ヴォルガンを呼ぶ男、ディアモンド。
たしかこの前、影の牙のアジトで見かけたヤツだ。
あの時は俺がヴォルガンに馴れた口を利くと、強く睨んできていた。
そこから推測するに、彼はかなりの忠誠心を抱いているようだ。
「ディアモンド! 遅かったじゃないか! 出発の準備は?」
「あ、はい。一応手筈は整っています」
「おぉ、良かった。ならすぐ出発だっ! その前にエリアス、コイツをどうにかしないといけねぇ! 手を貸してくれ、ディアモンド!」
ここで助っ人か。
たしかあのディアモンド、血狼騎士団の隊長とか言ってたような。
めんどくさい展開になってきたぞ。
「……ディアモンド、まずはこっちへ来てくれ」
「……いえ、お別れを言いにきただけですので、ここで」
「ディアモンド? 何を言ってる?」
「あーいや、そこのエリアスくん、でしたか? 彼、強いでしょ? ぼくが参戦したところで彼を倒せるか分からないですし」
なんとディアモンドは自身のボスであるヴォルガンを、いとも簡単に切り捨てたのである。
「待て、お前は俺の力が魔法国エルファリアに必要だって言ってただろ? そのために脱出用の船まで用意してくれたって……」
「あぁそれはできれば、の話。いたら便利だろうな〜程度です。このダストエンドに寄ったのは、騎士団から身を隠すためなんですよ。おそらくぼくが自身所属の第1中隊を全滅させて国を出たことはすでに国中へ知れ渡っている。ほとぼりが冷めるまでは、と思っていましたが、ちょうど『影の牙』とかいうヴォルグリア国を憎んでいる奴らがいたもんで、我がエルファリアのちょっとした戦力になればなと」
魔法国エルファリア。
聞いたことない国だ。
しかし今の話の流れからしてディアモンドという男、彼はその国と大きな関わりがあるということだ。
そしてもうひとつ分かったこと、彼は影の牙の本当の仲間ではない。
ただ
「お前、俺を騙したのか?」
ヴォルガンの表情からはさっきまでの余裕がすっかりと消え、今のヤツからは激しい憤りを感じる。
「ヴォルガンさん、騙した……ってのは少し大袈裟すぎませんか? ぼくは協力できればと言いましたが、一方的に助けるなんてひと言も言ってないですよ」
「一方的に、だと?」
「だってそうじゃないですか。ぼくはあなた達がこの島から逃げられるようにエルファリア国から船を出す。あなた達はぼくに戦力として力を貸す。これが成立して初めて協力とは言えますが……ねぇヴォルガンさん」
やれやれといった様子で、ディアモンドは大きくため息をつく。
そして俺達にクルッと背を向け「ではまたどこかで」と言い残してから、この場を後にした。
「おい、ディアモンドォッ!」
ヴォルガンの叫びは、すでに去ってしまった当人には虚しくも届かず。
なんとも気の毒な場面に遭遇してしまったな。
喚き終わったヴォルガンはふと現実に戻り、俺と再び向かい合う。
「く、くそぉ! 他の仲間はまだなのかっ! 街のあちこちに散らばってるはずだ!」
「仲間……? あぁ! ここに来るまで何人かいたが、見かけたやつは全員倒しといたぞ」
ここへ来る前、クウリが教えてくれたんだ。
近くに陰の牙がウロウロしていると。
その臭いを頼りに案内してくれたので、おそらく街にいたやつはほぼ倒し終わったと思う。
「……は? うそ、だろ」
全力を出し切ったところで俺には勝てず、肝心の島を出る手段とやらは信じていた仲間と共に失った。
そして今唯一頼れる部下ですら戦力として失ってしまったとなれば心が折れても仕方ない。
ヴォルガンのそんな心境だけを考えれば同情心がないわけではないが、それで今までの罪が消えるわけではないのだ。
「まぁ残念だったな」
「残念……いや、まだ運は俺を味方するようだぜェ」
今まで俯いていたヴォルガンは再び顔を上げた。
そしてニタッと笑う目は俺の先を見つめている。
先……?
俺はその方に視線をやった。
するとそこには1人の男が、地面に転がったマオに短剣を押し当てている。
「マオッ!」
思わず声を出すも、彼女は気を失っている。
くそ、まさか1人倒し損ねていたとは。
「エリアスゥ! ここで取引だ。俺を見逃せ! そうすりゃあの女の命は奪わねぇ! そうだよな?」
「はい!」
ヴォルガンの呼び掛けに部下も頷く。
交換条件としては比較的緩いもの。
こちらがただヴォルガンを見逃せばいいだけなのだから。
まぁ、そりゃこっちが局面的に有利な状態なのだから当たり前なんだけど。
さて、どうするか。
……といっても実質残された選択肢はひとつ。
ヴォルガンをここで倒すことが目的だが、仲間を失ってまで行うことじゃない。
だから俺の答えはすでに決まっている。
「わかった。その条件……」
「そこのボク、そんな条件呑まなくていいぜ」
俺の返事を遮る男の声。
するとどこからともなく中年の男が姿を現した。
その男はどことなく気怠げな様子で、ポリポリとボサボサの髪を掻きながらマオの元へ向かっていく。
そんな緩い表情の彼は見た目とは裏腹に、白基調の騎士服に紺のローブと整った身なりをしている。
服の至るところに金の刺繍が入っている辺りよほど位の高い人なのかもしれない。
そんな彼の背にはちょうど背丈と同じくらいの大剣を背負っている。
「えっと、あなたは?」
「え、オレ?」
俺の質問に、その男は聞き返すと共にその場から姿を消した。
そしてマオを人質にとる部下の背後へと一瞬のうちに移動し、軽い裏拳でソイツをぶっ飛ばしてみせた後、最高の笑顔で答えてくれた。
「ロワルド・エドウィン。ロワールと呼んでくれや」
そんな様子をヴォルガンは驚嘆の表情、まさに開いた口が塞がらない。
あの感じ、ロワールは陰の牙側ではない。
少なくとも敵ではないってことだな。
……このチャンスにあやかるか。
「剣王流
「ま、待て! エリアス、悪かったよ! 俺達陰の牙はもう解散だっ! 仲間と大人しく暮らすことにする。だから、せめて命だけは……」
さきほど肆の極をくらったばかり。
続いて出す剣技に恐れをなしているのか、ツラツラと方便を垂れている。
「ヴォルガン、もう遅いよ。悔いるなら1人、地獄で悔いてくれ」
「え?」
「
「……っ!? ごめん、な、さ……」
ザシュッ――
一瞬にして2回行う上から下への振り下ろし。
しかしあまりに速い剣速から、傍から見える刃筋や届く斬撃音は1回だという。
それによって縦に入った二筋の刀傷が、まるで向かい合う2匹の龍に見えることからこの技の名が名付けられた。
ヴォルガンの体には、左肩から臍の辺りまでザックリと深い一筋、もう一筋は右肩からまっすぐ直下に入っている。
ドスンッ――
おそらく今日1番の出血量を記録したヴォルガンが直立のまま後ろへ倒れ込んだところで、この3年にも渡る陰の牙との主従関係が、今ここで完全に終わりを迎えたのである。