった。


「あ、ああ…………!?」

「そして………、今の人間では立ち向かえない困難を排するのも、妾の役割じゃ。」


アークリッチーは断末魔すら上げることも許されず、頭部までも氷に覆われ、宙に浮いていく。


「絶対零度の檻にて圧し果てよ。」


ただの氷塊と化したアークリッチーを見たフェンリルは突き出したその掌をゆっくりと上へ向け、呟く。


冰潰牙牢クラウ・リズン


そして掌をぎゅっと握り込むと、その大きな氷塊は一瞬にして米粒程に小さく圧縮され、最後には跡形も無く消え去った。

あまりにも呆気ない終わりにアルシアを除いて全員が唖然とする中、フェンリルはその右手を膝に置き、最後には全員を見渡して穏やかな表情で、何事も無かったかのように微笑んだ。


「誰も、死んではおらぬな?」

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