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第20話 見張りと予感

 外套を纏い〝無貌の仮面〟を被った私は、姿見の前で装いが乱れていないことを確認してから部屋を出た。


 「買い出しでございますね」


 「ああ、荷物持ちを頼むよ」


 今日は珍しく早くに起きた。帝都に幾つかある大路、その中でも南東から帝城に向かって延びるフレミング恩賜通りで朝市が立つからだ。


 この市は輸入品を主に商う市で、旅商の都合もあって開催は月に一度と少ない。


 それでも帝都には昔より沢山の物が入ってくるようになったそうだ。百年前、まだ術法機関によって駆動する鉄道路が一本しかなかった頃と比べて、比類なき鉄道網を築き上げた今は、大陸中央で権勢を誇る帝都には飛躍的に輸入品が入って来るようになった。


 要は、何処の国もここの外貨が欲しいくらいの強豪国になった証拠である。


 故に帝都には輸入商が多い。私が来る前と比べると十倍以上に増えたのは、中央帝国のデナリオン銀貨を欲する国と富豪がいる証明であり、世界に関する大国として揺るぎない地位にある証左だ。


 何時の時代も国際取引の基軸通貨になり得る金を握っている国は強い。アメリカが世界の警察を辞めても世界に冠するステイツであり続けたようにだ。


 まぁ、今日行く朝市は豪商がやっているような大規模な商いではなく、関税が安い個人輸入商の商業同業者組合が主催しているものだから、そんな大層な思惑は関係ないんだけどね。


 しかし、こぢんまりとしていると言って侮る勿れ。豪商というデカイ椀では掬えないような小さな宝物や、大量に扱っても利益が出づらい珍品、四角四面で仕入をする大店ではお目に掛からない逸品が出ることもあるため見逃せないのだ。


 珍品奇品は高級店のウリになるからな。だから前日夜遅くまで営業しても、僅かの仮眠だけで我慢して訪れる価値がある。


 「今日は掘り出し物があれば良いですね、マスター」


 「ああ、いい出会いがあることを祈ろう」


 並んでパンパンと柏手を打って人造神格に祈りつつ――まぁ、この店限定の神格なので、流石に外での商売にまでご加護には期待できないが――私達は店を出た。


 帝都は広い。元は中小の港湾要塞都市であったそうだが、新帝国樹立にあたって交通の便がよく、他国との外国において都合の良い場所を選定した結果、この中央大陸は東の果てに白羽の矢が立って遷都と大改築がされたようだ。


 その拘りようは凄まじく、旧帝都から戦勝記念の凱旋門やら他国から奪ってきたオベリスク何ぞを引っ越しさせた挙げ句、今では何ら戦略的アドバンテージのない巨城をブッ建てるに至ったのだから、権威主義とは大した物である。


 「しかしこういう時、車が欲しくなるね」


 「マスターは運転のご経験が?」


 「ふふふ、探索者時代、馬の代わりに主機エンジンを術法機関に改造したバイクを乗り回していた時期があってね。もちろん成機大陸産だよ」


 まぁ、と驚くグルゼフォーンに少し得意になった私だが、直ぐにもうその愛機がこの世に存在しないことを思い出して寂しくなった。


 「ああ、私のスレイプニールTypeC-E……」


 アレは難儀な依頼だったなぁ。逆鱗のあたりに何か刺さってブチ切れて、大暴れして政務どころではなくなった旧き竜を宥めてくれと家臣団に頼まれて挑んだ仕事だが、まさか仲間にバイクごとぶっ飛ばされて宙を飛び、その勢いで棘を抜くような曲芸をやらされるとは想像もしなかった。


 まぁ、棘はちゃんと抜けたんだけど、着地に耐えられなかった相棒は全損。フレームが完全に逝っちゃったせいで修理もできず、泣く泣く廃棄して徒歩の旅に戻ったのは武勇伝であると同時に悲しい想い出だ。


 元が希少な流れ物であったから二度と手に入らなかったし、三日ほど凹んで埋葬した場所で――相棒を古鉄屑として売る気にはなれなかった――しゃがみ込んでいたなぁ。


 「お望みでしたら手配いたしましょうか?」


 「いや、帝都内は馬車以外の走行は禁止なんだ。法規制が追っついてないとかでね」


 残念ながら、この街は成機大陸とのやり取りが盛んになる前に都市計画されたものだから、道がそこまで広くないのだ。細い道も多いので、土地勘のない人間に持ち込まれて立ち往生されては困ると思ったのだろう。


 だから両親に貰った二本の足を靴にねじ込んで、とてちて歩くしかないのさ。


 しかし、色々と人類のスケールが物理的にデカイから道行く人々に置き去りにされるのが悲しいな。たまに「うわちっさ」なんて声が聞こえてくるくらいの矮躯だもんで、悪目立ちしているような気がして仕方がない。


 しかし、グルゼフォーンはよく私の歩幅に合わせられるよな。一歩で私の二歩と半分くらいの差があるのに。


 仲間達によく置いて行かれかけたり、無理に歩幅を合わせようとして転んだ奴がいたのが懐かしい。やっぱりアンドロニアンともなるとセンサーやバランサーとかのおかげで色々違うのかね。


 短い脚を一生懸命動かして――相対的にであって割合的にでないことは強く主張する――半刻あまりかけて市場にやって来たが、早朝にも拘わらず異国から持ち込まれる物を求める客で往来は一杯であった。


