店を出して三ヶ月。常連さんも増えてきて、太いパイプもできたのはいいけれど、師匠にバレてしまったのは未だに痛恨の極み。
いや、ほんと、あのVIPルームでの空気は最高にしんどかったな。子供の時にやらかした失敗やらを師匠は面白おかしく盛って話すし、ゼアリリューゼ様は絶対に心の中のメモ帳に留めて楽しそうにしていた。ついでもって、給仕の手伝いをさせていたグルゼフォーンも陽電子頭脳にバッチリ刻んでいたことであろう。
未熟だった頃の話は本当に止めて欲しいな。攻撃術法を覚えようと「水蒸気爆発って強いんじゃね?」って生半可な知識で試して自分ごと吹っ飛びかけたり、高い金払って試作機を作る見本として買った時計を分解したら元に戻せなくなって泣いたり、醜聞には事欠かない人生を送ってきたもんだから、あまりにもいたたまれなかった。
「さて、衣替えだ」
それはともあれ、三ヶ月も経てば季節も変わる。寒い盛りがやって来たので、色々と用立てる物も必要だが、細々としたものを入れ替えねばならない。
「……しかし、物持ちが良すぎるのも困りものだな」
行李やら物入れを漁って厳冬期用の物を取りだしていると、グルゼフォーンが首を傾げた。
「マスターは風来の探索者であらせられたのですよね」
「そうだね。それが?」
「帝都に来てから揃えたにしては随分と……物が多いような」
彼女は片隅にほったらかしてあった年代物の衣装箱を開けると、今より大分寸法が小さいローブを取りだして首を傾げた。
「え、何ですかこれ、ちっちゃい……」
「ああ、懐かしい。大竜骸の学院で学生だった頃のローブじゃないか」
「これがお似合いだった時期が……」
そりゃ私がまだ学位も取ってない、入学したてのぺーぺーだった頃に用立てたローブだもの。あの時分は上背が140cmちょっとだったもんで、すれ違う生徒と教員から悉く「え、ちっちゃ」とか「踏み潰すところだった……」とか色々言われたもんだ。
「これが適性サイズだった頃を見逃している事実に憤死しそうです」
「また大袈裟な……。これは父が用立ててくれた、初めての術法師らしい装束だから捨てずにとっておいたんだ。ふふふ、これでも丈が余るくらいのを買ってね。背が伸びた時に調整できるよう、裾を大分余分にとっておいたものさ」
紺色のローブは簡素な造りで刺繍も少なく、袖や裾を軽く縁取る程度に銀糸の刺繍飾りがちょろっと入っている。これは母を喪ったあとの父に伴侶のような、親しい友人のような感覚で付き合っていた格の高い妖精が――思えば、完全に後妻さんだったよなアレ――見窄らしい格好で馬鹿にされないようにと入れてくれたのを今でも覚えている。
本当はもっとゴチャゴチャさせたかったようだが、地下の出である私が目立ちすぎる格好をしては却って〝分不相応〟だと虐められると、父が窘めてくれたのも懐かしい。
「しかし、こんな所にあったのか。開店準備で荷物を運び込むのにゴタゴタしたから、色々と適当に突っ込んだからなぁ」
幸いにも虫除けの術法がかけてあることもあって、想い出の品が虫食いで無惨なことになっていることはなかった。少しだけほこり臭かったので洗濯の術法をかけ、もう着ることもできないがノリでパリッとさせて大事に仕舞い込む。
こういう想い出の品は、中々処分できない性分だもんで、物が延々増えていくんだよなぁ。
「旅の間もずっと持っていらしたのですか?」
「まさか。空間拡充の術法をかけた背嚢があったって、それじゃ幾つ背中があっても足りやしないよ」
可愛らしいことをいうグルゼフォーンに笑い、私は探索者のギルドには貸倉庫のサービスがあるのだと教えてやった。
基本的に我々探索者は必要に応じて世界の何処にでも行くため、物品をちゃんと目録にして管理してくれるサービスをギルドが提供している。我が身一つで活動する仕事ではあるのだが、冒険を熟せば物が増えるのがこの仕事。全てを現地で処分して回る訳には行かないので、本当に大事な物は有料の貸倉庫で保管してくれるのである。
然もなければ、私のセラーはあそこまで充実していないさ。空間を連結する高度な術法で繋がった倉庫に逐一しまっていたからこそ、現金の代わりに現物支給で渡される銘酒や珍品の類いをきちんと管理し続けられた。
そして、それらの品を取りあえず全部引っ張り出したのがHaven of Restの倉庫な訳だ。
