食堂は基本的に騒がしい。
主な原因としてはアリッサたちにあった。いくつになろうと落ち着いて食事をすることがどうしてもできない。
それは微笑ましくもあるし、同時に心配にもなる。果たしてこれから先大人としての振る舞いができるかどうか。
ライシの食事はいつも家族ばかりとしていた。他の家臣たちはその後で食事をするのが、この城でのルールである。
今日だけは家族も家臣も同じ空間にいた。無駄に広々としている食堂だが、全員となるとさすがに収容しきれない。
とにもかくにも騒がしくて暑い……。ライシは大きなため息を吐いた。
「それではただいまより、アリッサ様たちとシルヴィ様による料理対決を行いたいと思います! 実況と解説はこのわたくし、料理長のニスロクが務めさせていただきます! どうぞ皆様、本日はよろしくお願いいたします!」
わっと歓声が上がった。
人の気も知れずずいぶんと呑気なものだ。これから最悪死ぬかもしれないというのに……。すでに興奮が最高潮に達している観客らを目前に、ライシはそんなことをふと思った。
「お料理対決かぁ。私の娘たちがどんどん成長していってくれてうれしい限りだわ」
「うむ。我が娘も自主的にあれこれとしているからな。まったく、我が娘に惚れられた男は本当に幸せ者だな! そうは思わないか?」
「……そうですねぇ」
「貴様のことだぞ?」
「わかってるからどう反応すればいいか非常に困ってるんですよ」
ライシは苦笑いを返した。
「――、それでは勇敢で麗しき対戦者たちに入場していただきましょう! どうぞ~!」
ほどなくして、厨房より本日の催しの主役たちがやってきた。
各々白いエプロンに身を包み、普段目にしないだけあってとても新鮮味があった。
両者とてもよく似合っていた。だが雰囲気的にいうなれば、ずっと家事をしているシルヴィにわずかばかりに軍配が上がる。
自信なさげなアリッサたちに対してシルヴィの表情は真逆のそれだった。とても自信に満ち足りた顔つきだ。これならば少なくともゲテモノが出てくる心配もなかろう。ライシは内心でホッと安堵の息をもらした。
「まずは東の門! 兄にかける想いは妹ではなく一人の女として! 他所の女に渡すわけがない、手を出す奴は皆殺しだ――アリッサ様、エスメラルダ様、エルトルージェ様、カルナーザ様、クルル様の五姉妹の登場だぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぅ……僕、お料理なんてしたことないよぉ」
「それを言うんだったらアタシもだっつーの……」
「クルル、頑張るもん!」
「そうねぇ。エスメラルダたちが力を合わせればきっと大丈夫よぉ――う~ん……多分」
「そこはせめて虚勢でも断言するものですわよエスメラルダ。いずれにせよ、すべてはライシお兄様のため……絶対に負けられませんわ」
「続いて西の門! 幼馴染という関係は伊達じゃない! 妹がなんぼももんじゃ! 幼馴染という特殊なパワーを見せつけてやる! アスタロッテ様の盟友、ファフニアル様のご令嬢シルヴィ様だぁあぁぁぁ!」
「――、ふふっ……この勝負もらったわね」
「……ニスロクさんってあんな感じでしたっけ?」
ライシは隣に座るアモンにそう問いかけた。
今回審査員の一人としてアモンが選抜された。彼ほどの魔物が評価するのだ、その言葉には他の者たちよりもずっと説得力も発言力もある。
的確な人選とは思う。ただし当の本人の顔は心底嫌そうだった。今すぐでも帰りたい、と言葉にせずとも表情がすべてを物語っていた。
「……あれは料理のこととなると人格が変わるからな。普段は大人しい性格だが、一度厨房に立てばもはや別人よ」
「……そういえば新選組にもいたなぁ。刀握ると性格ががらりと豹変する人。どの時代、どの世界でも似たような人はいるもんですねぇ」
ライシはそうもそりと呟いた。