 「うーん活況活況」


 「流石百万都市ですね」


 といっても帝都と規定されている枠全体で百万人の人口がいるだけで、中央官庁街に近い都市中枢だけの人口なら二十万そこらが良いとこなのだが、国家とはいつも数字を盛りたがる物なのでヨシとしよう。


 それに、これだけ露天と人が犇めいていたら、本当に百万人いそうな気がしてくる。


 しかし、その百万人かき集めても一人いるかどころか、桁二つ足してやっと一人という種族である孤独を叩き付けられるようで凄まじい寂寥感だ。動物園にたった一匹だけになった亀や犀ってのは、こんな気持ちなのだろうか。


 「失礼いたします、通ります」


 しかし、グルゼフォーンが来てくれて助かった。こんな時、背が低い私は群衆にもみくちゃにされて、気になった屋台一つ訪ねるのに苦労するのだが、3mと一際デカイ彼女が先導してくれるとすいすい進めて助かるよ。


 昔の仲間は気を遣って抱き上げてくれたり、肩車してくれたりしたけど、あれはあれで屈辱感が半端なかったな……成人男性としてのプライドというか何と言うか……。


 「お、香辛料か。肉桂はあるかな。意外とカクテルに使うんだよな。そろそろ寒くなってくるからホットワインも欲しいし」


 籠に山盛りの香辛料を並べている店に興味を惹かれて立ち止まってみると、しわくちゃの老翁が――四腕人だ、多分北東の亜大陸生まれだろう――異国語で色々と売り込みトークをし始めた。


 参ったな、結構なマルチリンガルである私も知らない言語だ。七合界はバカみたいに広い上、七つの世界の人種がごっちゃになっているから分岐言語が多すぎて、言語学者が体系化を諦めるくらい複雑だから、聞いたことがない言語に出くわすことが多くて困る。


 ただ、数字だけは何処にいっても変わらない。指を立てて袋を出してみれば、銀貨を片手に副腕で指五本立ててくれるので値段は伝わる。


 「小袋一つで五デナリオン? それは阿漕だろう。精々一か二ってところだぞ」


 ごにょごにょ読経めいた言葉で指を四本に減らしてきたので、二本出した後で五本にすると彼は仕方なしという具合に頷いて、肉桂と似た香辛料を詰めてくれた。


 意外とあっさり呑んだから、これ多分適正価格は一デナリオンと大判ドゥポンド青銅貨あたりってところか。ちっ、言葉さえ分かればもうちょっと値切れたんだが。


 領収証なんて物はないので自分で覚書を付けていると、首筋に嫌な感覚が走った。


 「マスター?」


 バッと振り向いて周囲を見回すが、激しい往来の中で目立った動きはない。


 ならばと視線を上げて帝都の方々に聳えている尖塔に目をやれば、一瞬だけ朝の陽光を反射して光がチラついて消えた。


 片眼鏡に込めた望遠術式を最大限拡張して光のチラついた――恐らく望遠鏡か何かの反射だろう――尖塔を睨み付けるが、動きはない。


 チッ、聡いな。感付かれたとみると即撤収か。


 「今、見られていた」


 「当機のセンサーに反応はありませんでしたが」


 「あそこの尖塔だ。非術法依存、電波も使わない原始的な光学観測器機だろう」


 参ったねと頭を掻くと、グルゼフォーンが持ち歩いているトランクを強く握り、視線をそちらに向けた。カメラアイが収縮していることからして、望遠に切り替えつつセンサーで情報を探っているのだろう。


 「熱源なし、逃走されましたね」


 「参ったね、これでいて恨みを買っている自信はあるが……」


 他人様に自慢できることではないが、探索者時代には金になるからと色々な仕事に手を出した。私は自分の術法的価値を落とさないため〝殺し〟だけはしてこなかったが、結果的に死んだ者、殺された方がマシという目にあった者は多いし、同道していた仲間が始末したクズも山ほどいる。


 つまるところ、恨みを買うアテは幾らでもあるわけで。


 さて、奴さん、探索者としてのヨシュアを始末しに来たのかな? それとも〝ヒト種〟としての私を狙いに来たのかな? それが判然としないから、どうにも気持ち悪いね。


 「追いますか、マスター。申請のお時間をいただければ監視衛星が使えますが」


 「好きにさせておこう。これでいて私は熟練の探索者だ。荒事には慣れっこでね……っていうか君、しれっと凄いこと言わなかった?」


 「アンドロニアンの共有財産ですから、申請さえ通れば誰にでも使えますよ」


 折角の楽しい買い物を邪魔されてたのは業腹だが、素直に引くなら見逃してやろう。


 こんな街中でやらかすというなら遠慮はしないがね。


 「牙を剥かない限りはネズミを追う趣味はない。買い物を楽しもう」


 「マスターがそうおっしゃるのであれば。ですが、念のためにアクティブセンサーの感度を高めておきます」


 「電波が見えたり聞こえたりする種族のカンに障らない程度に頼むよ」


 この日は露天の出が多かったのもあって、普段昵懇にしている商家では手に入らないような珍しいスパイスや、霊薬の素になりそうな触媒が幾つも手に入ったので成果としては上々であった。


 ただ、どうにも嫌な予感がする。


 人攫いとかの類いじゃないよな。とくると、お客様関係か。


 「……荒事は引退したつもりなんだがねぇ」


 私は術法中枢となる時計の竜頭を弄くりながら、サービスのためなら止むなしかと明日も早起きすることにした。


 暫く本気で体を動かしていない。ちと、鈍ったカンを取り戻さねばなるまい…………。



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