歴史的に中央大陸は移民の国だそうだが、一般的に出回っているのは緋茶、私が知るところの紅茶と似た物である。
ただ、前世で緑茶と並んで愛好されたコーヒーと似ている黒茶も存在しており、こちらを愛好する人物も少なくない。
特に今日、他の客と鉢合わせする可能性が低いからと、開店まもなく――しかも四枠全部予約を取る念の入れようだ――訪れたイライザも黒茶党である。
「しかし君も変わっているね。ハンドピッキングから見たいなんて。楽しいかい?」
「昔から……ヨシュアの手作業……見てるの好きだったから……」
南東の大陸、その高山帯で採れる多様な品種の中でも苦みがマイルドで、特別に甘みが強い物の一級品から不揃いな豆を選りながら問うと、彼女はカウンターに両腕で頬杖を突き、今にも眠りそうなうっとりとした垂れ目で私の手元を見ていた。
「でも、調合は君に一歩も二歩も劣っていただろう? 私は。卒業も一年遅れたしね」
「それは教授がヨシュアを手放さなかったから……それに、ボクも金属加工の科目だったら三枚も四枚も下手っぴだったよ……」
懐かしき大竜骸の学院時代の話をしつつ、欠けていたり輸送中に鮮度が落ちていたりする豆を取り除いて一杯分の容量を確保しながら、お互いに苦手な課題を手伝い合ったっけと笑った。
私はどうにもせっかちな部分があるから、何十分何時間と格闘する必要のある気長な薬草調合は苦手だったんだよな。正確性と手順を護ることには自信があるんだけど、如何せん悠長過ぎて途中で飽きてくるんだ。
この薬剤を作るには、この日この刻限、月がどれだけ昇ってから~とか一々注文つけてくるもんだから、作っている最中に忘れて台無しにしたこともあったな。
それを見越して余分に作っておいてくれて、分けてくれる友人の有り難さと言ったらなかったよ。
「それに……ほら、まだ持ってる」
「って、おいおい、君ソレ、修士時代の課題で作ったヤツじゃないか。しかも初等過程の」
指を見せてきた彼女の小指を飾っているのは、何を思ったか私が修士時代に課題で造り、性能的に微妙なので売り払おうとしていたが、どうしても欲しいと強請られたから進呈した指輪ではないか。
純粋な技量を見るために学院から支給された、品質的には均一となる、つまり安価で大量に手に入る亜竜の牙と紅珊瑚で作ったそれは、性能的にも値段的にも立派な技術官僚様の指に嵌まっているのが相応しい品ではない。
そりゃ課題にも関わるから、デザインは凝ったさ。それぞれの素材を半円形に削って、組み木細工のように接着不要で一つの円となるよう混ぜ合わせた螺旋模様は、牛乳を入れた直後の緋茶めいて小洒落ているけれど、あまりに飾り気がない。
それに込めている術法も質素な失せ物防止、つまりなくなっても勝手に持ち主の所に帰って来る簡単な因果率操作だけに過ぎないので、貴重な装備枠を圧迫してまで身に付けるような代物ではないのだ。
基本的に連邦帝国のマナーでは、片手の指に指輪は二つまでというのが良いとされる。三つ以上は付けすぎていて成金感が半端ないと見做されてしまう、社交界に居る者のみが知る暗黙のルールというやつだ。
つまり護符や術具として優秀にも拘わらず、空気読めない阿呆扱いされたくないなら、多腕の種族でもない限りは装備枠がたったの四つに制限されてしまう。
そして、お貴族様は家紋入りの指輪、いわゆるシグネットリングで強制的に一枠埋まるため、その不利を覆すべく残りの三つに城どころか領地が買えそうな金をつぎ込むわけだが――余談ながら、連邦帝国では貴族位は金で買えたりする――それを君……。
「もっと良い物が幾らでも作れるし、買えるだろうに」
