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第5話

 赤々とした熱がちりちりと肌を焼いていく。


 場内に設けられた鍛冶場は基本誰も寄り付こうとしない。


 理由は、このすさまじい熱気だろう。人間よりも強靭な肉体をする彼らでも、熱さを前にはたちまち脆弱と化す。


 ライシただ一人だけが、鍛冶場を幾度となく行き来する客だった。


 真っ赤になった鉄を打つ音はいつ耳にしても大変心地良い。灼熱は肌を容赦なく焼き、著しい渇きを与える。


 その苦痛でさえもライシにとっては楽しみの一つにすぎなかった。



「……ぼっちゃんは相変わらずここにくるのが好きなのだな」



 妙齢の女性がもそりと呟いた。


 長い髪は雪のように真っ白で一転の穢れもない。同様に皮膚をところどころ覆う鱗も純白に輝いていた。


 リザードマン……古くより彼らは勇敢にして屈強な戦士として知られている。


 武器の扱いが非常に長けており、そのため武具はすべて自家製だ。自らの炎によって鍛錬した彼らの武器は業物であり、そのため欲する者はとても多い。


 アスタロッテの家臣であるリリアナは、その鱗の色故に一族から追放された経歴を持つ。



「当然ですよ。こうして武器ができていく様子を見るのは楽しいですから」


「……ぼっちゃんは本当に武器が――剣が好きなんだな」


「えぇ、言ってしまえば己の命と同じぐらい価値があるものですから。それにリリアナの作る武器は上質ですからね」


「ふふ……そういってもらえるとこちらも鍛冶師冥利につきるよ、ぼっちゃん」



 リリアナがふっと笑った。


 通称、鉄の竜人……リリアナは人前で基本笑わない。


 例えそれが主人たるアスタロッテの前であっても、彼女はいつも鉄仮面のごとく無表情だった。


 感情が希薄なのではなく、ただ単純にどういった表情をすればよいかがわからないらしい。


 もっと素直になればよいものを。女とは笑っている時が一番美しい生き物なのだ。リリアナほどの端正な顔立ちであえば、笑わなければあまりにももったいない。


 そんなリリアナがふと笑みを見せる時が、今正にこの瞬間なのである。


 やはりリリアナは笑っている時が一番だ。ライシはすこぶる本気でそう思った。



「ぼっちゃんだけだよ……そう言ってこうして遊びにきてくれるのは」


「こっちとしては純然たる事実を言っているだけですけどね。そうそう、リリアナ。前に頼んでいたの、できましたか?」


「もちろんだとも。愛するぼっちゃんからの頼みだからね。丹精込めて打たせてもらったさ」



 リリアナの手には、大小の刀があった。


 試しに大刀を鞘から抜いてみた。



「きれいな刀身だな……刃長はだいたい二尺三寸五分約71cmってところか。雪のように白い刀身に、刃文はまるで燃え盛る焔みたいだ」


「わたしの愛をたっぷりと込めておいたよ。以前渡した試作品よりも切れ味、耐久性ははるかに優れている。きっとぼっちゃんの力になってくれるはずさ」


「ありがとうございますリリアナ。この太刀、大事に使わせてもらいますね」


「礼を言うのはこちらのほうさ。ぼっちゃんが前に刀という剣の製法を教えてくれてからどんどん創作意欲が湧いて仕方がないぐらいだからね――それと、こっちも渡しておこうかな」


