あの後、フリードの視力が戻ったという事で主治医まで来たり、手の空いてる兵士や他の王族が雪崩込んだりと、その流れで本来の目的である話は翌日へと持ち越しとなった。
俺もフェンリルも、今すぐどうにかしなければならない事態ではない事は分かってるので、無理にでも本来の目的を話そうとするフリードをやんわりと宥めて、祝いの席という事で出された食事、風呂を堪能……しようとして出来なかったりしながら、用意されたやたら豪勢な部屋で眠りに就いた。
アリスやディートリヒも同様に、それぞれ個室を充てがわれてたらしい。
翌朝、2人とはすぐに昨日の来賓室で合流する事が出来た。
まあ、問題は俺がフリードの眼を治したことがあの後、城や城下町に一斉に広まったらしく、町の方は知らないが、城の内部ではすれ違う兵士や貴族達にもの凄く持て囃されるようになった事だが。
「居心地が悪そうじゃのう、アルシア?」
「………慣れないんだよ、たかだか目を見えるようにしただけで。」
「まあ、1000年前のファルゼアでの汝の扱いは真逆じゃったからな。」
「そういうこった。」
「よいではないか。誰かを助けたのだから、この扱いでも。」
そうかよ。と言ってそっぽを向くと、隣からは相変わらず楽しそうに笑う声が聞こえる。
「おはよう、皆!昨日はよく休めたかな?」
フェンリルからバツが悪くて顔を逸らして誤魔化していると、フリードが大臣らしき人物と、学者、宮廷魔導士や兵士など、大勢を連れて朝から元気そうに現れたので、そちらの方を見る。
テンションが高いのは、やはり失った視力を取り戻したのが嬉しいのだろう。
「お陰様で俺達はな。まあ、アリスはそうでもないらしいが。」
からかう様に笑うと、アリスは恥ずかしそうに目を伏せた。
「どこか身体の具合いが悪いのか、アリスよ?」
「い、いえ!そうではないんです、ただ………」
「……ただ?」
「お城で眠るなんて事、全然あると思ってなくて、緊張して眠れなかった……って、何で笑うんですか!」
フェンリルとアリスが微笑ましいやり取りをするのを全員で眺めつつ、フリードは本題に入る。
「そろそろ、本題に入ろうか。」
「大規模侵攻について、だよな?」
俺の問いにフリードは頷く。
あんな話をしたのだ。別の要件なんていうのはあるまい。
俺は少し考えて、条件を付けることにする。
「いくつか条件がある。まずはグレイブヤードとの繫がりを必ず確立させてほしい。分かっているとは思うが、あいつらは………、」
「勿論。ただ、申し訳ないんだけど、これはアルシア達にも協力してほしいんだ。何度か試みているんだけど、コンタクトが取れなくてね。」
「分かった。」
俺達は眠っていて知らなかったが、あの2人は例のデタラメな話については知っているはずだ。
となると、無用な混乱や争いを避けるべく、あえて人と関わる事を避けているのだろう。
どのみち、あいつらとは合流しなければならないとは考えていたので、協力する事にはなんの問題もない。
襲撃してきた魔族の件も、あの2人ならば何か知っているかもしれない。
「分かった。なら、2つ目。一応最後のお願いだ。今から言う奴らに関しては、事実上の戦争を終わらせた立役者としてちゃんと伝えてほしい。」
「その相手っていうのは?」
「当時の王国騎士団長、アルバート・ミュラー。宰相のニコライ・レーヴィット。それと最前線で魔族と戦っていた者達だ。彼等がいなければ、大規模侵攻で人類は間違いなく滅亡していた。」
その言葉にフェンリルは頷く。
フェンリル達と合流して各地の魔物を倒していた時、ニコライは俺にある物を託した上で、城下に出てまで負傷者の救護活動を率先して行っていたし、アルバートは王国軍と義勇軍の両方をうまく率いて、王都を守り抜いていた。
彼らがいなければ、ファルゼアは今日まで残っていない。
「その2人というのは、この2人の事かな?」
そう言って彼はやけに古びた一冊の本と紙切れを俺達に見せた。
何故か悪戯っぽく笑うフリードに首を傾げながら、俺とフェンリル、アリスの3人は見せられたその2つを見て、驚いた。
「これは…………!」
そこにはそれぞれ、書いた人物は違うようだが、俺やフェンリル達3人の高位魔族、そして魔王と呼ばれたあの男について、断片的にだが書かれていた。
だが、俺が驚いたのはそこではない。
その筆跡に見覚えがあったからだ。
どういう事かと聞こうとしたところで、アリスが先に想像していなかった事を口にした。
「これ………、私の住んでいる村に保管されている物と同じ筆跡だ……。」
「………アリス、それは本当なのかね?」
今度はフリードやディートリヒ達が驚く番だった。
アリスは2人の反応に戸惑いながらも、その話を始める。
「は、はい。断片的な物だったんですけど、ここに書いてあることも書かれていましたし、筆跡も同じです。でも、どうして………、」
困惑するアリスと、彼女の村に保管されている物について更に詳しく聞こうとするフリード達を見ながら、俺とフェンリルは頷き合う。
見間違えるはずもない。この筆跡はアルバートとニコライ、2人の物だ。
あの2人の事だ。恐らくだが、大規模侵攻が発生する前にこれを用意し、終結後にこれを各地にばら撒く様に手配したのだろう。
俺達が謂れのない罪を着せられ、こんな事態になる事を予見して……。
「死ぬほど大変だったろうに、あいつら……、人の心配ばっかりしやがって………。」
もういない2人の故人に向けて、俺は一人静かに黙祷を捧げた。