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第5話 導かれし従業員

 本開店日を数日前に控えた頃、私はふと人手がもう少し欲しいことに気付いた。


 別に掃除やら何やらの手間が問題なのではない。それこそ、私は術法を幾つも修めているし、人造神格のご加護に縋れば、この店の中の全てを差配するのに過不足はない。


 指パッチン一つで四隅から天井まで埃は失せ、季節に合わせた色合いの壁紙に変化し、壊れた物もある程度なら修理できる。


 応接の問題も〝虎の子〟のおかげで問題ない。カウンター五席、VIP個室一部屋も従業員が私一人にも拘わらず用意したのは、考え成しに箱を広げただけではないのだ。


 まぁ、将来的には私以外の接客要員、つまりヒト種の働き口になればと思って作ったところはあるのだが、それは難しいだろうなぁ。


 何と言ったって絶対数が少ない上、可愛らしいからと保護されて、何処ぞかのお屋敷奥深くに飼われていたり、高給娼館の華として扱われていることが大半なので、私みたいに在野でぷらぷらしているヒト種というのは希なのだ。


 というか、学院を卒業してから方々を旅してきたが、一回も会ったことがない。


 だからこそ、お嫁さんを紹介して貰うためにHaven of Restを始めたんだけどね。


 気になったのは一人で仕込みをするのが大変だと言うことだ。


 茶器はできれば術法ではなく手で清掃したいし――幾つか相性が悪い素材で作られている物もある――お客様を持て成す茶菓子は全て手作りなのに拘っていることもあって、必要数を確保しようとすると中々大変だ。


 最初は伝手で客を入れてから完全予約制に移行するつもりなので、大量生産して備える必要はないのだけど、やっぱり手抜きする訳にはいかないから助手が欲しいんだよな。


 それこそ一人で包丁使って丸氷を延々作っていたら、他の業務が追っつかなくなる。手作業に拘りたい物が割と多すぎた。


 然りとて、店の形態的に下手な人間を招き入れる訳にもいかぬし、探索者時代の伝手は荒事や希少品の取扱に強い連中はいても、残念ながら家庭的な人間にアタリはなくて……。


 「おや?」


 さぁて、どげんしたものかと王室御用達、西方大陸の神々の末裔が作ったクリスタルグラスの酒杯を磨いていると、扉が控えめにノックされた。


 まだ開店日を迎えていないので看板も出していないし、客が来るはずもなく、招待状を送った面々も日程を無視してやってくるほどせっかちではないので誰かと首を傾げたが、エリザベスのように気の早い者が一人二人いてもおかしくないかと開けることにした。


 「はい、どちらさまで……」


 うお、でっか……。


 扉を開いた第一の感想は、正しくそれにつきた。


 巨大な人影が戸口に立っていた。


 ただデカイのではない。何もかもが巨大だった。


 身長は3mほどであろうか。人類が大型化している近年でも長身に入る大柄な体は、しかし絶妙な塩梅で均整を保っていた。細く頼りない訳でもなく、またガッチリし過ぎている訳でもないボディは、それが〝そのようにデザインされた〟からだろう。


 大きく張り出した胸は重力に負けることなくそそり立ち、それに反して臓物が収まっているのか怪しいほど細い腹から伸びる腰は肉感的に張り出して、魅惑的なラインを描く尻と太股に続いている。


 人間では、どれだけ鍛えてもここまでは達しないだろうという届かない理想型。


 そんな美を描く来客者は東方の成機大陸。大陸一つを丸まま呑み込むSF的なギガコンプレックスの住人、アンドロニアンであったからだ。


 しかし、私に帝都に住まうアンドロニアンの知り合いはいない。何人かいるが、情報集成集団とかいう諜報部門の荒事師ばかりで、今は別の大陸にいるはずだ。


 急な来客に困惑しつつ、とりあえず問うてみることにした。


 「えーと、お初かと存じますが、御用向きは?」


 「急な来訪、ご無礼とは存じますがご容赦ください。どうにも〝呼ばれた〟ような気がしまして」


 慇懃に英国風を思わせる侍女服の裾を摘まんで礼をした彼女は――SF的な種族らしく、肩部や手首にハードポイントがあり、服の各所にマウントラッチが設置されている。更にエプロンは装甲板めいていた――菫色のカメラアイを収縮させながら私を観察している。


 たしか、私の知識が正しければ、アンドロニアンはヒト種と似た人類が作った奉仕種族であるが、その宗主は世界が合一した後の環境変化に追いつけず、七合界成立から間もなく絶滅していたはずだ。


 その後は自分達なりに議会を作って成機大陸を護り、仕えるに値する他種族を積極的に受け容れて生活を営んでいたようで、余所の大陸でもたまーに見かけるくらいの珍しさだった。前世の梅田をブラついて、黒人を見かけるくらいの珍しさかな。


 その多くは主人を求めて徘徊している放浪個体で、そのまま主人に着いていくこともあれば、成機大陸に連れ帰ることもあるというのだが、彼女がここにやって来た理由は……。


 ああ、人造神格の〝良縁祈願〟か。


 砕けたりとはいえ神格は神格だ。術法を操る人間の眼にすら見えない縁を解いては結ぶ権能を持ち、客商売には持って来いだと思って御利益に据えた。


 故に私が人手を欲したから、働き手を導いてくれたに違いない。


 「まぁ、立ち話もなんですからどうぞ中へ。私はこの店、Haven of Restの店主、アルブレヒトの子ヨシュアと申します」


 「ご丁寧にどうも。成機大陸東部方面軍第二集団、20988集成旅団予備役、グルゼフォーン1021と申します。以後お見知りおきを」


 再び完璧な侍女の礼を取ったグルゼフォーンを店内に招き入れた私は、取りあえず座るように促したが、彼女は体の構造上、そして習性的に立っている方が落ち着くそうで遠慮されてしまった。