「――、制限時間が一時間。作る料理は何品でもオッケー! それでは、試合開始ぃぃぃぃぃぃっ!」
けたたましくゴングが鳴った。
「いよいよ始まってしまいましたね……」
「……多少まずくても食べられる物を祈るばかりだな」
ライシとアモンは深い溜息を吐いた。
「えっと……とりあえず野菜ってどう切るんだっけ?」
「あぁ? んなもん適当で大丈夫だって。食べやすいサイズに切って鍋に放り込んでおけば大抵のもんは食べられるってな」
「なるほど! ちょっとカルナーザ、いつの間にそんな知識得たの?」
「へへっ。こう見えてもアタシだってそれなりに勉強するんだぜ?」
早速色々と間違っている。自信たっぷりなカルナーザを褒めるエルトルージェにライシは唖然とした。
立ち位置は審査員であるため、アドバイスや指摘をすることは固く禁じられていた。
それはライシにとってはまさしく地獄だった。修正ができるならば救いもあっただろう。それさえも無情にもはく奪されてしまってはもはや、神に祈るしかなかった。
洗浄も皮むきもないまま鍋へと次々と野菜が放り込まれていく。いったい妹たちはなにを作るつもりでいるのだろう。とにもかくにも、不安しかない。
「胃薬ってありましたっけ?」
「医務室にある。後でもらいにいけばよい」
「そうします」
「アリッサお姉さまぁ。これはどうしましょう~」
「ライシお兄様は殿方です。殿方といえばやはりお肉……ありとあらゆるお肉を入れましょう」
「おいしいものとおいしいものだから、もっとおいしくなるよね!」
あまりにも極端すぎる長女、次女、末女の思考にライシはいよいよ卒倒しそうになった。
これはもう期待できそうにない。腹痛になる結末は不幸にも確定してしまった。
確定した未来はもう、誰の手にも負えない。素直に受け入れる他ない。ライシは深い溜息を吐いた。
許されるのであればいますぐこの場から逃げたかった。それこそここではない、どこかはるか遠くへいきたいと切に願うほどに身体が強烈な拒絶反応を起こしてた。
「お、おぉ……アリッサさまたちのチームは実に個性的な料理となりそうですね。そ、そして対するシルヴィ様は……な、なんとなんと! これはぁ!」
「ふふんっ! これぞ余の実力なんだから!」
俺は、もしかすると奇跡を見ているのかもしれない。ライシはすこぶる本気でそう思った。
シルヴィの動きに滞りはなく、すべてにおいてスムーズだった。それこそさらさらと流れる水のようですらある。
たった一人であるにも関わらず、アリッサたち以上の動きを見せる姿に観客たちも歓声を送る。
家臣にあるまじき姿ではあるが、彼らの反応は至極当然であるし極めて正しいものだ。
修行していたというのは、どうやら伊達ではないらしい。いつしか食堂には食欲をそそる香りに包まれてきた。
これは、期待して大丈夫だろう。シルヴィならばきっと将来、いい嫁となるに違いあるまい。むろんその相手は自分ではないので、どうか真の愛する者に捧げてほしい。ライシはそんなことを思いつつも、シルヴィの料理捌きをジッと見つめた。
刹那、背中に冷たいものが流れた。悪寒である。言いようのない冷たさに思わず身震いをしてしまった。
アリッサたちと、はたと目が合った。五人とも等しくその眼光はいつになくぎらぎらとしている。
どうして自分たちを応援しないのか。彼女たちの眼差しがそうひどく訴えていた。言うまでもないだろうに。心の中だけに留めたその言葉を、ライシは苦笑いという形で応える。
妹だからと贔屓するつもりは毛頭ない。これは純粋な勝負なのだ。手加減や贔屓は相手に失礼極まりない。
ましてや今後のアリッサたちのためにもならない。人は失敗から学び、悔しさから高みを目指そうとする。
アリッサたちにとってシルヴィとは、よい競争相手でもあるのだ。互いに切磋琢磨していけばきっと今よりもずっと上手になろう。ライシはそう確信した。