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第5話 「人魔戦争の記録と考察」


今から約1000年前。

魔王はこの国、ファルゼア王国の勇者、マグジール・ブレントとその仲間達との死闘の末に討たれた。

世界に平和が訪れるかと思いきや、現実は子どもに読み聞かせるような優しい童話の様にはいかず、王を討たれた全ての魔族は仇討ちとして、全人類に戦いを挑んだのだ。


勇者マグジール一行とファルゼア国防軍、そして誰に言われずとも戦いに参加した義勇兵達……

彼らと魔族の戦いは7日間に渡り繰り広げられ、全ての魔族は討ち滅ぼされ、最後に現れた破壊神との戦いにも勇者マグジールは打ち克ち、人類は戦いに勝利する事が出来た。

全人類の7割という、余りにも大きすぎる犠牲を払って……。




◆◆◆


「これが、ルーリア渓谷によって起きた人魔戦争の話だ。来月のテストにも出るから………、間違えたら分かってるね?」


ニヤリと笑うディートリヒ・ファルク先生に、生徒の皆も楽しげに笑いながら元気よく「はーい。」と答える。

けれど、私………、アリス・リアドールは気になった事を先生に質問する事にした。

子供の頃から故郷で語り伝えられてきた話だけど、今改めて聞いてみれば、気になる出来事があって聞かずにいられなかったからだ。


「先生。伝承に於ける破壊神は何故出てきたのでしょう。神が地上に訪れるという事を、私は聞いたことがありません。それとも、神と名が付いているだけで、その破壊神は魔族なのでしょうか?」


その言葉に、先生は嫌がるでもなく、本当に不思議そうに顎に手をやり考え込む。

周りの生徒を見ると、大半が「言われてみれば……」という表情をしていた。

人魔戦争が起きた後、ここファルゼアに神が降りたという話は聞いたことがない。

大昔は降りた事もあったと聞くが、それは記録と共に殆ど失われていて、本当なのかも怪しいのだ。


「そこは私だけではなく王国の伝承調査隊も頭を悩ませていてね。破壊神は本当にいたのか、それとも、魔王の後釜がそう名乗っていただけなのではないか、或いは………、まったくのではないか、と意見が割れているのだよ。」


先生は自身の考察を語りながら、それらの3つを簡単に書き出していく。

先生の考察は聞いてるこちらも楽しいので、みんな興味津々で前を見ていた。


「さて、リアドールくんの言う通り、神……神族は基本的に地上にその姿を現すことはないとされている。記録によれば、人魔戦争から今に至るまで一度も、神が地上に現れた事はないと。」

「あれ、でもそうすると破壊神がいるって言うのは……」

「そう、そこなんだよ。」


何かに気付いたようなクラスの子の言葉に、先生は目を光らせる。


「神が現れた記録が存在しない。にも関わらず、破壊神と名乗る存在がいた。矛盾しているね?」

「こっそりやってきた……とか?」

「何のために?」


それを聞いて、その子は押し黙ってしまい先生は慌てた様子で謝罪をする。


「おっと、すまない。困らせるつもりはなかった。そう、本当に神ならば何故人類をこっそりやってきてまで滅ぼそうとするのか、という事になる。それと、これは私の個人的な意見になるが、私は本当に神が現れた訳ではないと思うんだ。」

「どうしてでしょうか?」


先生の考察に、私もつい熱が入ってしまい、思わず聞いてしまう。


「簡単な話だよ。勝てないからさ。神界に仮にそんな神様がいると過程して、そんな方が地上に現れたとする。それに我々人類が挑んで勝てるか……無理だ。仮に彼らが地上に干渉する際に使われると云われている端末アバターを作り出してサイズダウンを行った上で現界したとしても、人類と魔族総出でも勝てないだろう。これが、単純ではあるが私が神ではないと思う根拠だよ。」

「じゃあ、魔族なのかな……、魔族の内の誰かが破壊神と名乗ってたとか。」


今度は他の男の子が考えを口にすると先生はそれを聞いて緩く微笑んだ。


「可能性としては2番目に強い物だね。魔族も確かに強大な存在で、そう名乗っている存在がいたと仮定しても、まだ人類が届きうる可能性がある。現に当時の勇者達は魔王を討伐しているらしいからね。ただ……」

「……ただ?」

「それならば…何故その誰かは破壊神などと、わざわざ名乗ったのだろう。魔王がいないならば、魔王と名乗ればいいのに。」

「うーん、格好いいからとか?」


本気でその子はそう答えたのだろう。

顔を顰めながら出てきたその言葉にクラスメイトの大半が笑う。

「何だそりゃ。」と。先生も笑っているが、その顔はバカにしてる訳でもない。

寧ろ、答えとしては当たりみたいだ。


「正直、魔族が破壊神だと仮定した場合……私もその線ではないかと少し思ってるんだ。実際、研究者の中にはその可能性を推している者もいる。『私は魔王より強い存在なのだ!』ってね?」


茶目っ気を見せる先生の言葉にみんなが「先生まで!」と笑う。

だが、先生は笑ってはいるものの、真剣な顔だった。

先生は映像投射用の垂れ幕に向けて右手を軽く降ろすように振ると、教科書のあるページ、破壊神の絵が投射される。


「話を戻そうか。私は……最後の可能性、別の何かではないかと疑っている。ある点が絡むと、どうしても魔族では無理なんだよ。」


「ある点……」と、みんなが首を傾げる。私もだった。

その様子を見て、先生は続ける。


「主戦場となったルーリア平原………、今はルーリア渓谷と呼ばれるあの地に現れた破壊神は、広大な草原を打ち砕く無数の雷と、大地を抉る光を操ったと云われている。当時の痕跡の記録には、魔力の他に膨大な量の神力、そして詳細の分からない力が計測されたそうだよ。」


授業終了のチャイムが鳴ってもまだ、全員は沈黙したまま、真剣に垂れ幕に投射された絵を見る。


そこには夥しい数の人間、魔族の死体の山を足蹴にし、鎖を腕からぶら下げ、身の丈ほどの大きな大剣を担ぐが3体の高位魔族を従える絵が描かれていた。

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