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第46話 騎士団副団長


 あの出血じゃ、まず助からないだろうな。


 俺は倒れたヴォルガンを見て、今までの経験的にそう思った。 

 だがそれも自業自得、今までヴォルガンは悪事を働きすぎたのだ。

 因果応報っていえば納得がいってしまうほどに。


 とにかく!

 無事に戦いが終わった。

 誰も死なずに……と思ったが、安心するのは手負いのマオとイオナ、2人の安否を完全に確認した後の方がいい。


「ボクちゃん、2人のお仲間さんは無事だぜぇ」


 さっきの中年男性、ロワールの緩い声だ。

 見ればマオとイオナは並んで横たわっており、その横にロワールがあぐらをかいて座っている。

 みた感じ、ロワールがマオを抱えてイオナの横に寝かせてくれたってところだろう。


「あの、さっきは助かりました」


 俺は彼に駆け寄ってすぐ、感謝の意を伝えた。


「あぁいいってそんなの。仕事のついでだから。それよりボクちゃん、あのヴォルガンを倒すって相当強いね。何者?」


「えっと、ボクちゃんじゃなくて俺はエリアスです。何者、と言われましてもただの子供としか」


 今は1つの大きな目標を果たしたところで少し……いや、かなり疲れている。

 なので俺のことは一旦適当にはぐらかした後、別の話題を振った。


「ところでロワールさんは仕事って言ってましたけど、ここへは何しに?」


「いやいや、ロワールでいいって。あとボクちゃん敬語もいらねーよ」


 ロワールは俺の敬語をまるで煙たがるように、平手をブンブン横に振っている。


 だったら?

 まるで他の人はダメみたいな言い方だ。

 いや、他の人というかロワールなりの基準みたいなものが存在しているようにも感じる。


「なんで、俺ならいいんだ?」


 俺はさっそく敬語を崩して問いかけた。


「だってボクちゃん、俺より強いじゃん」


「……は?」


 ロワールの意外な答えに俺は言葉を詰まらせる。

 まさか実力で物事を考えていたとは。


 それにマオを助ける時に見せたロワールの実力、あれも相当なものだった。

 マジでこの男、俺は冗談抜きで全力のイオナくらいは強いんじゃないかって思っているくらいだ。

 そんな人を前に自分の方が強いと思えるほど、俺はそこまで自惚れていない。


「はは、そりゃそうだろ。双龍閃、だっけか? あんなの騎士団副団長のオレですら出来ねーことをやってのけんだからよ」


 俺のキョトン顔がよほど面白かったのか、俺の強さを説明しながらもケラケラと笑っている。


「いやそれはさすがに言い過ぎ……って副団長!? ロワールが!?」


「おいボクちゃん、いくらなんでも驚きすぎじゃねぇの? そんなお前で副団長が務まるのか、みたいな言い方されたらさすがのおじちゃんも泣いちゃうぜぇ」


「いやいや、そういうわけじゃなくて! ……で、その騎士団の方がどうしてここに?」


「どうしてここにって……あ、そうだ! 俺ァディアモンドっつー騎士団の男探してんだった! ボクちゃん知らねーか? あのーメガネかけたくそインテリ野郎みたいな顔してよー、なんでも効率が1番、みたいなやつだ。まぁそんな悪いやつじゃあねぇんだがな」


