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希少種転生~ヒトが希少な世界でカフェを経営しています~
希少種転生~ヒトが希少な世界でカフェを経営しています~
Schuld
異世界ファンタジースローライフ
2024年12月17日
公開日
7.8万字
連載中
 数千年前、本来混じり合わぬ世界が衝突する巨大な災害があった。混じり合って新たに生まれた地は過酷な環境で高次の種族しか生存が適わず、独自の文化形態を持って文明を再スタートするしかなかったが、安定期に入った今、一つの種族が滅びに瀕していた。
 ヒト。災害以前は一つの世界の支配種族であったが、世界合一後の環境と戦争に敗れた種族は他種族国家に併呑されたが、その脆い構造、短い寿命、才ある個体とそうでない個体の極端な差から徐々に減少。現在の生存数は十万を割り、最早少数民族と化していた。
 一方でヒトは小さくて脆弱ながら、混じり合った世界の他種族からは「可愛らしい」と呼ばれる容姿から珍重されるようになり、別の需要が生まれる。接することで癒やされる愛玩動物的な立ち位置だ。
 そんな世界に転生してしまった一人の男は、祖父からヒトの血を絶やしてはならぬという遺言を受け取り、僅かな財産で市民権を買い取り、一つの道を模索する。
 それ即ち、穏健なハーレムを作って人口現象に僅かなりとも貢献しようという険しい道。そのため、彼は人脈を築くべく高級カフェを開き、多くの他種族と関わる道を選ぶ。人外ヒロイン多数の陰謀系ラブコメディー、これより開幕。

第1話 Haven of Rest

 『こんなにも、こんなにも可愛らしい生物が実在するのか……』


 一人の女性が感嘆する。手は勝手に触れるのを抑えようとわなわな震え、口の中には唾が溢れる。数時間前の自分に言って信じるだろうか、このような幸運が今日の自分に起こるなどと……。


 さて、かつて七つの平行宇宙に存在する世界は、それぞれ別個に分かたれていたという。


 しかし、数千年前、今や歴史にのみ遺る〝大界災〟にて合一し、大いなる厄災が襲ったが、それでも七つの世界の知性体達は世界が大きく変われども力強く生きていた。


 斯様な世界の中央に位置する大陸を鎮護する巨大な国家があった。


 連邦帝国と呼ばれる立憲君主制国家、その首都の帝城には中央集権と地方分権の均衡が絶妙に保たれた行政システムが詰め込まれており、数多の貴族官僚ノーブルクラート技術官僚テクノクラートが日々を公務に費やしている。


 その中で一人の〝吸血鬼〟と呼ばれる種族の個体においても、一際長生きで、指折りの力を持つ雌性体が書類を片手に廊下から〝外事一課〟と表札の下がる部屋に入った。


 連邦帝国における外務省との連絡部署であり、内務省における外国との連絡口であるここは重要な部門が詰まった帝城本丸の中でも、五指に入る重要部署だ。


 彼女はここの長たる者で、つい先程、他言語への深い造詣と細やかな歴史知識、そして相互理解がなければ決裂も確実と思われた会談を極めて上首尾に終えた帰り道である。


 それだけの難事を成しながらも大したことなどないと言わんばかりに歩く吸血鬼は、怖ろしく見目が秀でていた。


 上背は2.5mはあるだろうか。天鵞絨の外套を思わせる翼で体を覆い、金糸と銀糸で飾った黒の夜会服で包む体は起伏に富んだ女性美の極致。


 体がいただく容も怖ろしいまでに整っていた。ただ整っているのではない。美貌があまりに纏まりすぎているが故、〝美しくて怖ろしい〟のだ。


 貴族的に面長な顔の顎はすっきりと細く、物が噛めるのか心配になるほど細い。同時に肌は蒼白の一歩手前の乳白色で、すっと通った切れ長の鳩血色の瞳と相まって白さを際立たせる。


 肉感的に厚い唇の上に通る鼻筋と鼻梁は、まるで美を追い求めた彫刻家が刻み込んだように高く整い、掘りの深い顔は厳めしさと柔和さの丁度中間。絶妙な淡いに立つマニッシュさは、中性的な美しさと艶めかしい肢体のギャップで見る物の正気を解れさせる。


