アリスがきょとんとした顔をしている。
たしかに、これは当事者でないと分からない話でもあるので仕方ないだろう。
「ああ。色々と説明したいが、どうにも俺達が思ってる以上に面倒な事になってるらしい。」
「それで、どうしてそのバフォロスさんを出すのですか?」
「こいつは普通にバフォロスと呼べばいい。食いしん坊で我儘……いってぇな畜生!」
バフォロスがモヤを出して殴ってきたので文句を言うが、主人を舐め腐ったこの剣はやはり「知ったことか」と言いたげにそのモヤを引っ込めて沈黙する。
「くそ、マジで圧し折ってやろうか、この野郎……」
「止めぬか。それよりも、バフォロスが消化し切る前に調べぬよ。」
「………分かってるよ。」
溜息を吐きながら、バフォロスの柄を握り、アリスを襲ってきたという魔族達の魔力の質を調べる。
目を瞑り、バフォロスの内側に意識をダイブさせると、先程食われたらしい夥しい数の魔族の悲鳴が聞こえてくるが、それらを顔を顰めながら無視しつつ、魔族の種類を見ていく。
「スライム、オーク、ゴブリン、コボルト、ゴースト………トロールにリッチー、ワイバーンか……。」
それらの魔力を記録魔法で複写し、バフォロスの内部から意識を浮上させ、目を開く。
そのまま、複写した記録を2人に見えるように空中に映し出した後、先程見た魔族達の通常の状態、そして1000年前に念の為にと回収した暴走魔族の記録も映し出して、演算魔法で手早くその差異を書き出していく。
「アルシアさん、これは?」
「バフォロスがさっき喰い漁った魔族達の魔力と、1000年前の暴走魔族の魔力、それと、俺が知ってる時期の通常状態の魔族の比較数値だ。同じ魔族の種類でも個体差があるが、それぞれの平均値で出してるから、殆ど正確な差異で出せてるはずだ。」
通常時の比較数値から、残りの2パターンを見比べる。
すると、それを見ていたフェンリルが口を開いた。
「たしかに、1000年前とアリスを襲った魔族の魔力パターンは幾らか一致しておるな。」
「ああ。だが一部のパターンが明らかに違う……。たぶん、そこで転がってるキングトロールと同じだろうな。」
今度はキングトロールの死体から魔力数値を引き出して、同じ様に比較数値を書き出していく。
キングトロールはあの時……、大規模侵攻に於いても戦っている。
あの時のキングトロールと、こいつの差異は間違いなく一つだけある。
確信を得る為に、俺はアリスに聞くことにした。
「アリス。襲われた時の事だが……」
「はい。」
「そいつ等、理性とかはあったか?」
「………ありました。連携は取っていましたし、私がトロールの心臓をフォトン数発叩き込んで破壊した時も、怯えて逃げていきましたし……。」
「……今、サラッとエグい事を言ってた気がするが……まあ、いいか。なら、それでこの差異は説明が付く。」
大規模侵攻時の暴走魔族と、ここを襲撃する為に来たであろう魔族の違い。
それは理性を持った上で、大規模侵攻時に近い状態の魔族になっていた事になる。
そんな中で暴れ倒して持ち堪えたアリスも中々だと思うが、話の論点はそこではない。
「大規模侵攻時に近い強さで、理性を維持した魔族………。ここを襲撃したのは、偶然と思うか?」
当事者であるフェンリルと、何となく事態を察しているアリスが俺の問いに対して、殆ど同時に首を横に振る。
目覚めたばかりで、何も分からないのは当たり前だが、一つだけ言えることがある。
何かは分からない。もしかすれば、大規模侵攻はあれで終わりではなかったのかもしれない。
いや、あの大規模侵攻でさえ、その為の布石だったのかもしれない、と思える程に見えない悪意が俺達2人に未だ絡み付いている。
「はあ……。」と溜息を吐く。
俺は物語に出てくる正義の味方でもなければ、救国の英雄でも何でもない。
正直、面倒だから投げ出したいくらいだ。
ただ、もう一度あんな地獄が興されるのであれば、それは止めなければならない。
「――――フェンリル。」
「……何じゃ?」
フェンリルは楽しそうに微笑みながら聞き返す。珍しく俺がやる気だからだろう。
「王都へ向かうぞ。今のまま動くには、俺達は何も知らなすぎるからな。」
フェンリルはその言葉に「仕方ないのう。」と、ただ笑って返した。
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第3章「アルシア覚醒」・完