 ディアモンド。

 さっき散々聞いた名だ。

 陰の牙を戦力として借りようとした男。

 たしか魔法国エル、なんとかって言ってたような。


「……さっきまでここにいたぞ」


 俺は迷いなくロワールにそう伝えた。

 ロワール自身、信用できる相手だなって話していて分かったし、なにより彼にとってその男は大事な仲間のようだしな。


「……ボクちゃん、そいつはどこ行った?」


 するとロワールの様子が変わった。

 さっきの緩い雰囲気からは、まるで真逆の鬼気迫る表情という感じ。


 俺は今知る限りのディアモンド情報を、ロワールはここへ来た経緯とヴォルグリア国の現状をと、お互いこと細かな情報交換を行った。



 そして全てを話し終わった後、ロワールはガクッと肩を落として深いため息を吐いた。


「はぁ〜〜、マジかぁ〜〜〜っ!」


 ……まぁそういう反応になるわな。


 どうやら俺が耳にした魔法国エルファリア。

 これはヴォルグリア国とかつて因縁だった敵国らしく、ディアモンドは何故かその国と手を結んでいる疑いがある。


 仲間の無実を証明するためにここへやってきたロワールからすると、さぞ受け入れ難い事実だろう。

 そりゃため息も出るわ。


「ま、クヨクヨしたって仕方ねぇ。一旦、城に帰って団長に相談するかぁ」


 と思っていると意外にもスッと気持ちを切り替えたロワール。

 その場からサッと立ち上がる。

 さすが騎士団副団長ともなれば、感情に流されないってわけか。


「……ボクちゃん」


「え、はい?」


「来るか? 騎士団本部へ」


「……へ? なんて?」


 ニシシ、とイタズラじみた笑みを向けるロワールが、俺をスゴいところに誘ってきたのだ。

 さすがにビックリして言葉がこれ以上出なかった。


「だから騎士団本部だって! まぁボクちゃんは貴重なディアモンドの目撃者なんだから、この命令は断れないんだけどねぇ〜」


「騎士団本部ってヴォルグリア国だよな?」


「おん、そうだぜ?」


 やっぱりそうか。

 まぁ元々リーヴェン村に帰るために、ヴォルグリア国には行くつもりだった。

 それが思わぬ形で叶おうとしている。


 しかしここにいる子供達が気がかりだ。 

 俺がここから離れている間、子供達に手を出す大人が現れるかもしれない。

 そんな心配が俺の脳裏をかすめる。


「エリアス、行ってきな! そこの男の言うとおり騎士団の命令とあっちゃ、どっちにしろ断れないしね」


 聞き覚えのあるしゃがれ声。

 気づけばイオナがひょこっと体を起こしていた。


「イオナの婆さん!?」


「どうせエリアスのことだ、この街や子供達のことを心配してるんだろうが、余計なお世話だよ。……みんなお前が思ってるより強い。それに、これからは私も子供達の面倒をみることにしたんだ」


「え、どうして急に?」


 そういえばイオナの婆さん、あれだけの実力があるのにも関わらず、今まで積極的に街へ関わるところを見たことがなかった。

 あまり深くは考えなかったが、ここで気持ちを改めたということはなにか心境の変化みたいなものがあったのだろうか。


「……私はこの街に来てから……いや、副団長という地位を失ってからかな。私はずっと自分のためだけに生きてきた。他人が死のうと関係ない。自分さえ幸せに生きていれば、そう思ってたんだ。だけどいつからか、お前達ガキ共がお互いを大切に想い合っているところをみて、思い出しちまったんだよ。仲間や家族の大切さを。だからエリアス、お前がこの街を離れたところで、なんの影響もない。気にせず行ってきな」


 イオナの婆さん、そんなことを思っていたのか。

 彼女の腹の底を知って、俺は自然と胸の奥が熱くなった。


「……婆さん、ありがとう。ってまるで俺が帰って来ないような言い方してるけど、多分騎士団本部で話を聞かれ次第帰ってくると思うぞ?」


 ダダッ――


 すると突然の激しい足音。

 気づけばロワールがイオナの元へ駆け寄っていた。


「イオナ、ってもしかして元副団長『血喰のイオナ』さん、ですか!?」


 ロワールは食い気味にイオナへ体を寄せるとイオナは突き放すように手を押し返しつつ、渋々問いに答える。


「……あぁ、そうだが?」


「じ、実は、俺イオナさんに憧れて血狼騎士団に入ったんですよ! こんなところで会えて光栄です!」


 まさか、現副団長ロワールは元副団長イオナの大ファンだったとは。

 そりゃ目の色変えて飛びつくわけだ。


「……あぁ。分かったから少し離れな」


「あっ! すみません」


 体を仰け反らせながら顔をしかめるイオナを見て、ロワールが我に返ってひと言謝罪した。


「まぁいい。若いの、少し話がある。こっちへこい」


「……? は、はい」


 とイオナは痛む脇腹を押さえながら立ち上がり、ここからロワールをどこかへ連れて行こうとする。


「おい、婆さんどこ行くんだ?」


「大人の話さ。ガキはガキの面倒でも見てな」


 イオナはそう言いながら倒れたマオを顎で指してから、ロワールと少し離れたところで会話をし始めた。

 2人の会話は少し……いやかなり気になるが、今はマオの体が優先だ。


 俺はそう思い、彼女のそばに寄って顔を覗いだ。


 マオは相変わらず深い呼吸を一定のリズムで行っており、安らかな表情をしている、

 まるで苦しむ様子もなくただ眠っているかのように。

 時折、片目をぱちくりと開けては周りを見渡して閉じる。

 そして眼前の俺と目が合ってはキョロキョロと目を泳がせて……。


「……って起きてんじゃんっ!」


「え、えへへ〜」


 マオはバレたことが少し気恥ずかしいのか、俺から目を逸らしたまま舌をペロリと出した。


「いつから起きてたんだよ」


 と俺の質問にマオはゆっくりと体を起こし、考える素振りをする。


「えっと〜、ロワールって人が騎士団の副団長?だって言ってた辺りです」


 いや、結構前だったんかい。


「で、なんで倒れたふりを?」


 ……まぁ元気なんだったら何でもいいが、とりあえず彼女にわけを聞いてみた。


「エリアス、様が……そのぉ」


「俺が?」


 言い淀むマオに問い直すと、彼女は恥ずかしそうにその先を言葉にする。


「心配して、抱き抱えてくれるかなぁと……」


 いやそんな甘えた顔で見つめられると、なんとも叶えてやりたくなるのが男のサガ。

 普段は意識しないが、よく見れば可愛い顔してるしこの3年で大人っぽくもなって……じゃなくて無事なら抱き抱える、必要もない。

 よかったよ、無事で。

 うん、ほんとに。


「……まぁ病み上がりだし、手、くらいは貸すぞ」


「へへ、エリアス様ありがとうございます」


 俺はぺたんと割り座で座るマオに手を伸ばすと、彼女は嬉しそうにサッと手を取ったのである。



 それからしばらくしてロワールがこの場に戻ってきた。

 そして俺に告げたのである。


「ボクちゃん、明後日だ。ヴォルグリア国への出発は」

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