甘い物が嫌いなご婦人というのには、今のところ出会ったことがない程度には鉄板の代物である。
「どうかな」
「うん……最高……こんな贅沢……お母様が知ったらきっと怒る……」
目の前で幸せそうしている学友がそうであるように、ハーバーとボッシュの双子神がおらず――兄弟ではない定期――プランテーションでの大量生産か、神々のご機嫌次第での豊穣に頼ることが多い七合界の農業レベルで甘い物というは貴重だ。
最近は帝国だと甜菜由来の砂糖を作っていたり、成機大陸から天然物に劣らぬ合成糖類が入ってきていて、砂糖黍で立脚していた国との貿易摩擦がどうのこうのと聞こえるが、天然物の上白糖と味の違いが分からないソレを使った品物は大変にご好評のようで何よりだ。
「満足頂けてなによりです、サー・ダンバース」
「それやめて、嘘つきくん……」
ブスッとした顔をするイライザの前にデンと鎮座しているのは、店で出そうと試験的に作ったパフェだった。
完璧な食べ物、としてパーフェクトの略語を与えられた見目麗しい氷菓は、日本人ならばファミレスや喫茶店の華として知られているが、未だこの世には存在してない。
というのも、アイスクリームなんてもの自体が非常に贅沢な上、そこに更に高価なチョコレートソースをぶっ掛け、焼き菓子や季節の果物を添えて食べようなどと言う富豪でも臆する行為を考えつく者がいなかったからだ。
アイス自体は普及しているし、製氷術法が使える――熱量操作は簡単そうに見えて、かなり高度な術法だ――お抱えの術師がいる家では夏の贅沢として知られているものの、一般的な物は半ばシャーベットに近く、牛乳ではなく態々生クリームを使うソレは秘伝のレシピとして伝わる名家だけの特権。それを前世知識で好き勝手使っている私は、思えば大分と分厚い横紙を破っているのではなかろうか。
「どこがよかったかな?」
「このアイス、凄い……帝城の園遊会で、ちょびっとだけ出てきたのより味が濃いし……すっごい滑らか……添えてある果物とも合う……しかも、苺味のもあるなんて、もう贅沢を越えて罪だよ……」
「ちょっと凝ってみたんだ。味一つより二つの方が面白いだろうとね」
「それで貴重な法力を使って……御菓子一つに製氷術法を使うのは……うん……同窓生として思うところはあるけれど……」
大竜骸の学院生は、その身分から術法を特権的な捉え方をしていて、つまらないことに使うと怒る傾向にある。ただ、私にとっては便利な道具の一つなので知ったこっちゃないのだが。
だからアイスも作るし、何なら余熱を回して焼き菓子を作るオーブンの予熱にも使ったりする。こんな便利な物、使わない方が勿体ないだろうという感性に従って。
「この分厚いクッキーで掬って食べるのも良いし……生クリームもよく合う……しかも、このサクサクした薄いのって何……?」
「乾燥させた
「溶けてきたアイスと絡んで最高……」
連邦帝国ではトウモロコシは主菜ではなく家畜飼料ではあるものの、食用にしている国もあるため探せば手に入る。それに脱水術法をかけて粉末にし一手間加えれば、コーンフレークのできあがりだ。
ない物は探すし、存在しないなら作る。それがお手軽にできるのが術法の素晴らしさってところだ。
「それで、底の方に黒茶のゼリーがあるのがいいね……甘さがさっぱり抜けて……お口がべたべたしない……」
「甘い物ばかりだと飽きるからね。一杯の器にメインからお口直しまで全て詰め込んだ贅沢さ、故にこそパーフェクト」
底まで細い匙で刮いで綺麗に食べ終えたイライザは、パフェの名付けに納得したように頷いてから口元を上品に拭った。
「ごちそうさま……幸せな一皿だった……」
「官僚様の舌に合ったと言うことは、店で出しても大丈夫そうだな。さて、値付けはいくらにしようか」
このパフェは何となく思いついて作った物で、店の正式メニューではない。ただ、早い時間に四枠全部の予約を取って訪ねて来てくれたイライザだから、少しだけ友人と接してもバチは当たらないだろうと試作品を食べて感想を貰いたかったのだ。
自分で作って自分で食べたら「まぁこんなもんでは?」と納得するだけだし、グルゼフォーンは喫食機能がないからね。こうやって意見をくれる友人というのは貴重だ。
「アイスを使ってる時点で高価だけど……掛かってる手間的に……五百デナリオンくらいとってもいいんじゃないかな……」
「五百、五百か」
同じ五百でも五百円もあれば食べられていた物が、大卒初任給の賃金十ヶ月分相当と評価されるのは中々に凄まじいな。
いや、そりゃ前世と比べれば凄い材料代も掛かってるし、ここに来るお客様ならポンと出せる額ではあるけども、軽々に言われると感覚がバグるんだよな。
「それに……貴種って……変な生物だから……」
「出した額が高いほど満足する、か」