「冬物冬物……おお、あった」
「マスター、その、何と言うか……えらく統一感がありませんね?」
冬物の行李を発掘することに成功したので、とりあえずどれを私室に持って行くか吟味するために片っ端から引っ張り出すと、グルゼフォーンが少し困ったような表情を浮かべた。
「方々を彷徨いてたからなー。基本現地調達で、気楽な物を着ていたから国際色華やかだろう?」
「正直に申し上げると、些か節操がないと申しますか」
私はほら、全土を彷徨く仕事なのもあるが、これといって服装に拘りがなかったので、現地で手に入る良い物を使っていた。術師であるため自分で術法を付与する刺繍を施せば、それが防具になることもあって、態々異国では手に入りづらい連邦帝国風の衣装を用意することをしなかったのだ。
古着屋で寸法が合う物を見繕って加工し――大半が子供服だったのは屈辱なので秘密だ――現地の風情に溶け込むのが私のスタイル。
だって、そうしないと気候的にしんどいことも多かったからね。大竜骸の学院でフォーマルとして扱われるローブなんかで挑んだら、敵より先に熱気とか湿度に殺されるような所の何と多いことか。
一々周辺の気候調整の術法に大事な法力を使っていられないので、私の行李には、こんな具合に各地の民族衣装がごちゃっと詰め込まれているわけだ。
「まぁ、帝都は多民族国家だし、別に他国の服を着てたっておかしくないでしょ。植民地から着た人達は、自国の格好をしていることも珍しくないし……って、グルゼフォーン?」
どれを普段着にしようかなと物色していると、東方を旅している時に買った衣装であり、デザインは隋王朝時代の袴褶と似ている物を侍女が品定めしていた。
かなりゆったりした見た目通り、締め付けがないので着ていてストレスがなく、気に入っていたのを覚えている。
桔梗色に染めたそれは、竜血に浸した赤黒い糸で防御術法の刺繍が施してあるため、見た目と違ってかなり堅牢だ。こっちの人類企画での五人張りなんて強弓には耐えられないけれど、半弓やら爆破術法の破片くらいは寄せ付けないようにしてある。
「どうしたんだい? 気に入った? 君には大分小さいと思うんだけど」
「いえ、当機の服はコレであると決まっているので」
どうやら成機大陸のアンドロニアンにはお洒落という概念がないらしい。型番と役職、あと役割に従って決まり切ったメイド服があって、余程のことがないとそれ以外を着ることは許されていない、というよりも別に着たいとは思わないらしい。
従僕といえばコレ、と彼女達の基底コードによって定義されているようで、それ以外の服装は主人の趣味に合わせて変更するくらいのものであり、自分のために装いを変えて気分も一新なんて思考にはならないそうだ。
では何故それを見ているのかと問えば、彼女は失礼と一言断って私の体に添えた。
「寸法は合っていますね」
「まぁ、成長期終わってから作ったやつだから」
「……明日、ロウファ様がいらっしゃいますよね」
グルゼフォーンが言う通り、私が誘ったこともあって出禁が解かれたロウファ様の予約が入っている。歓待のために茶の好みをゼアリリューゼ様から仕入れておいて――流石政敵、茶の好みからお茶請けの趣味まで全部知ってたよ――土地が変わっても趣味は変わらなかったらしい東方茶を用意してある。あと月餅っぽい御菓子も。
「で、それとこの服が何の関係が?」
「いえ、懐かしい故郷の格好で歓待すれば、お喜びになられるのではと」
それは……いや、どうだろう。話に聞くところによれば、自分の君主の駄目さ加減が嫌になって帝国に寝返りを打った人らしいし、喜ぶか? それより、これは私が向こうに仕事で行った時の物だから、ロウファ様が現地で藩王をやっていた時より大分後の物だから、懐かしいもへったくれもないと思うんだけど。
ただ、営業としては悪くない……のかな? ぶっちゃけ店の内装と雰囲気が全く合っていないので、Haven of Restをコンセプトカフェと定義すれば怒られそうな仕業ではあるのだけど。
でも、コスプレウィークとかいって、全く関係ない衣装を着ることもあるものな。
私は見た目が如何にも堅物っぽい従者から、よもやコスプレ営業を提案されるとは思いもしなかった驚きを内心に抱きつつ、どうしようかと首を捻るのであった…………。