2日後――
ロワールの言う明後日とは一瞬のうちに過ぎ去り、あっという間にその当日を迎えてしまった。
なぜそんな急なのか。
ロワールいわくヴォルグリア国とこのダストエンドは定期的に輸送船を使って食料や資材を輸出入しているのだが、その船の到着が最短で明後日だったらしい。
つまりはそれに乗り込むってことだ。
そしてその船は、ちょうど街近くの海沿いに止まったところ。
「エリアスゥ……ほんとに帰ってくるの?」
今、子供達総勢は、俺の出航を見送りに来てくれている。
「昨日も言ったけど、事情説明してすぐ帰ってくるんだ。そんなに泣かないでくれよ」
小さな子供達は、昨日の夜からこんな調子。
ほんとこの3年でえらく懐かれたもんだ。
ちなみにこの昨日ってのは、集会所で開かれた食料庫を自由に使えるようになった記念のパーティだったのだが、その場で俺が「ちょっとヴォルグリア国行ってくる」と言ったことで、急遽お別れ会みたいになってしまった日のこと。
事前に話していたアーゼルやラニア、マオに関しては驚く様子もなかったが、他の子達にはまだ伝えてなかったので、驚きのあまり一瞬ではあるが、パニックを起こす子もいたくらいだ。
にしてもマオ、いつもの彼女であれば、必ずついてくると言って聞かないはず。
ふたつ返事で受け入れたのには少し驚いた。
まぁ彼女も成長したってことなのかもしれない。
「……絶対帰ってきてよ?」
「大丈夫だって。ロワール、すぐ帰ってくるんだよな?」
「どうだろ〜」
「え、帰ってくるよな?」
「……さぁな〜」
とロワールはずっとこの調子。
なんやかんやはぐらかされている。
ま、彼が国の最高責任者でない以上、分からないってのが本音なのかもだけど。
「エリアス、しばらく会えないかもしれないけどお互い頑張ろう」
なんだか別れの挨拶的なムード。
まずはアーゼル。
彼らしい言葉だ。
「……あぁ。帰ってきたらまたこれからのこと考えような!」
ガシッと握手を交わした。
面と向かってそう言われると、まるで本当の別れかのような気持ちになり、少し寂しくなる。
そしてその後ろにいたラニアは、嗚咽を漏らしながらアーゼルを跳ね除け、俺に抱きついてきた。
「エリアスゥ……離れだくない……絶対ィ、帰ってくるの゛、ちゃんとわがってるの? うぐ……っ」
ラニア含めた子供達とはこの3年、片時も離れたことなんてなかった。
彼らにとって俺が来週帰ってくるから、来月帰ってくるからということが問題ではない。
離れることこそに悲しみを感じているのだ。
そんな子達を残していくなんて……というちょっとした親心的なものを抱いてしまうが、決してこのままではいけない。
俺にしろアーゼルにしろ、いずれはここを発つことになる。
ほんの短期間ではあるが、子供達が精神的に自立する良い機会かもしれないな。
「ラニア、俺が帰ってくるまで、子供達は任せた」
「……うん、なの」
俺はラニアを強く抱きしめ返し耳元でそう伝えると、彼女の咽び泣く声が止み、ハッキリとした声で返事が返ってきた。
よかった、やっぱりラニアは強い。
いずれ俺やアーゼルがこの地を離れても、彼女がいればきっと子供達は大丈夫だろう。
今の返事からは、そんな安心感さえも感じさせられた。
ラニアが俺から離れた後、続いてはマオが一瞬俺の元へやってきた。
「エリアス様、これからも頑張りましょうねっ!」
「……え?」
つい聞き返してしまった。
今の流れ、みんな別れの言葉を言ってる中、マオだけが異なった内容だったから。
いや、まぁ一生の別れじゃないからかける言葉は自由なんだけど、意表を突かれたというか。
「いや、その……へへ。そういうことですので!」
と、最後までよく分からないまま俺に背を向け、元いた位置に戻っていった。
ま、彼女なりの声かけだと思おう、うん。
そしてそれからしばらく続いた子供達の列。
順に別れを言いながら、俺はそれをなだめるという流れが一頻り終わったあと、最後の1人が傍にきた。
「私が最後でいいのかい?」
この3年、散々みてきた老いた顔だ。
「そりゃ最後は大人に締めてもらわなきゃな」
俺は冗談じみた言い方でそう返した。
「ふっ、そうかい。……エリアス、この前も言ったが、子供達は任せときな。この私が命を賭けて守る! だから……お前はここを離れることに負い目を感じる必要はない。気にせず行っておいで」
「……婆さん」
だから騎士団に状況説明したら帰ってくるって。
……そう思ったが、俺はその言葉を呑み込んだ。
イオナは俺達がいずれこの場所を離れることを知っている。
だからこそ、今後俺やアーゼルが旅立ちやすいように場を整えてくれているのかもしれない。
例えそれが今じゃなかったとしても、彼女は俺達がここを離れることに負い目を感じて欲しくない、そう思っての言葉なのだとしたら、この先は言わない方がいい。
なんとなくそう思った。
「ボクちゃん、そろそろ行けるかい? おじちゃんもういい歳だからさ、足が疲れちまったぜ」
「あ、ロワールごめん!」
キリのいいところでロワールから声がかかったので、俺は船に乗り込んだ。
豪華客船……ってわけじゃないが、乗客20人ほどは乗れそうな立派なもの。
中には荷物も載っているので、全ての範囲を手広く使えるわけではないが、ただ横になって休むスペースは余裕である。
ヴォルグリア国までは2時間ほどで着くらしいのでまぁちょっと横にでもなっていようか。
「エリアス……元気でねーっ!」
泣きながら手を振って見送ってくれる子供達を背に、船はゆっくりと陸から離れていく。
その瞬間、鳴り響く汽笛によって彼らの声はかき消されてしまったが、彼らの一生懸命声をあげる姿を見るだけで、離岸した今でもここまで気持ちが伝わってきた。
「……みんなも元気でな」
向こうまで届かないと知りながらも、俺は小さな声で呟かずにはいられなかった。
「……よっしゃ、そろそろいいか」
ロワールが俺の横にそう言った。
「え、何が?」
そう問うた時、すでにロワールは俺の傍から離れており、船で1番高い船橋へ飛び乗って陸へ大きな声で喚き叫んだのだ。
「ほらーっ! 早く来いよっ!」
来い?
誰に言ってんだ?
そう思い陸を見ると、こちらへ向かって助走からの踏み込みを決めた2人の猛者がいた。
船はすでに陸から30メートル離れているが、彼らにとってはそんな距離あってないようなもの。
見事船尾側のデッキめがけて、2人同時に華麗な着地を決めたのであった。
「マオッ!? アーゼルまで!」