 異種であっても、否、上位種として知られる同種であっても畏怖を抱かざるを得ない美だ。


 そんな彼女は室長のネームプレートが置かれた座席に悠然と腰掛けると、白いロングパンツで覆った脚を優美に組んだ。重要な案件は昼の内に片付けておき、国家を左右するやもしれぬ難事も会食の間に軽く片付けてしまったので、もう今日は雑事しか残っていない。


 夜会の誘いへの返事、社交茶会参加の日程調整、異界種族融和会議シンポジウムの参加といった社交的な調整から、贈るべきイベントへ祝電や花束を贈呈するための義理事。


 言ってはなんだが、彼女にとってつまらない仕事ばかりであった。


 片手間に最近東の成機大陸より伝わった多目的日常補助器具の――いわゆるARデバイス――予定表に念のためリマインダなどを設定しつつ手紙を書いていると、視界の端っこで配下が一人、かなり焦っているのが見えた。


 「はい、はい、その案件は勿論……ええ、外務省との折衝も……はい、はい、わたくしから……ええ、もちろん、その、ええと……」


 術方伝声機に向かって喋りかける上擦った声と気まずそうな対応からして、誰かが何かトチりでもしたのだろう。彼女は溜息を一つ付くと、電話を終えた配下をジロリと睨んだ。


 いや、正確には気遣って見やっただけなのだが、元々の目付きが厳しくて睨め付けたように見えるのだ。


 「あ、あのぅ、室長……」


 「大体聞いてたよ。外務のバカが何かやらかしたみたいだね」


 「ええ、それで北森大陸諸同盟の外交官がカンカンらしく……」


 青白い肌をした〝死霊族〟の配下は、普段纏った青白いオーラが煙るほどに憔悴しているようで、これから各方面の折衝に回るため激務が約束されたようなものであった。


 「で、室長、急ですが各所への謝罪行脚で出張に……」


 「ああ、任せる。どうしても向こうがごねるなら私を呼ぶと良い」


 「はい……」


 尻は拭いてやると配下を勇気づけてやった室長であるが、それでも配下の女性が消沈していることが気になって聞いてみることにした。


 すると、彼女はややあって悩みつつ、今日、どうしても行きたい所があったと打ち明けた。


 「一ヶ月ぶりに予約が取れた名店なんです。ここなんですが……」


 真っ白な紙に〝Haven of Rest〟と流麗な筆記体で店名のみが記されたショップカードは、シンプルで飾り気がなく余計な情報が一切ない。それだけを見るならば、何の店か分からないほどであった。


 「何のお店かな? 時間に余裕がないならレストランかな」


 「喫茶店なんです。会員制の」


 それは妙だなと室長は眉を片方上げた。喫茶店など休憩か情報交換、それか一昔前なら株取引のために入るためのものであって、一ヶ月も楽しみにして態々訪ねるものでもあるまい。そして、顔を出せば標準時で四半刻もいれば長居した方。茶や菓子が目当てならば、食べてから出張に行けばいいものを。


 「何時間でもいたくなるところなんですよぅ」


 「喫茶店で? それは珍しいね」


 「うー……うー……あー……でも、お店に迷惑かけるのも悪いし……室長なら……いっか」


 お耳を拝借したくと言われたので、吸血鬼は遮音術式を行使しながら配下の囁きを聞いた。


 曰く、特別な会員制の喫茶店で、行けばとんでもない極上の時間を過ごせると。


 「極上?」


 「この世の幸せ、その具現と言ってもいいですよ」


 にゅふふと気持ち悪く笑う配下の顔を見て、一瞬、いかがわしい店かと思ったが、彼女は〝そういった遊び〟に熱を上げるタイプではない。


 そして、とても後ろ髪を引かれるが室長にならば紹介しても良いと言われたので、今晩の予定を確認した吸血鬼は珍しく何もない夜だったので、配下と共通の話題を作っても良いかと思って訪ねてみることにした。


 「天の国の休息所ね」


 自家用の〝首なし馬〟が牽く馬車に乗ってショップカードの住所、帝都の中でも閑静な高級商店が――しかも、殆どが一見お断りのオーダー店といった並びだ――犇めく区画へやってきた彼女は、御者に四半刻もすれば戻ると言って小路へと入り込む。


