ロワールの合図で勢いのまま船に乗り込んできたマオとアーゼル。
「こりゃ一体どういうことなんだ?」
さっきのロワールの口ぶり、それに対するマオとアーゼルの反応の良さから考えて、明らかに仕組まれたもの。
別にそんなまどろっこしいことをしなくても普通に乗り込んだら良かったのに。
「ボクちゃん、こっからは俺から説明するよ」
今まさにマオとアーゼルが口を開こうとした瞬間、ロワールが船橋から飛び降りてきた。
「ま、1回中入ろうや」
俺達はロワールに案内された船内の4人用テーブルに2人ずつ向かい合って座り、いよいよ本題へと入った。
まず、俺がヴォルグリア国へ誘われたあの日、ロワールはイオナからお願いされたらしい。
マオ、アーゼル、ラニアも一緒にヴォルグリア国へ連れて行ってあげてほしい……そして出来れば騎士団の力で、彼らが市民権を得られるよう協力してやってほしいと。
「……市民権っ!? つまりもうダストエンドには帰れないってことか!?」
「そういうことだ」
なるほどな。
それならイオナの塩らしい見送り納得がいく。
俺はいずれ去る時のためなのかばかり思っていたが、まさかそれが今日だとは思いもしなかった。
「……それで、俺に黙ってた理由は?」
俺の問いに、いの一番で答えたのはアーゼル。
「だってエリアス、それを知ってしまったらヴォルグリア国に行かないでしょ?」
「いや、そんなことは……」
即答はできなかった。
いや、おそらく最終的にはヴォルグリア国へ行くことになると思う。
しかし最後まで渋っていただろうし、もしかすると2日では答えが出せなかったかもしれない。
それを分かった上で内緒にしていたのだとしたら、本当に俺の性格をよく分かってらっしゃる。
「……だけど、2人は本当に良かったのか? 島を離れて」
「はいっ! アタシはエリアス様がいれば、どこでもいいので」
と、一切の迷いなく答えるマオ。
本当に出会った頃からブレないなと思う反面、そこまで崇められると少し気恥ずかしく思う。
「……僕は島を離れるの、不安だったよ」
「だった?」
そしてマオに続いて答えるアーゼル。
語尾の過去形が気になり、俺は思わず問い直した。
「今はもう心配してない。何せラニアが残っているからね。それにイオナさんも」
ラニア……そうだラニア!
イオナの婆さんが指名した中に彼女の名前もあったはず。
なのになぜこの場にいない?
「なんでラニアはここへ来てないんだ?」
「子供達が心配だから。……あとラニアがいないとお前達を出迎える奴がいなくなるの〜、だってさ」
「……ぷっ! ちょっとラニアさんに似てるっ!」
アーゼルのモノマネじみた言い方に、マオが思わず吹き出した。
あまり笑う空気じゃなかったものの、アーゼルはわずかに微笑みを浮かべている。
「ラニアは前向きな気持ちで送り出してくれたんだ。僕達も笑って旅立つくらいがちょうどいいんじゃないかな」
「そうだな。後ろ向きだと、それこそラニアに笑われそうだ」
「はは、確かにね」
この会話を機に俺達は、今日まで過ごしたダストエンドの日々を振り返り、思い出話に花を咲かせたのである。
「ボクちゃん達〜、楽しい時間のところ悪いけど、そろそろ着くぞ」
本当に時間が過ぎるのはとても早く、どうやらもうヴォルグリア国へ到着するらしい。
「いよいよだな。アーゼル、マオ」
「そうだね。少し緊張するね」
「本国で何があろうと、エリアス様のことはアタシがお守りしますので、安心してください。……アーゼルは自分でどうにかしてね」
「ふっ、マオは相変わらずだね」
「なんだアーゼル、今から決闘でもするか?」
マオが俺に向ける従順さに対して思わず笑ってしまったアーゼルに腹立てたのか、彼女はその場を立ち上がり、喧嘩を売り始めた。
「はは、ごめんよマオ。そうだなぁ、決闘するならもっと広いところの方が良くないかい?」
「……たしかに」
「ならまた今度にしようか」
「そう、か。それもそうだな」
アーゼルの軽い説得によりマオは容易に納得し、再び元の席へ腰をかける。
一応こうみえて、アーゼルとマオは仲が良い。
仲というか実力が拮抗しているため、マオもアーゼルと戦うのが1番楽しいのだろう。
アーゼルはそれに快く付き合ってあげている、といった感じだ。
彼は高頻度でマオに誘われるため、今や断り方にも磨きがかかっている。
さすがアーゼル。
「……で、ロワール。着いたらまずどうするんだ?」
実は船に乗ってから気になっていた。
向こうに着いてからどんな予定なのかを。
「あーそうだな、とりあえず団長に会いに行くだろ? それからは……知らんっ!」
「マジか」
あまりの無計画さに俺達は揃って椅子からずっこけそうになる。
「ナハハッ、冗談だって。お前らがこれからしなきゃ行けないのは職探し、かな」
「職探し?」
「あぁ。まぁ年齢制限がなくて、市民権を得られる職っつったら冒険者か騎士団員くらいになるだろうけどよ」
その職を聞いて、マオとアーゼルが食いつく。
「騎士団員っ!?」
「冒険者っ!?」
「騎士団員になれば、アタシもイオナのように強くなれる?」
この3年、実力のみを磨いてきたマオにとっては強さこそが全て。
例えそれはヴォルグリア国へ渡ろうと変わらない、これからも揺らぐことのない彼女の意志なのだろう。
「そうだな。もしかするとイオナさんよりもっと強くなれるかもしんねーな!」
「やったぁっ! アタシ、騎士団入ります!」
マオは勢いのまま立ち上がり、即答。
すでにやる気満々のようだ。
「冒険者になれるってことは、これからS級冒険者の方ともツテが作りやすい。僕達が帰れる日だって……」
アーゼルは静かにそう呟いた。
俺とアーゼルがリーヴェン村に帰るための方法、S級冒険者にアルヴェニア大陸行きの任務を受けてもらい、それに同行する。
これを実現するためにも、俺達はどこかのタイミングで冒険者にならなくてはいけなかったが、同時に市民権を得られるとなると、これこそ一石二鳥というやつだ。
「……俺も冒険者になりたい!」
これが自然な答え。
気づけば言葉に出していた。
「……エリアス様、騎士団じゃないのですか?」
マオは見るからに残念そうな顔をして肩を落とし、その様子を眺めるアーゼルは「あはは」と控えめに笑いをこぼしている。
「そうだぜ。ボクちゃんが騎士団に入ってくれりゃ百人力だ。もしかすると最年少の中隊長なんかも夢じゃねぇかもよ……っと着いたようだな」
すると船はゆっくり静止していく。
そして完全に止まった後、輸送船の操縦士が俺達に降りるよう指示しにきた。
「よーし、降りるかボクちゃん達っ!」
「おう!」
「うん!」
「はい!」
俺達はそれぞれ返事し、ロワールの後に続く。
さて、ここからは未知の世界だ。
ヴォルグリア国、血狼騎士団、冒険者。
この先何が待ってるのか少し楽しみな時間がいる。
しかし最終目的だけは履き違えてはいけない。
そう、俺達は故郷へ帰るのだ。
父さん、母さんが。
そしてフィオラが帰りを待っている。
様々な感情が脳内を駆け巡りながら、俺はヴォルグリア国へ足を踏み出したのだった。