 しかし、綺麗だな。メタリックな光沢を帯びた髪はポニーテールにしても腰まで届き、零れ落ちそうなほど大きなカメラアイが嵌まった眼は人外の愛らしさで、丸みを帯びた童顔と相まって美少女と美女の中間という得難い淡いに立っている。


 その上、僅かに晒された首や指を構築する球体関節、そして右目の下にプリントされたバーコード型の個体識別タグが機械っぽさを演出していて益々〝らしい〟雰囲気を纏っている。


 ルッキズムだなんだのと非難されそうだが、やっぱり何処の世界でも人間は整った物を身近に置きたがるのだな。しかし、今は滅んだというアンドロニアンの宗主種族とやら、中々どうして良いセンスをしてるじゃないか。デカすぎることから目を背ければ、綺麗なビスクドールのようだ。


 「何か飲まれますか?」


 「申し訳ありません、当機は半戦闘用であることも相まって有機転換炉を搭載していないので、喫食する機能が実装されていないのです」


 「んー……では、味覚以外の五感はおありで?」


 「はい、それらは必要であるため実装されていますが」


 ならばと、私はとっときの香炉を取りだして豆炭に術法で火を灯し、好きな匂いの沈香を焚いた。


 ふわりと華開くように店内に得も言えぬ伽羅香が漂い、空気が変わった。体の力が抜けるような、心の芯を蕩かすが如き芳香は探索者として長年の放浪が末に手に入れた逸品で、帝都で手に入れようとすれば一欠片で四十デナリウスはするだろうか。


 しかし、ここは一級の店を目指しているのだ。訪ねてくれた人を持て成すのに財布の紐を締めてはいられない。それに、コイツは依頼の報酬として手に入れた物なので、ケチケチ死蔵していても仕方ないからな。


 「……不思議です。センサーが凪いだような感覚。疑似感情系が沈静化して……そうですね、人間でいうなら、とても穏やかな気持ちになります」


 「お気に召したら幸いです、レディ」


 「どうか、当機をそのように丁重に扱わないでください。しょせんは奉仕機械ですので」


 口ではそう言いつつ、白磁のように白い肌に変化こそないものの、グルゼフォーンは少し恥ずかしくも嬉しそうに見えた。作ったような、というより正しく美しく作られたフェイスプレートが微かに緩んでいるのは、私の観察眼が節穴でなければ見間違いではなかろう。


 「ではグルゼフォーン嬢。貴女は何のために帝都へ?」


 「その、お恥ずかしながら成機大陸で暇を……最新型ロールアウトに伴って予備役に回されまして。クロック数を落としてアップデートを待ちぼぅっとしているのも勿体ないので、我が種族の命題を果たせる幸運に恵まれないかと有機生命が多い大陸に渡って参りました」


 「種族の命題。とするとそれは……」


 「個体としての主人を求めて、です」


 彼女は言うと、カメラアイを何度か収縮させたのち――恐らく、人間では及びも付かない速度で思考しているのだろう――歩み寄って私の前に跪いたではないか。


 「ヨシュア様、どうか当機にお仕えする栄誉をお与えいただけませんか。私にはこれが、造物主が結んでくださった縁に思えて仕方がないのです。造物主に最も似たヒト種、我々が数千年望んでも、僅か十数ケースしか出会いのなかった運命に」


 両膝を突いて頭を垂れ、やっとほぼ目線が合う巨大な侍女に跪かれて私は少し困った。


 従業員が欲しいなとは思っていたけれど、ここまで完璧な巡り合わせがあるだろうか。


 ともあれ、アンドロニアンは奉仕するという一点において、この世で他に勝ることのない種族だ。


 繊細な指先は脂一つ浮かさずグラスを丁寧に磨き上げ、プログラムがされている料理の下拵えは常に完璧。


 何より、この短い時間で見た立ち振る舞いには、ケチの付けるところが一つも見当たらなかったのだ。


 「雇用という形になるので、私ではなくHaven of Restに仕えて欲しいところですが……」


 「はい、いいえ、それではいけないのですヨシュア様。どうか、当機に、ただ仕えるために生まれ、しかし遠い過去に奉仕者を失った哀れな機械にお慈悲を与えていただければと」


 一身に頭を下げられると据わりが悪いな。店の従業員は欲しかったけど、個人的な従僕が欲しい訳じゃなかったんだが。


 ともあれ、人造神格が結んでくれた縁、何よりここまで頼まれて断れば男が廃るかと思い、私はグルゼフォーンを受け容れることにした。


 ただ、雇用する上での報酬交渉にはえらく難儀したか。


 仕えるだけが悦びなので二十四時間働かせてくれれば十分とか言われても、それは倫理観が許さないんだよな。仮に彼女達アンドロニアンが〝斯くあれ〟と願われて生まれたという背景を知って尚も、私は前の世界でこびり付いた労働法を忘れられない。


 なのであーだーこーだ言い合った結果、グルゼフォーンは暫く考え込んだのち、一日に二時間だけ彼女が望むが儘の奉仕をすることを条件であると提案してきたので、私はそれに給金と生活及び身分の保障をすることを上乗せして合意に至った…………。



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