呆れて髪の毛を掻き上げてみれば、ふふと笑う彼女の右中指には実際かなりの力が込められた指輪が嵌まっているのが見える。野の草花を編んで子供が戯れに作るオモチャめいた見た目ながら、かなりの霊地で採集してきたのか漲る力は凄まじく、術法からして恐らくは〝因果絶縁〟に関わるものだろう。
極めて高等な運命操作の術式であり、発覚困難な――たとえば階段で転ぶ運命を付与するとか――密殺を防ぐための効果があり、高位の貴種は大体これと同じ効果がある何かしらの護身具を身に付けるために大枚を叩く。
見ての通りお手製で、他の指に嵌まっている物も負けず劣らず身を守る術法としては一休揃いだ。因果を辿る応報報復術式、固有時間を保護する隔絶術式、どれも貴種の前に並べたら幾らでも金貨を積み上げそうな傑作揃いの中で、私が修士時代に作った指輪一つが明らかに浮いていた。
「これがいいの……」
「一度あげたものの使い道をどうこう言うのは礼儀に反するとは思うけども」
だからって、そんなオモチャを神話級装備と並べないで欲しい。何よりも作った私が惨めになるだろう。今より格段に未熟で、固有時間を閉じ込めた時計を作れてもいない時代の産物だとしてもだ。
「ふふ……ちなみに、指輪のサイズは九号だよ……」
「お客様、そういうのは良き縁談に恵まれた時にお願いいたします」
首筋が何故かピリッとしたので、店員の態度で軽くあしらうと常に涙目の目が一瞬更に潤んだように見えたが、私は努めて知らないフリをした。こういう時、虫の知らせは妖精か精霊、神格からの警告だから絶対に無視するなと亡き父から言い聞かされてきたからな。
第一、私は必要だから金属加工を覚えただけで、流石に今を時めく先術局のテクノクラートに贈って恥じない品を手作りできるだけの技も設備もないのだ。
この時計だって試作二一号にして、やっとこ使い物になったくらいだからな……。
「さ、挽きますよお客様」
「いじわるだね……嘘つきくん……」
選別を終えた豆をミルに注ぎ込み、手作業が見たいという本来のおねだりに応えて慎重に粉砕する。この豆の最もベストな甘みを引き出すのは、少し細かめの粗挽きだと我が身で何度も実験して試しているので、挽きすぎないよう丁寧にハンドルを回す。
「良い匂い……」
「確かにこれは、煎れている人間と立ち会っている人間だけの特権だね」
ゴリゴリと具合を見つつ焙煎された豆を挽くと、市場で売っている見た目に近くなってきた。それに伴って得も言えぬ芳香が優しく広がり、鼻腔を擽る。湯を注いだ時とも完成品ともまた違う、少し粉っぽい花が開くような香りは完成品だけでは味わえない楽しみだ。
「よく、作ってくれたよね……」
「君は除倦覚醒方術が嫌いだっただろう? だから課題で難儀している時は、よく差し入れてに持って行ったね」
私は脳に作用する術法に対して特に嫌悪感がなかったので――言うまでもなく副作用は対策済みだ――学生時代はよくお世話になったが、彼女は〝酔う〟気質なのかウィッチリングの体質的に合わなかったのか、自然なカフェインでの覚醒作用を好んだ。
「卒論の時……がぶ飲みしたよね……」
「体に悪いと途中から薄くしたら、もっと飲み始めるから困ったよ」
「君だって……平気で覚醒方術を使って五日も六日も徹夜するから……寝かせるのに苦労したもん……」
くっ、お互いに学生時代の醜態を知り合っている相手と突っつき合うのは分が悪いな。私は才能がある方じゃなかったから、恥ずかしいことに修士論文も博士論文もギリッギリで、方術とにらめっこするため何日も除倦覚醒術法をブチ込んで徹夜して、心配した彼女から睡眠薬を盛られて強制的にシャットダウンさせられたことが何度もあった。
その度、見慣れた天井を知らぬ間に拝んで気不味い思いをしたので、降参ですと言わんばかりに手を挙げた。
丁度、粉も挽き終えたところだしね…………。