 小さな路地、最奥に大仰な看板を吊すでもなく、その店は静かに佇んでいた。知らなければ、ここが店だと気付くことすら難しい佇まいだ。


 「……高度な結界。人払いの対人結界。鍵はコレ、か」


 その上、用がない人間がふらりと立ち入れないよう結界まで敷いてある様は、本物の貴族のみが出入りを赦された社交場と似ていた。


 これならば陳腐な店で不快な思いをすることはないかと思った吸血鬼は、静かに店の扉を開いた。


 すると、広がるのは落ち着いた空間。広々としているのにカウンターのみの席が手前にあり、奥の通路は長いため個室が幾つも用意してあることが窺えた。


 そして、軽く息を吸い込めば、吸血種の鼻に満ちるには幾種類もの茶の芳香。きちんと管理されたそれは、混じり合っても自然と不快ではなく、好い匂いと抜けるような爽やかさを鼻腔に残していった。


 チリンと澄んだ音を立てるベルは入室を報せる物で、それを聞いて静かな足音が近づいてくる。


 「初めてのお客様でいらっしゃいますね」


 「ああ。紹介を受けた」


 帝都では珍しい人種であった。奉仕機械生命体、アンドロニアンとも呼ばれる、吸血鬼が最近使い始めたデバイスを作った成機大陸の種族であり、3m近い上背とメカニカルな侍女服を着込んだ姿が特徴的であった。


 「マスター」


 「はい、直ぐに」


 奉仕機械が呼びかければ、店の奥から店主がやってくる。


 その姿を見て、驚異的な美を持つ吸血鬼は、雷に打たれたような衝撃を受けた。


 体高は170cm少しと随分〝小さい〟。すらりと長い四肢をダブルボタンの侍従服に包んだ姿は、有り触れた人類体型の種族であるのだが、彼女にはその存在が信じられなかった。


 長く伸ばしてうなじで緩く括った黒髪、茶褐色の優しげで垂れ目がちの目は、右目が片眼鏡で飾られており得も言えぬ高貴さを演出する。鼻は高いとは言えないが形が整っており、その下に配された唇は艶々で瑞々しい地の色合いを覗かせる薄い物。


 特徴がない故に却って整って見える様は、見間違いようがない。


 今となっては絶滅危惧種。この七合界において、もう一万人と生き残っていない純粋な〝ヒト種〟ではないか。


 今や保護されるように細々と生きている、希少にも程がある種族がどうしてこんな所にという驚きより先に、吸血鬼は呟いていた。


 「か、カワイイ……」


 標準的人類と比べれば余りに小さな体躯。細い手足、繊細に過ぎる指と小さな顔のパーツ。


 一時〝愛玩目的〟で乱獲されて、その数を減らしたのが納得できる可愛らしさは、高貴なる家の吸血鬼であっても初めて見るほど。


 「ウィルウィエイラ様からのご紹介ですね。お席にご案内いたします。どうぞこちらへ」


 頭が自分の胸ほどまでしかない、可愛らしい生物に促されるがままに吸血鬼は、普段ならしないフラフラとした足取りで席へ案内された。


 そして2から3mはある〝標準的な〟人類が座る巨大な椅子を引かれた彼女は、思わず手を出してとめそうになった。


 そんな小さくてカワイイおててが傷付いたらどうするのだと。


 「さぁ、どうぞ」


 「え、ええ」


 しかし、その仕草の一挙手一投足を見逃したくないので止められなかった。座るよう促されて、彼女は慎重に慎重に腰を下ろし、座面に体重をかけないようにして彼の負担が軽くなるよう配慮する。


 客がきちんと席に着き、角度も深さも完璧であることを確認すると店主は自分の上背には高すぎるカウンターに回った。そして〝障壁術方〟を使って見えない足場を作ると、うんしょと頑張っているような声が聞こえそうな仕草で上がった。


 「改めて、お初にお目に掛かります。私、当店〝Haven of Rest〟の店主、アルブレヒトの子、ヨシュアと申します。こちらは侍女のグルゼフォーン1021。どうぞお好きにお呼び付けくださいまし」


