「何なの、アレ……」
「グォオオオオオオオッッ!!!!!」
それに応えるように無数の蒼い狼の頭の形をしたモヤが咆哮を上げ、周囲の魔族に見境なく喰らいついた。
いや、決して応えて欲しくはないけど。
幸いにもこちらを攻撃してくる様子はまだ無いし、襲ってくる魔族も向こうに気を取られて動けないでいるか、アレに襲われて数を減らしている。
逃げるなら今しかないだろう。
しかし、動こうとする前に背後から殺気を感じて、その場から反射的に飛び退くと、先程まで自分がいた場所に自身の背丈以上の棍棒が振り下ろされた。
マトモに食らっていればミンチにでもなっていただろう。
その犯人は中級魔族、トロールだ。
「……いい度胸ね。」
魔族の数もそうだけど、周囲の魔族を食い散らす正体不明のモヤなど、対処しきれない事態に追われてる中でこんな物が降ってきたのだ。
さすがに恐怖よりも苛立ちの方が強くなる。
私は収納魔法から設置型の魔道具を取り出して、点火してからそのままトロール目掛けて思いきり投げつけ、右手にフォトンの準備をして一度待機する。
トロールはそれをゴミでも払うかの様に棍棒で殴るも、魔道具はその衝撃で爆発、トロールの腕を破壊した。
「ギャアッ?!」
持っていた棍棒どころか腕まで吹き飛んで激痛に悶えるトロールに一気に駆け寄ると、動揺したのか私を無事な方の手で捕まえようとしてくる。が、身体強化をかけて、それを蹴り飛ばしてからトロールの胸元に一気に跳躍して、手を置く。
「フォトン。」
待機状態のフォトンを0距離で複数発発動してトロールの心臓を胸板ごと吹き飛ばし、倒れた死体をクッション代わりにして着地する。
自分でやっといて言うのもアレだが、酷い殺され方をしたトロールと、それをやった私を見た魔族達は怯えて逃げようとするので、私もチャンスとばかりにそれを追うような形で撤退を開始する。
戦う事になったとしても、平原まで出ればもうこっちのものだ。
だけど……………、
「ガァアアァァァァッ!!!」
逃げようとする魔族達を逃さないとばかりに、モヤが私の前に回り込む様な形でその大きな口を開けて滑り込み、魔族を噛み砕いていく。
私は一度、軽く舌打ちをして後退する。これでは逃げる事など出来そうにない。
そればかりか、どうにも次の食事候補は私らしい。
集まっていた魔族は逃げるか、こいつに食われるかして、もう殆どいなくなっている。
狼のモヤが自分だけを見ていた。
「――――――――――――っ。」
覚悟を決めて一番強い杖を取り出して、術式を組んでいく。残りの魔力量もそう残っていないので、これで最後の一撃になる。
カタカタ震える右手を抑えるように左手で包んで、技の名を口にする。
「―――――ホーリーランス。」
そう唱えた瞬間、持っていた杖が音を立てて粉々に砕け散り、代わりに光の槍が私の手に握られる。
最上級光魔法、ホーリーランス。
私が持っている魔法の中では、これが最強の技だ。
槍を構えると、その動きに付いていくようにゆらりと陽炎の様な複数の同じ形の槍が現れる。
槍一つ一つの威力も然ることながら、先頭の槍が直撃すれば、それに追従するような形で後続の槍が直撃する。
欠点としてはちゃんとした杖で術式を組まないと発動出来ないし、出来たとしてもその杖はどんなに強力な物であっても確実にその一回で砕けてしまう事だ。
「倒せないかもしれないけれど、これなら………っ!」
隙が生まれるかもしれない。
光の槍を構えて、先程よりも濃くなった青いモヤに突っ込んでいく。
その時だった。
「――――止めぬか、小娘。殺されるぞ?」
「あうっ。」
背後から静かな、大人びた女性の声が聞こえると同時にいきなり襟首を掴まれて情けない声を上げてしまう。
驚いて声の方を見ると、青い獣耳と尾を生やした銀色の髪の女性が私の隣に立っていた。