「な、なんじゃ?」
「ふぇ、フェンリルって、あの伝説の………」
「……伝説?」
フェンリルさんはなんの事だ?と言わんばかりに眉根を寄せた。
しかし、そんな顔をされてもこういう反応にはどうしてもなってしまうというものだ。
「人魔戦争で『破壊神』と共にいた3体の魔獣だって……」
「人魔……破壊神……魔獣………、すまん。話を整理してもよいか?」
「はい……。」
本当にどういう事になってるのだ、と言わんばかりに頭を抱えてしまったフェンリルさんがそういうので、私は知っている限りの事を答えることにした。
「何の事か大体心当たりはあるが………、まず人魔戦争とは何じゃ?」
「はい。ここ、ルーリア渓谷で千年前に人間と魔族の間に起きた終末戦争の事です。私達、人間サイドではそう呼ばれています。」
「やはりか。2つ目じゃ。破壊神……は、まぁ置いておくとして、3体の魔獣とは?」
「えーと、魔狼………フェンリルさんと、邪悪竜ニーズヘッグ、斬翼のフレスベルグと……。」
それを聞いたフェンリルさんは、今度は大きく溜め息を吐いてしまった。
言ってから気付いたけど、私はどうやら今伝わっている方の話をしてしまっていたらしい。
とはいえ、私が知っている方の話は断片的な物でしかなく、仮にそれを話せていたとしても、曖昧な事しか話せないから、私はそのまま伝わっている方の話をする事にした。
「………3つ目じゃ。その『破壊神』とは?」
「3体の魔獣を引き連れて、人類を滅ぼさんが為に顕現した終末の化身と呼ばれてい……」
「………く、クハハハハハハハッ!妾が、あの馬鹿者の使い魔と申すか!人間どもはっ!!」
詳細を言い終える前に、その場にいるだけで死んでしまいそうな程の殺気の圧を放って笑い出すフェンリルさんに、私はその場で腰を抜かしてしまった。
先程の優しさなど何処にもない、と言っても過言ではないないほど怒っている。
そして、ひとしきり笑った後、フェンリルさんはバフォロスと呼ばれたモヤが消えていった穴へと歩いていく。
が、途中で止まって振り向いてコチラを見た。
「何をしておる、行くぞ?」
「え?だ、だってあんなに怒って……」
「それはこんな出鱈目な伝承を残していった連中に対してじゃ。こんな悪質な話を、な。汝らは語り伝えられた物を護ってきただけじゃ。別に悪い事など何もあるまい?」
「それはそうかもしれないですけど………」
「ならば何も問題なかろう。下に降りて何かあったとしても、妾が必ず守ってやるから、案ずるな。」
それだけ言って、フェンリルさんは地面の大穴に飛び込んでしまった。
私は若干の不安を覚えながら後を追いかけ、考える。
(やっぱり、あの歴史は間違いなんじゃないだろうか……。)
そう思ってしまうくらい、あの人(?)からは一切の敵意を感じなかった。
私を殺すつもりだったら、さっきのバフォロスと呼ばれたモヤに突っ込んでいくのを止めず、ただ放っておけばよかったはずだ。
それに……
「アリス。受け止めるからそのまま降りてこい。」
「いいんですか?」
「よいぞ。」と返ってくるので、そのまま降りると、お姫様抱っこの要領で受け止められ、ゆっくりと降ろされる。
「瓦礫で足場が良くない、転ぶなよ?」
こうしてこちらを心配して、色々気遣ってくれるこの人を、私はどうしても話に聞く邪悪な魔族と結びつけることが出来なかった……。
目の前には遺跡のような入口があり、足を踏み入れると、そこには大きな魔法陣の中央で、半分だけ砕けた結晶の中で眠る、白髪の少年の姿があった。
フェンリルさんはその子に歩み寄って、静かにその名前を呼ぶ。
「―――そろそろ起きろ、アルシアよ。」
これが、私とアルシア・ラグドとフェンリルさんが出会った日であり、私の運命が大きく変わった瞬間だった。
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第1章・完