 どうお呼びすればよろしいでしょうか、そう問われて吸血鬼は自然と名乗っていた。


 平素であれば、一見の店ならば偽名を使っていたというのに本名で。


 「ゼアリリューゼ・オッペンハイム=キャリフォニア=ワシントニア」


 「ワシントニア様ですね」


 他人行儀に家名で呼ばれ、彼女は胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。


 こんなカワイイ生物からよそよそしくされると、悲しくて泣きそうになるのだ。


 「いや、ゼアリリューゼでいい。今は私的な時間だからね」


 「では、ファーストネームでお呼びする栄誉、謹んで承ります」


 微笑んで、彼は初めてのお客様ですので、システムを説明させていただきますと告げ、白い革手袋に包まれた手にいつの間にやらメニュー表らしき物を持っていた。


 「まず、当店は完全予約制かつお時間制となります。半刻五十デナリオンでお茶と御菓子を一品ずつ。追加でのご注文はメニューの記載通り」


 庶民ならば、その金額を聞いて大いに驚いたであろう。一デナリオンは銀貨一枚であり、平民ならば一日を優に生きていける金額だ。学位を持つ者の初任給が八十から六十デナリオンの帝都では、あまりに高価すぎる。


 しかし、貴族からすれば、何ら問題のない細やかな金額と言えた。


 それでヒト種と会話できるとあれば、むしろ安すぎるほどだ。


 「サービス料、タックスなどはいただいておりません。何かご質問は?」


 「……いや、ない。良心的すぎて驚いたくらいかな」


 「明朗会計が売りですので。では、お時間を始めます」


 言うと、ヨシュアはベストのポケットからチェーンを手繰って懐中時計を取り出すと、現在時刻を確かめて竜頭を一度押した。


 何らかの術方が働いた痕跡。しかし、普段なら具に解析したであろう吸血鬼も、それを気にしている余裕などなかった。


 動作全てが小さく、優美なはずなのにぽてぽて危なっかしくてくて可愛らしい。こんな愛らしい生物がこの世にいるのかと、実家で生まれたばかりの仔猫を見た時以来の衝撃から復帰できていないのだ。


 「ゼアリリューゼ様、お飲み物は何を。本日の御菓子は林檎のコンポートでございますが」


 「……緋茶をいただけるかな」


 「畏まりました」


 完璧な貴族への礼を取ると、ヨシュアは壁際の道具を術方で浮かせると丁寧に配列して手際よく茶を煎れる準備を整えた。


 「ご注文などあれば茶葉も多数取りそろえております。差し出口ではございますが、本日の御菓子でしたらマウリヤの良い品が入ってまして、とても合うかと存じます」


 「では、それを」


 言われるがままにお薦めを頼めば、繊細にして完璧な手付きで緋茶が準備された。注ぐ湯には保温術式が掛けられており抽出温度は完璧で、蒸らす前から華が開いたような良い香りが溢れ出す。そして、葉が十分に開ききったところで、熱を奪わぬよう余熱されていたカップに注がれる茶の色合いと芳香は蠱惑的なまでに完璧であった。


 あの小さな手が手ずから煎れてくれたという感激も相まって、吸血鬼には飲み慣れたそれが天上から注いだ甘露の如く映える。


 「ああ、それとゼアリリューゼ様……御身は吸血鬼とお見受けいたしますので、ご不快でなければ私からサービスをと思うのですが」


 「……なんだろうか」


 にっこり微笑むと、ヒト種は左の手袋を脱いでから、小さな術方の針を作ると人差し指の先に押し当てて、小さな血玉を浮かばせた。


 そのあまりの痛ましさにゼアリリューゼは叫び声を上げそうになったが、手がゆるりとカップの上に持って行かれ、雫が垂れようとすると、悲鳴は唾と一緒に喉の奥に落ちていった。


 「いかがでしょう?」


 「おねがい……できる……かな」


 貴種らしくない一言一言切るような言葉になってしまったが、彼女はそんなことを気にしている余裕はなかった。


 雫が茶に垂れる刹那の時間が止まっているように見える。


 可愛らしいだけではなく、完璧に過ぎるサービス。震える手で茶器をつまみ上げ――貴種の意地でソーサーとぶつけるようなことはしなかった――唇に運ぶと、茶本来の味が生きているのみならず、芳醇な〝命と活力〟の得も言えぬ味が舌をぬるりと愛撫した。


 その瞬間、彼女は今度、この店を紹介してくれた配下に一等良い店を奢ってやろうと決めた。何なら、今抱えている案件全て攫って片付けてやってもいいくらいだ。


 絶対常連になろう。何なら明日も来たい。そう決めつつ、吸血鬼の令嬢は陶酔した気持ちで、何時までも口の中で転がしていたくなる茶をゆっくり飲み干すのだった…………。



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