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第2話「獣の顎と不思議な本」


戦場に新たな音が追加された。

それは一つの音だけではない。

文句を垂れながら暴れる俺の声と、その度に発生する破壊音、そして敵の断末魔だ。


「見ろ、災い起こしのアルシア・ラグドだ!」

「歩く災いのアルシアだと!?勝った、勝ったぞこの戦い!!」

「攻撃の手が緩んだ!一時後退して傷の手当、補給を!」

「みんな逃げろ!アイツが壊した家みたいにぶっ飛ばされるぞ!!」


「誰が歩く災いだ、はっ倒すぞ!!」


後退する国防軍に悪態をつきながら、彼らの撤退を援護すべく腰から下げている原初の人間の名を冠した神器、『アダムの書』のページを開き、彼らの後退ルートを守る様に攻撃範囲を指定していく。


「裁きを下せ、インドラ……!」


瞬間、周囲の全てを打ち砕かんばかりに無数の神の雷が降り注ぎ、魔族達を彼らが立つ大地ごと打ち砕いていく。


俺は魔法は使えるが、神術は使えない。

しかし、このアダムの書を介してならば話は別だ。

アダムの書には今まで出会ってきた相手の力を記録し、その力を行使する事が出来る機能があり、ページに記載されている物ならば、例え適性の無いものであろうと使用出来る。

さっき使ったインドラの雷がそれだ。


アダムの書をしまった後、竜の爪や鱗で封をされた歪な形をした大剣『バフォロス』を構えて、トロールの振り下ろす棍棒に叩きつける。

初めはこちらがトロールの膂力と重量に押されたが、トロールの力が徐々に弱まったところで魔力ブーストを掛けて押し返したあと、横薙ぎに叩きつけて一撃で粉々にする。

バフォロスは数少ない魔装具の一つで『力喰らい』の特性を持つ大剣だ。


喰らった魔力や神力を使用者の力に変換する事も出来るので、先程のような超広域神術を使っても敵の力を喰らい続ければ力の消費を気にせずに戦う事も可能である。

しかしだ……、


「……分かったから落ち着け!」


魔力エサが足りなくてガタガタと暴れるバフォロス。

言葉を喋るわけではないが、一度本格的に食事をさせれば満足するまで止まらないので、敢えて暴れる剣をそのままにさせるとバフォロスは俺も含めてモヤを纏い、やがてそのモヤは歪な獣の頭部に形を変えていく。


食い潰せとばかりに大剣を振り降ろすと、黒いモヤは目の前の魔族達目掛けて大きな口を開けて一瞬で噛み砕き、血肉と魔力を咀嚼する。

実体を持たない黒い獣は咆哮を上げて、こちらの動きとは関係なく纏めて魔族を食い散らしていき、千は喰らったであろうところでピタリと止まる。


「そりゃあ、そんなペースで暴走してる魔族を食い続ければすぐ満腹になるだろうよ。」


モヤの中で、俺は呆れたように呟く。

暴走している魔族は通常の状態よりもワンランク上がった強さを持つ分、魔力量も多い。

普段よりも早く腹を満たした獣のモヤは先程よりもしっかりと輪郭を浮かび上がらせ大きく膨れ上がると、口内に死の光を溜めていく。


普段ならばバフォロスの溜め込んだ魔力を自分の魔力に変換して、適当に魔法を大量にばら撒いて消費する。

何故なら、普段から


膨れ上がったモヤはやがて身体を作り出し、身体を固定する様にその四肢で大地をしっかりと捉えると、その口を空へと向け、更に力を込めはじめた。


国防軍も異様な光景に気付いたのだろう。

背後で更に遠くに逃げる気配を感じた。


「背後には飛ばないから、心配は無いんだけどな……」と呟いて、ガタガタと震える大剣を前方に突きつける。


多少の自我でも残っていたのか本能からか……、魔族達がこちらに背を向けて走るか、飛び去るかして逃げるが、もう遅い。


黒い獣がその首を降ろし、死の光が放たれるのと、俺が力の名を紡ぐのは同時だった。


「――バニシング・フィールド。」


瞬間、死の光は俺の視界を白に染め上げ、敵対者はおろか、大地全てを呑み込んだ。

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