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第2話 かつて霊長だったもの

 私は総てが新しい空間を眺めて一つ満足して息を吐いた。


 カウンターは北森大陸より取り寄せた古杉の一枚板。表面研磨に注文を付けて飴色になるまで磨き上げた姿は、琥珀のように美しい色合い。


 椅子は同じく杉材で丁寧に下処理とニス塗りをした落ち着いた色を見せ、詰め物をたっぷり詰め込んだ緋色のクッションとよくマッチしている。さすがは西方の半神半人族入り乱れる聖王連盟の名工製だ。値は張るが、決して惜しくない物を寄越してくれる。


 店内を照らす術方照明は手ずから造り、色合いを必死に調節して、どの種族の目にも優しい中間色になるよう工夫した逸品で、アンティークの筐体を使っていることもあって一個作るのに七日間を要する渾身の一品だ。


 壁際に並ぶ茶器にも拘り抜いて、一切の手抜かりはない。成機大陸より取り寄せた古典の白磁や青磁の茶器は勿論、中央大陸で愛される魔獣の骨を砕いて焼成した得も言えぬ艶のある物から、黄金に輝く神造金のカップとソーサーもヴァレスティン大聖堂から飛び降りるつもりで調達した。


 優しい風合いの木目、淡いグリーンの壁紙と調和が取れており、眺めているだけで惚れ惚れするね。


 我ながら良い店だ。床には曇り一つなく、煙るように薄らと黒茶と緋茶の香りが漂って、壁際で優しい照明を反射する酒瓶の数々は綺羅星の如く。


 やっとここまできた。帝都一等地……の路地裏で、一国一城の主になるまでに舐めた艱難辛苦の何と苦かったことか。


 だが、私は成し遂げた。


 父アルブレヒトからの遺言。〝ヒトの血を絶やすな〟という教えのため、大金をせしめられて立場も作れる、富裕層向けの高級会員制カフェの開店にまでこじつけた。


 おお、父祖の霊よ、我が自慢の城をご照覧あれ! この七つの世界が混じり合った〝七合界〟で、その貧弱さと希少性から数を減らしたヒト種が作った割りには立派な牙城でございましょう。


 私はやってのけますよ。希少な同種の嫁さんを貰って、ヒト種の灯火を繋いでいく。そして、いつか忘れ去られた古代生物のように飾られるような終わりを僅かであっても遠ざけてみせましょう。


 だって悲しいじゃないか。七つもある世界がぶつかって生まれた世界の中で、一つの種族が湿っぽく消えていくなんて。不遇な定めに呑み込まれて、数多の種族が消えていったが、その内の一つに人間が数えられてしまうのは認めたくない。


 ああ、しかし、なんと因果なことか。


 〝前世〟では大阪ミナミの鄙びた路地で祖父の古風なサテンを引き継いでのんびりやっていたのが、大界災に呑み込まれて二度目の人生をやることになるとは。


 しかも、同じ種族に生まれたれど、霊長の主ではなく、下から数えた方が早い弱小種族で、ついでもって滅びかけているとは何の因果か。


 そりゃ前世じゃ実家が太い土地持ちだったのを良いことに、大学卒業と同時に爺様の道楽だったサテンを引き継いで、家賃収入頼りで早々と楽隠居を決め込みやしたが、ここまでの目に遭う謂れはないと思うんだ。


 前世で悪いことをしたから今生で苦労に遭う、何てよく言ったもんだが、私そこまで邪悪な行いに手を染めた覚えはないんだが。


 思えばずっと出自を偽って――ヒト種は、その希少性から保護の名目で狩られると父から口を酸っぱくして言われた――魔法、この大陸では術方と呼ばれる世界を構築するコードを改竄して物理現象を引き起こす技術に頼って生きてきた。


 先祖より伝わる幻惑術方を込めた“無貌の仮面”を被ってヒト種に見えぬように振る舞い、技術を学ぶ学園に潜り込んで学位を取得した後は、探索者として幾度も危うい場面はあったがデカいヤマを幾つも超えて金を稼ぎ、やっとこ誰に恥じることもない立場と安定収入の取っ掛かりを得た。


 ここからだ。やっとスタートに立てた。


 私はやるぞ。前世で自堕落に生きてきた分、コッチじゃちゃんと家族と血族ってもんを繋いで、この世に生まれた意義というものを果たしてやろうじゃないか。


 前の世では人間が多すぎて感じる余裕がなかったのだろうが、根源的に違う種族ばかりに囲まれて暮らす孤独は凄まじかった。姿を晒すこと自体が弱みになる身分も恐ろしくて仕方がなかった。