「これは……?」



 リリアナより手渡されたそれは、首飾りだった。中央に位置する装飾はハートの形をしている。


 これは依頼していないものだった。どうしてこのようなものを手渡してきたのだろう。ライシははて、と小首をひねった。



「ふふっ、ぼっちゃん。自分のことなのに忘れてしまっているのかい? 今日はぼっちゃんの誕生日じゃないか」


「……あ」



 リリアナから指摘されて、ライシはハッとした。



「そうか……今日は俺の誕生日だったか」


「ふふふっ、忘れるなんてぼっちゃんらしいね」


「あはは……」



 この誕生日はあくまでも、アスタロッテの本来の子のものであって自分ではない。


 それは家臣全員がよく理解している。どこぞの馬の骨ともわからない人間の子供なのだ。


 いくらアスタロッテの手前とはいえ、彼らの心境はひどく複雑なものであることもよく知っている。


 リリアナだけは違った。ライシが拾われた子という現実を理解して尚、対等に接してくれた。



「……でも、本当にいいんですか? もらっちゃっても」


「おかしなことを言うのだな、ぼっちゃんは。誕生日なのだから贈られたプレゼントは素直に受け取る。そうしてくれたほうが贈った者としてもうれしいんだよ」


「そう、ですか。ではありがたく頂戴しますね。ありがとうございます、リリアナ」


「お礼なんていらないさ。もし返してくれるのなら……そうだな。ぼっちゃんが大きくなって若々しく猛々しいモノを私に――」


「朝早くからなにを言っているのだ貴様は」


「あ、アモン」



 振り返るとアモンが立っていた。


 リリアナへ向けるその視線は氷のように冷たい。



「……アスタロッテ様の右腕様がこの暑苦しい鍛冶場にどういった御用で?」


「ないやら不穏な会話が聞こえてきたのでな。確認しにきただけにすぎん」


「これはこれは。それは心外というものさ。わたしは別にぼっちゃんと普通に会話をしただけだよ。そうだろう、ぼっちゃん」


「え? あ、はい。そうですね。別におかしな話はしていませんよ」



 この二人は何故かあまり仲がよろしくない。


 魔物とは基本的に他種族と群れない関係性にある。


 アスタロッテという一つの強者の元に集ったからこそ、彼らははじめて統率を可能とする。


 アモンも然り。アスタロッテに次ぐ実力者だからこそ、統括者としての権限が与えられた。


 それでもこの二人の仲だけはいつまで経っても解消されないままだった。


 なにがそんなにも気に入らないのだろう。言いたいことがあるのならば互いに腹を割って言えばよいものを……。


 こうしている間にも両者見据えあったまま微動だにしない。


 心なしか両者の間では火花がばちばちと激しく散っている。


 一触即発のこの状況に、ライシはそっと立ち去った。


 触らぬ神に祟りなし――二人の喧嘩は自分ではどうすることもできない。



「――、おめでとうライシちゃん!」


「あはは……ありがとう母さん」


 大食堂ではこの日、盛大な誕生日祝いが開催されていた。


 普段でも十分豪華である食事が更に質量共にぐんと向上する。


 いくらなんでも食べきれない。加えて毎年のことながら盛大すぎるのでだんだんと気恥ずかしさすらある。


 対するアスタロッテは、いつになくにこにこと笑みを浮かべていた。


 子煩悩にも程があるだろうに。ライシは内心でもそりと呟いた。


 とはいえ、こうも祝ってくれるのはひとえに彼女が我が子を深く愛しているからに他ならない。


 人間ではないが、アスタロッテの元に拾われたのはある種幸運だったのかもしれない。ライシはそんなことを、ふと思った。



「ライシお兄様、十歳のお誕生日おめでとうございます」



 すっとやってきたのは一人の少女だった。


 群青色のショートボブに大海原のような青い瞳が印象的である。ライシは一瞬だけ表情を強張らせた。


 五人の妹できた。長女はアリッサという。魔物の成長速度は人間と同じではない。五歳児ではあるが知識は豊富で肉体もライシよりもずっと大人である。


 傍からすれば彼女が姉と勘違いするものも少なくはないだろう。妹から見下ろされるというのは、なかなか屈辱的だ。



「あ、ありがとうアリッサ」


「ライシ兄上様ぁ、エスメラルダもお祝いしますぅ」



 銀色のふわりとした長髪は月の如く冷たくも神々しい印象を与える。


 おっとりとした口調にあどけない顔立ちがにぱっと笑みを作り、一点の穢れもない瞳がじっとライシを見つめる。


 次女のエスメラルダである。



「ライシお兄ちゃん、お誕生日おめでとう。いやぁ、僕もすっごくうれしいよ!」



 栗色のサイドテールに炎のような赤い瞳をした三女のエルトルージェがにこりとほほ笑んだ。


 一人称が僕というのが特徴的な三女は姉妹の中で一番活気があった。



「兄貴! 誕生日おめでとう! いや~今日はめでたいッスねぇ」



 紫色の輝きはさながら紫水晶アメジストのよう。


 前髪が片目を隠し、それがふとした拍子になびけば彼女のきれいな翡翠の瞳が露わとなる。


 四女のカルナーザは姉妹の中で珍しい虹彩異色症ヘクロテミアだった。



「ライシにいちゃ、お誕生おめでとう」


 クリーム色のセミロングヘアーにおっとりとした表情は城中に癒し枠として認知されている。


 末女のクルルは、五つ子ではあるが比較的精神年齢が幼い。誰よりも甘えん坊だが、それを拒む者は誰もいない。


 五つ子ではあるが、各々顔立ちはまったく似ていない。


 全員個性的でかつ魅力的だ。それはライシも素直に認めていた。ウチの妹は誰よりもずっとかわいい。異論は一切認めない。


 かわいい五姉妹だが、ライシは彼女たちとは一定の距離を常に保つように心掛けていた。


 理由は――。



「ライシお兄様、ここは私が食べさせてあげますね。はい、あーん」


「あ~ずるいですぅアリッサお姉様~! エスメラルダだってライシ兄上様にあーんしたいですぅ!」


「それだったら僕もだよ!」


「兄貴の世話をすんのはアタシだぞ!」


「クルルもライシにいちゃにあーんするー!」



 いささか懐きすぎではないだろうか? 妹というのは皆こうなるものなのか?


 アリッサたちから異様なほど懐かれていた。兄妹仲がよいのは、とてもよいことである。確かにそうなのだが、あまりにもべったりと懐いてくるのでライシはどうしても素直に受け入れられずにいた。


 和泉雷志いずみらいしであった頃に刻まれた心の傷トラウマが、今もじくりと疼いた。


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