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第7話

 和泉の家系はどういうわけか、等しく女顔が生まれた。


 原因は解明されておらず、ある者はこれは呪いだと宣ったという。


 呪いなどあるはずがない。そう豪語した者も少なからずいたが、けれども実際女人のような男が生まれている。


 顔だけに留まらず、それは肉体にも大きく影響を及ぼした。いくら鍛えようとも筋肉がまるで発達しなかった。


 否、筋肉はしかと成長しているがそれが見た目に全然反映されなかった。


 そのため和泉家の男児は遥か昔から、女男と揶揄された。


 事実、ライシはあまりにも不可解すぎる遺伝によって数多くの苦労をした。


 女人と間違えられて告白されたぐらいならば、まだマシのほうだった。


 新撰組隊士として入隊する際、女人は入れないと一度門前払いを受けた経験がある。


 入隊してからもずっと、周囲からは揶揄されてきた――果たして女子のようにすらりとした細腕で刀が本当に振るえるのか、と。


 実に気に入らなかった。ライシが強さを求めたのは、こうした見た目だけで判断する輩を等しく見返してやりたかったからに他ならなかった。


 女のようだ、とそう揶揄した相手に打ちのめされるのだ。さぞ屈辱だろう。外見だけで判断するような輩には、それ相応の罰を与えるまで。


 よもや、異世界の地でも同じように揶揄されるとは……! はっきりといってこれは屈辱以外のなにものでもない。


 ライシは、異なる人間として生を得たにも関わらずかつての体質を引き継いでしまっていた。


 後ろで一本に束ねた赤々とした髪は色鮮やかな炎のようで、瞳は橙玉オレンジサファイアみたいできれいだとアスタロッテはよく褒めていた。端正な顔立ちはそれこそ、化粧の一つでも施せば女子と見間違えてしまおう。


 どうして自分は、こんな体質を持ってしまったのだろうか。


 勘違いされるだけならばまだしも、揶揄されてしまっては男としての価値が路傍の意志にも等しくなる。


 幾度となく、この顔をもっと凛々しい……いわゆる男らしく変えられたならばと希った。


 だが、やはり神様というのはひどく意地悪な性格をしているらしい。


 ライシは深い溜息を吐いた。



「え? ま、まさかご子息様だったとは……これはなんと無礼なことを。申し訳ありません」


「あ~うん。いいですよ、失敗や間違いは誰にだってありますからね……ははっ」


「ライシお兄様はとってもかっこいいですよ! 結婚しましょう」


「あぁありがとうなアリッサ。後さりげなく結婚するとか言わないの」



 アリッサは相変わらず我が道をゆく。魔王の娘らしいといえば、確かにそうなのかもしれない。



「――、しかし……男の娘というのもアリですな」


「あ~なんか無性になんでもいいから斬りたくなってきたなぁ。どこかに青い鎧を着た魔物はいないかなぁ」


「じょ、冗談ですので!」


「――、ちょっとサブノク! いつまでボサッとしてるのよ! 早いところお城にいきましょうよ!」


「ん?」



 不意に一人の少女がやってきた。


 幼い見た目をした彼女が人間ではないのは、額にちょこんと生えた小さな角が証明していた。


 ピンク色のドレスを着こなす少女の登場に、ライシははて、と小首をひねった。


 一方で、獅子の魔物はぎょっと大きく目を丸くしている。明らかに動揺しているのは言うまでもない。



「シ、シルヴィ様!? どうしてここにおられるのですか!?」


「だって、お城にいたって退屈なんだもん」



 悪びれる様子もなくシルヴィ――そう呼ばれた少女は答えた。



「いけません! すぐにお城に戻らなければファフニアル様に怒られてしまいますよ!」


「やだ! だっていっつもママはお前はまだ外に出るのが早いとかなんとか言って、出してくれないんだもん!」



 どうやら他の家庭でも似たような感じらしい。


 魔王というのは我が子には過保護となってしまうものなのか。ライシはそんなことを、ふと思った。



「まぁ、でも気持ちはわかるな」


「ライシお兄様?」


「ん? あぁいや、なんでもない」


「とにかく、今すぐお城に戻りますよ!」


「や~だ~! やだやだやだやだやだ!」



 シルヴィの見た目は、アリッサと比べればまだまだ幼い。


 そのため言動は外見相応のかわいらしいものだった。子供というのはワガママを言うものだ。


 そう思えば、自分はずいぶんと聞き分けのよい子供だった。ライシはふっと自嘲気味に笑った。


 シルヴィが獅子の魔物大人の言うことを聞く様子は微塵もなかった。


 こうなってしまえば彼女の欲求を満たすか、頑として注意するか。この二択のどちらかを選ぶしかない。


 獅子の魔物は、しばらくして――深い溜息を吐いた。こうなってしまったシルヴィを諭すのは不可能なのだろう。日常茶飯事に行われるためすっかり学んでしまったが故の判断に違いない。ライシはそう思った。



