「魔族が……元々は人間?!」
動揺する全員を落ち着かせるために、俺は言葉を付け加える。
「一応言っておくが、ある日いきなり、魔族に姿が変わるとかそういうんじゃないから安心してほしい。………ここファルゼアで死んだ命。その全ては一度、必ず地界グレイブヤードへ向かう。生きている者誰しもが必ず持つ負の念を落とす為に。削ぎ落とされた負の念は肉体として再構成され、そこにグレイブヤードの管理者の力を核として埋め込まれ、自我を持ち、新たに一つの生命として誕生する。それが魔族の正体だ。」
「じゃあ、フェンリルさん達は……」
恐る恐る、アリスが言いながらフェンリルを見るが、俺はそれを否定する。
「彼女達は違う。高位魔族は特殊な生まれだ。他の魔族の様に自然に発生した存在じゃない。たとえば、生まれた一匹の下級魔族が戦い、成長して超級魔族や特級魔族にはなれるが、高位魔族にはなる事はない。高位魔族はあいつ……、ロキと共にグレイブヤードを管理し、ファルゼアを守護する為に生まれた特別な存在だ。そんな彼女達の役割だが………この中にいる者の中で誰か、特級魔族で実際に見たものは何か教えてくれるか?」
その答えには近衛師団が手を挙げて答えた。
「ヒュージスライムやワータイガー、ブラックゴーレム……あと、キングトロールです。」
「ドラゴンやリヴァイアサン、アークリッチーを見たことは?」
「資料や伝承、お伽噺ならば……」
「あの2人が生きてるのは確認できるのに、連絡がつかないのはそういう事か……」
ここに来る前、フェンリルを通じて念話を試みたが、それは失敗に終わっている。
ただフェンリル曰く、感じる波長から無事である事は確認出来ているし、向こうもこちらが封印から目覚めた事は感知しているようだ。
「あの、アルシア殿……、この質問はどういう……?」
「今言ってくれた中で特級魔族はいない。ブラックゴーレム、キングトロールは上級。あとは全て中級魔族に分類される。それと、残酷な事を言うがブラックゴーレムもキングトロールも上級では一番弱い存在だ。」
その言葉に騎士達が一斉に青褪めた。
恐らくだが、今まで命をかけて戦ってきた相手なのだろう。
「あれで……弱いのですか?」
「残念ながら。その上で聞くが、何故誰もそれより強力な魔族を見たことが無いと思う?」
「存在していないからでしょうか?」
その言葉にゆっくりと頭を振る。もしそうならば、どれだけ優しい世界であってくれるだろうか。
「そいつらを倒して回ってる奴らがいるからだ。少なくとも、このファルゼアでとんでもなく強い奴ら2人がな。」
「………まさか。」
何人かがこの言葉の意味を理解して目を見開き、そしてフェンリルを見た。厳密には彼女ではないが、その考え方は間違ってはいない。
「そう。現時点で踏破出来ない魔族を狩り、人類を守護する者……それが高位魔族の役割。彼女達はそうやって生命のサイクルを護っている。そして、俺達人間が戦う魔族とは、生命が生きていく限り、避けようが無い罪を罰として、試練として与える者達だ。そうした過程の中で、人は学び、成長し繁栄してきた。」
言葉足らずな部分はあるが、魔族の本来の在り方を聞いて、この場にいる殆どの人間が信じられない、という様な顔をしていた。
その中でディートリヒが手を挙げ、ある質問を投げかける。
「それでは、フェンリル殿達がかつての大規模侵攻で魔族達を倒していたのも……」
「そうじゃ。人が人では乗り越える事の出来ない禁忌を犯した故、我らは動いた。あやつの……ロキの最後の頼みでな。」
そう言って、フェンリルは宙に目をやり、そこに自身が見た記憶を投射した。そこにはよく見知った顔が3つと、懐かしい顔がいた。