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(7)始まる宴

焔の魔獣イフリートが最後の一撃を受けると、全身を覆っていた蒼白い炎が揺らめき、その巨体が静かに崩れ始めた。かつて私たちを圧倒した威圧的な姿は、儚い幻のように輪郭を失い、まるで星屑が溶けていくように空間へ霧散していく。


静寂が訪れ、残ったのはイフリートの残り香と、彼の体から滲み出る赤いマナの粒だった。夜空の星のように瞬きながら、魔法陣の周囲でゆっくりと舞い上がるその輝きは、彼がこの世に刻んだ最後の痕跡のようだった。燃え盛っていた炎は役目を終え、今は穏やかな光として、どこか寂しげに私たちを包んでいた。


赤い光の粒が風に乗り、闇に吸い込まれていく。一つ、また一つと消えていくその光を見つめるうちに、胸に静かな感傷が広がる。誰も言葉を発さず、ただその光が消え去るまで見守ることしかできなかった。


やがて、イフリートの姿も気配も完全に消え、深い静寂だけが私たちを取り巻いていた。彼が放っていた威厳や壮麗さは、今や幻想のようで、私たちの記憶に静かに刻まれるだけとなった。私たちは立ち尽くし、焔の魔獣との戦いが終わったという現実をじっくりと受け止めていた。


「やっと終わったぁ…!」

沈黙を破るように、ニア先輩が大きく息を吐きながら言った。その声に釣られるように、私たちは微笑みを交わし、ようやく試練を乗り越えた実感が湧き上がった。


「お、終わりましたね…!」

ミレーユさんもほっとした声を漏らす。「二セット目のカードを使わずに勝てるなんて…これが、仲間の力…!」


「いや、ただの仲間の力じゃない。優れた仲間だからこそ成し得たことだ」

ヴィクター先輩が誇らしげに言い切った。その言葉に誰もが頷き、温かな空気が漂った。


私の胸にも、初めての確信が芽生えていた。一人で七不思議に挑もうとして危険な目にあった自分。それを救い、ここまで連れてきてくれたのは仲間だった。初級魔法しか扱えない私がこの試練を越えられたのは、間違いなく彼らのおかげだった。


「本当に…ここまで一緒に歩んで来られて…嬉しいです」

そう口にしながら、ふと窓の外に目を向けると、学院はすでに深い夜の闇に包まれていた。茜色の空はいつの間にか漆黒へと染まり、その静けさが何かの始まりを予感させた。


「全てが終わったら面白いことが起こるって…手帳に書いてありましたよね?」

小さく呟くと、仲間たちは顔を見合わせた。その言葉が妙に気にかかり、期待とも不安ともつかない感情が胸に広がった。


「そ、外を…見てください!」

ニア先輩の驚き混じりの声に、一斉に窓の外を見やる。


そこには、漆黒の夜空を彩る幻想的な光景が広がっていた。オーロラのような七色の光が学院を包み込み、ゆっくりと夜空に溶け込むように輝きを放っている。その美しさは言葉にできないほど壮麗で、学院の長い歴史を語るように静かに流れていた。


風のマナが青の光を纏い、空を舞う。火のマナは深紅の輝きで空を染め、水のマナは透明な煌めきを散らしていた。それらが調和し、学院全体を幻想的に彩っていた。


「中庭に行こう!」

誰ともなく声を揃え、私たちは駆け出した。イフリートとの戦いでマナを使い果たしていたヴィクター先輩も、少しふらつきながら後を追ってきた。その足取りに仲間たちが支えの手を差し伸べ、私たちは夜空の奇跡に向かって歩みを進めていった。

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