「――、申し訳ありません。シルヴィ様も一緒にお連れしてもよろしいですか?」


「こっちは別になにも問題はありませんよ。どうぞ」


「ありがとうございます。それではシルヴィ様、共にアスタロッテ様のお城へ向かいましょう」


「ん~……やだ」


「シルヴィ様!?」


「余はこの者と遊びたい!」


「え?」



 突然立った白羽の矢に、ライシは素っ頓狂な声をもらした。


 同時に、内心でライシは表情をこれでもかとしかめた。


 わがままな女子を相手にすることほどすこぶる面倒なものはなかなかない。


 日々アリッサたちの面倒を見るのだって相当骨が折れる。そこに新しくわがまま娘が加わるなど、ライシからすれば苦行以外のなにものでもなかった。


 他人様の娘であれば尚の事。有事が起きた際の責任を問われても、自分ではどうしようもない。



「嫌なんだけど」



 無意識の内に口がそう言葉を紡いでいた。



「なんでよ!!」


「いや、いきなりきてはい遊びましょうとはならんだろ」



 ライシははっきりと答えた。


 勘であった。彼女とのこの邂逅によってなにかが起きる。とてつもなく面倒なことになる。


 触らぬ神に祟りなし――先人が残したこの偉大な諺を胸に、ライシは拒否した。


 とはいえ、相手がそれで素直に理解する正確でないのは先のやり取りですでに学んでいる。



「ちょっと余が誘ってるんだからいっしょに遊びなさいよー!」


「まぁ、こうなるわなぁ……」



 ライシは小さく溜息を吐いた。


 幼いが故に聞き分けがよくないのは至極当然である。


 これが他人ならば一喝しているところだ。特に根性がひねくれた餓鬼には拳骨に一つでもしてやる必要がある。


 アスタロッテの盟友の令嬢だ。万が一のことがあっては両者の関係に消えない溝を作りかねない。


 そうなってしまえば最悪、魔王同士による戦争が起きてもなんら違和感はない。


 最悪の結末だけは是が非でも避けねばならない。そうなればライシにはもう、残された選択肢は一つしかなかった。


 はっきりと言ってものすごく面倒だ。どうして自分が他人の子供の面倒などと……。言うまでもないが、納得はぜんぜんできていない。



「……申し訳ございません。私がアスタロッテ様との謁見を終えるまでの間、どうかシルヴィ様をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「……はぁ。わかりましたよ。とりあえず何事も起こらないようにだけ面倒を見させていただきます」


「ありがとうございます。それではすぐに」



 城へと颯爽と向かう獅子の魔物を見送って、ライシは改めてシルヴィを見やった。



「――、それじゃあなにして遊ぶ?」


「なにして遊ぶって言われてもだなぁ」


「ちょっとあなた。わたくしのライシお兄様に馴れ馴れしいですわよ。初対面なのですから――」


「なに? 余に偉そうに……あなたは及びじゃないわ。どこかに行ったら?」


「な、なんですってぇ! 余所者のくせに生意気ですわよ!」


「はぁ!? あなたこそなんなのよ! 余はこいつと遊ぶんだから向こういきなさいよー!」


「なんでお前らが喧嘩してるんだよ!」



 これは生理的嫌悪によるものなのかもしれない。


 言葉をほんの少し交わしただけで取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を、ライシは慌てて仲裁した。


 もっとも、幼くても彼女たちの身体能力はすでに成人男性を軽く凌駕している。


 あくまでも一介の人間でしかないライシは、呆気なく遠くへと放り投げられてしまった。



「ぐえっ! こ、こいつら本当にどんな膂力してやがるんだ……!」



 痛む背中をさすりながら、目の前でどんどん悪化していく状況にライシは舌打ちをした。


 二つの強大な魔力によって森がひどく騒がしくなった。


 さっきまで暖かかった空気も今や、絶対零度に等しい。骨を刺すような寒さに脂汗が止まらない。


 これがもし衝突し合えばどうなってしまうか。もはや語る必要もあるまい。



「そこまでだ! この辺りを焦土と化すつもりかこの馬鹿!」



 ライシは二人の頭に拳骨を落とした。



「痛い!」


「ひぐっ!」



 もはや妹だの、盟友の令嬢だのと気にしていられるだけの余裕はなかった。


 この森はなにかと気に入っている。それが些細な子供の喧嘩などというくだらない理由で失われてしまうのは、あまりにも悲しすぎる。誰であろうと森を侵すのはまかりならない。



「ラ、ライシお兄様……」


「アリッサ、お前がまだ幼いのはわかっている。だけど五姉妹の長女で、アスタロッテの娘なんだろう。だったらもっとお姉さんらしく振る舞え。普段がそうでも、ここぞという時にこれでは姉としての威厳が台無しだぞ」


「な、殴ったなぁ……ママにだって殴られたことないのにぃ!」


「自分の愛娘だろうと間違った道へ進もうとするのなら例え殴ってでも止める。それが親ってもんじゃないのか?」



 少なくとも、親代わりであり師でもあったあの人にはそうやっていつも躾けられてきた。


 当初こそ恨んだこともあったが、今となってはそうした過去があるからこそ現在の己がいる。


 恨むなどお門違いにも程がある。師へは深い感謝の念しかない。せめてあの時、きちんと礼ぐらいしておけばよかった。ライシはふっと懐古の情に浸った。


 それはさておき。



「とにかく、くだらないことで魔力を使おうとするな。力を傍若無人に振るえばそれはもうヒトじゃない。ただの獣畜生と同じだ。そのことを忘れるなよ」


「……はい。ごめんなさいライシお兄様」


「それでいい」


「……余は悪くないもん」


「はぁ……まぁいい。とりあえずここに突っ立っていても仕方がないだろう。時は金なり、時間を無駄にするのはもったいないからな」



 二人を連れてライシは城へと戻った。


 遊ぶ、とは言ったもののなにをすればよいのかが皆目見当もつかない。


 ライシの人生はこれまでずっと剣と共にあった。相手が男児であれば、チャンバラごっこもできただろう。


 ライシの周囲にいる子供は揃って女子ばかりだ。女人でありながら剣を振るう者は少なかったものの、確かに実在した。なんなら彼女たちの実力は並大抵の男なんかよりもずっと強かった。


 だからといって、その価値観をアリッサたちに押し付けるのも話が違う。この娘たちにはもっと健全かつ穏やかに、そして御淑やかに生きてほしい。


 一人の兄としてライシは切にそういつも願っていた。


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