「そう……」
食後の黒茶を楚々と飲んで冷えた体を温めるイライザが頷いたとおり、貴族は庶民と違ってどれだけ安く買ったかではなく、どれだけ高く金を払ったかに価値を見出す変な生物だ。
中にはツケとか借金とかで誤魔化す貧乏貴族もいるが、本物のブルーブラッドなお歴々はこちらが提示した額が安すぎるとガチで機嫌を損ねる。
それだけしか出せないように見えるのか、と侮蔑しているように感じられるそうだ。
なので、私からすれば大それた金額でも、貴種と付き合いを持ち、最先端の術法を研究しているイライザのアドバイスには従っておくが吉だな。
「なら当店自慢、季節のパフェは五百デナリオンということにしよう」
指をパチンとならしてメニューの余白に新発売と一文書き加えておいて――でもなぁ、みんな見ねぇからなぁ、コレ……――常連様方が受け容れてくれることを祈っていると、ふと思い出した。
「そういえばイライザ、休みに来てくれているところ悪いんだけど」
「なに……?」
「今、外務と内務って結構緊張してたりする?」
唐突なれど、答え方によってはフェイタルな問いに対して、技術官僚は指先を見せることで答えた。
よく見れば、彼女の爪には若草色の爪紅、つまりマニキュアが施されている。それもただ塗料で飾るお洒落目的の装飾ではなく、触媒を混ぜた術法的防護を与える物だ。
どれも対毒の物であり、つまり彼女は口に運ぶ物一つ一つに気を付けていると無言で示してくれている。
要するに、連邦帝国内の内部事情は相変わらずというところか。
店は人工神格の加護を受けているので大丈夫だし、良縁祈願によって余程下手な客は辿り着くこともできなかろうが、抜け道は幾らでもある。
そして、私自身は自己誓約術法で縛ってあるとは言え、情報源として見ればまぁまぁの人物とも言えた。
ふむ……参ったな、太客を掴みすぎたか。
大方、日参する勢いで訪れてくれている何方かのスキャンダルを掴む取っ掛かりとしてHaven of Restに目を付けた聡い人物が現れでもしたのだろう。
だから朝市の日、小市民に過ぎない私を尾行している人物がいたわけだ。
どうにもいかんね、ここはお客様に憩いの一時をお約束する場所。Haven of Restを訪ねることが弱点になるようでは話にならん。
「イライザ、少し頼みたいことがあるんだけど」
「なに……?」
「まだ青い朝顔の種、野原で一番に飛んだ蒲公英の綿毛、三色の花弁を持つパンジー、それから一株に白と紫が同居した紫苑を一株。手に入るかな」
品目を聞いた彼女は少しだけ眉根を上げて、自分の薬草棚にある在庫の記憶を探るように目を閉じた。
「幾つかはストックがあるけど……どうしたの……? 捜し物の術法触媒なんて、しかも品質の良い物ばかり……」
「ちょっとね」
政治には関わりたくないけれど、お客様によからぬちょっかいをかけようとする奴儕を先んじて排除するのも高級店の役割だ。前世ではどうだったか知らないが、今生においては万一駆け込める場所という意味でも会員制の店は成立する。
高い金取ってるんだ。店主として警告一つ飛ばせないようでは名が廃る。
「何時までに……用意すれば良い……?」
「早ければ早いだけ。報酬は……」
探索者だった時の癖でさっそく金の話をしようとした私の唇を、友人の人差し指がそっと塞いだ。
「ボク……今度、園遊会にまたいかなきゃいけない……」
「それのお供は無位無冠の私には身に余るけど」
「だから、ドレス……選んでくれると……嬉しい……」
そんなことがいいのかい? と問えば、彼女はむしろそれが良いと言った。
「二着しか持ってないのを……術法で色を変えたり……ちょっと装身具で誤魔化してるのがお母様にバレて……すっごい怒られた……」
「君は時々、信じられない無精をするねぇ……」
思わずこめかみを抑えてしまった。ドレスなんてのは社交界での甲冑。どれだけ豪華な物を何着持っているかが身分を示すようなものであって、それこそ極まった貴種は同じ服に二度と袖を通さないこともあるというのに。
大方、お針子に囲まれてあーだこーだ言われるのが嫌だった、とかいうコミュ障特有の病気でも発症したに違いない。服を買いに行く服がないって訳じゃないんだから、そこで手を抜いて評定に棒を引かれても困るんじゃないかな。
「分かった、ドレス選び。それと最初の一針は私が入れて、スパンコールを縫い込もう。今、丁度良い銀水晶のビーズ飾りを持っていてね」
「じゃ、それで……服屋さんとのお話も嘘つきくんがしてね……?」
「君ってやつぁ変わらないね本当に……」
持つべき物は友というけど、割安で素材を手に入れているようで心苦しいな。
よし、次に作るパフェには、彼女が好きだったカシス味のアイスを添えることにしよう…………。