 しかし、その日々も終わりだ。今から始めよう、血を繋ぎ、歴史を紡ぐ魂の箱船が為すべきことを。平和過ぎた前世の人間が忘れていた責を。


 この私の城。Haven of Restで。


 「さて、何卒、何卒よろしくお願いします」


 パンパンと柏手を打って、私は店の中で些か浮いている神棚に手を合わせた。


 これは私の切り札。店を開くまでの準備で集めた〝神格〟の欠片を集めたもの。


 七合界が生まれるにあたって、その強烈な衝撃で粉砕された七つの世界にかつて存在した神々の残骸。


 それをこねくり回し、私一人のかそけき信仰で縒り合わせた一種の〝人造神格〟とでも言おうか。


 ご利益は商売繁盛と良縁との巡り合わせ。


 そして、この店を外界と隔絶して一種の安全地帯にすること。


 まぁ、私自身が裏市に回せば結構な額が付く生物なんだから、堂々ヒト種だと名乗って商売をやる上で必須の保険ってやつだ。


 いや確保するのに苦労したよ。この七合界ってヤツは安定しているようで方々で次元が歪んでいるし、しかも惑星かと思ったら〝ループする一枚板メビウスの輪〟の世界だもんで、色んなところで空間が解れている。


 そこから忘れられた欠片をサルベージし、引っ張ってくるのは難儀させられた。


 しかし、これは必要なのだ。嫁さんを見つけたとしても、希少な番のセットみたいなノリで捕まえられちゃ堪らんからな。少々の無茶をしてでも安全圏を確保しなくてはならない。


 あとは、上手いこと上客を捕まえて、数少ない同胞の情報を掴み、何とか嫁さんに来て貰う。


 情報は金が集まる所に集約され、そして金持ちは大体権力者で会員制とか特別という言葉に弱い。


 そこで希少種である私が接客するのであれば、そりゃあもう付加価値で金も情報もガッポガッポということよ。


 この調子で上手いことやって、今生で三十になる前に嫁さんゲットだ。


 そして、子供を拵えて立場ある身分のお歴々に養子か猶子にでもしてもらって、ちゃんとした身分で堂々と表に出られるように差配し、僅かなりとてヒト種の寿命を延ばす。


 大界災の中に消えていった同胞達の鎮魂、そして掠れるように痩せて死んでいった父の大望を僅かとて叶えて行くのだ。


 「どーかどーか、良縁をお願いいたします」


 人造神格の神棚にしっかりと祈りを込めて、私はそろそろ悦に入るのを止めて開店準備を進めるかと、客の寸法に合わせて作っているせいで、何もかもが二回りから三回りほど巨大な店の中を歩き出したのだが、不意にドアがノックされた。


 「ん……?」


 三度叩かれた扉は、気のせいか隣の音かと思って首を傾げるが、それは店内の秘匿性を維持するために張った遮音術方によって有り得ないかと思い至る。そこら辺は高給会員制を名乗るのだから、かなり気合いを入れたのだ。


 仕入業者は表から入ろうとするはずはないし、基本的に拘っている茶や酒の類いは問屋に直接訪ねていくので急に来ることはないはずだ。


 では一体誰だろうと思うと、再度ノックされる。


 おかしいな、まだ看板は出していないし、表札もCLOSEDにしていたはず。店構えは地味だけど、ここまでしていたら誰かの家と勘違いしてくるってこともないよな。


 それに、ここはかなり分かりづらい路地裏にあるから、店構えを見てフラッと客が来るような物でもないんだが。


 探索者時代に築いた人脈を使って方々に開店のお報せを送って客を紹介してくれるように頼んだけど、開店祝いに押しかけてくるには早すぎるし。


 さては酔っ払いかと懐から私の中枢術具――いわゆる術方の演算装置だ――を兼ねている銀時計を取りだして蓋を開いてみるものの、時間はまだまだ宵の口。泥酔した阿呆が間違えてくる時間帯でもなさそうだ。


 三度目のノックが響いたので、私は仕方がないかと遠見の術方で居住まいが乱れていないことを確認すると、応対することにした。


 道に迷った誰ぞなら案内してやればよし、早い時間から酒浸りの阿呆なら水でも飲ませて追い返せばよし。


 少なくとも、私自身それができるだけの力量はあるし、店の護りも厚いのだ。


 「はいはい、どなた様でございますか」


 「ん……遅い……」


 扉の向こうにいる姿を見て、私は思わず口をあんぐりと開けた。


 上背は190cmほどと高身長の種族が多い中で〝小柄〟な姿は、如何にも魔女といった長衣で飾られており、身を守るための護符や様々な触媒が吊されていて賑やかだ。


 鍔の大きな帽子と長く伸ばした前髪で隠れた顔。晒された小さな唇は真一文字に結ばれており、何とも不愉快そうにしていた。


 「イライザ……!?」


 「五年ぶりかな……嘘つきくん……」


 良縁を運んでくれと祈りはしたが、何だって〝大竜骸の学院〟の同期が開店前から訪ねてくるんだ!?


 ま、まさか、学園時代に陰キャ過ぎて憐れみ、面倒を見てやった彼女が客第一号だとでもいうのか…………。



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